第3話-3  【始まりはいつも静けさと共に】

  仄暗い通路を進むと、カラフルなステンドグラスが嵌め込まれた木製のドアから光が漏れていた。光の反射で横に長く伸びた女神の姿が、人形の凹凸に合わせて変形している。ドア付近はその光でどうにか見えたけど、途中何体かの戦隊モノの人形を踏み外国製の家の模型を崩し、掛けられたガラスにべったりと手垢をつける都度謝りながら通って来ちゃった。こんなに暗いのに、このトンネルを三嶋さんと父は一個も踏まず進んでたのか。足の踏み場どころか手の置き所も無いんだけど本当どうやって進んだんだろ。

 恐る恐るドアを開くと、民家を改装して作った飲食店風になっていた。

 十畳くらいの広さの部屋で天井もそれなりに高く、部屋の中心にはその天井まで続く太い柱が立っている。扉から見て柱の後ろ側に二人がけのテーブルが一台、奥の壁と右側の壁に一台ずつ、最大でたったの六人しか座れない。

 全体の雰囲気はおもちゃのトンネルをそのまま持って来た感じ。外もそうだったけど土壁や焼けた木材の和の雰囲気とマッチしない、歪な空間が出来上がっている。トンネルより量は少な目だけど照明のおかげもあって威圧感が凄く、梁の上にある人形も全部中心を向いている不気味なレイアウト。日本のおもちゃより外国製の、特にフランス人形が多く、次いでぬいぐるみ順に数が多く所々に市松人形も混じっており、しかもそのどれもが焼け焦げていたり腕がもげていたり片目が無かったりしてよりおどろおどろしい雰囲気を増長させていた。ここが飲食店ではなくアンティークショップだったとしてもあまりセンスがいいとはお世辞にも言えなさそうだ。

 アンティークショプなんて行った事無いけど、そこはイメージの問題だからと言い訳しておく。

「朱璃ちゃん、こっちこっち」

「あ、は・・・・・・い」

「こちらがここの店主の水沼源五郎さん」 

「ここで細々と三十年近く飯作っとる源五郎だ、気軽にゲンさんとでも呼んでくれれば良い。大したもてなしは出来ないが自分の家だと思ってくつろいでくれ」

 にこやかな笑顔で出迎えてくれたのは和風のDJコーだった。着ている服は和物なのに蛍光ピンクとか蛍光イエローの色彩と首にかかったサングラス、軽くクセのある金髪ロング。

 YEARとかYOとか叫んでくれればそういう人かってこっちも納得するんだけど、ここに来て途端に胡散臭さが増したなあ・・・・・・。

「ここにある物は自由に見て貰って構わん。ただ、見ての通り古くなっとるから触らないようにだけ注意してくれればいい。さ、儂はあと少し準備があるからそれまでごゆっくり昔話にでも花を咲かせといてくれ」

 挨拶を終えた水沼さんは料理を作りに厨房らしき所に引っ込んで行き、すぐに包丁の切る音が響いてきた。

三嶋さんに促されるがまま奥側のテーブルに着く。私の前に父が、柱のそばの机には三嶋さん。

 「ねえ、ずっと黙ってるけどさあ、このままだと私ただ島根に汚物を吐きに来た人になっちゃうよ? いい加減に進展させて欲しいんだけど」

 朝から口数は少ないわ車の中で私が吐いてからずっと口を閉ざしてるわ、親がそういう深刻そうな顔してると子供は不安になるって分からないのかな? すこぶる体調が良い時にだってぶっ倒れるくらいなんだから、私が重大な病気を抱えてる可能性なんか言われなくても分かってるし勿体ぶる必要性が無い。今日の朝でも昨日の夜にでも教えてくれればそれで良かった。年パスの魅力は確かにあったけどそれも父に合わせてあげただけで、こんなに引っ張られるとモヤモヤより苛立ちが勝ってくる。

 私の気持ちを察してか、三嶋さんが気を使って助け舟を出した。

「榎野君、私から話そうか?」

「いや・・・・・・」

 どうやらやっと口を開く気になったらしい。普段おちゃらけてる癖にこういう話になると途端にこうだ。

「どこから話したものかな・・・・・・お前が家に来てから伝えるか否かずっと考えてきた。正直知らずに生きた方が幸せだったんじゃないかとさえ思う。だから今から伝える事はお前に何としてでも生きて欲しい、俺と鳴海さんのエゴだ」

 父は一度深く、深く息を吐き出して私の目を見て言った。

「信じられないかも知れないが、あるモノのせいで今年の夏が終わる前にお前は確実に死ぬ」

「・・・・・・え、全然意味わかんないだけど。あるモノって何? 私病気なんじゃないの? 」

「いや、違う。身体が弱いのも突然倒れたりするのも全てそいつのせいだ。医者に診せたところで適当な原因不明の病名を付けられるだけで、なんの解決にもならない」

「じゃあ一体なんなの?」

 父は一瞬三嶋さんに目を向け、三嶋さんはそれに対して苦い顔で頷いた。

「そいつの名前は苛撫吏と言って、八雲山を含む山岳地帯に潜んでいる化け物だ」

「・・・・・・はあ」

「苛撫吏って名前の記載がある書物が見つかったのは俺の知ってる限りは江戸時代の物が最古で、それによると人に取り憑いては内側から喰い潰しその生命を奪って生きる奴らしくてな。どこでどう生まれたかは一旦割愛させて貰うけど、つまりそいつをどうにか、可能なら殺すなりどっかにまた封印するなりしなきゃいけない」

「ん? んん? ちょちょちょちょっと待って。確認させて欲しいんだけど、そのカブリって言う何かが私に憑いててしかも夏の終わりまでに私を殺すって事で間違いないんだよね。んで、そいつは何百年も生きてる超凄い奴で? 私が死なない為にはそいつを殺すかどっか閉じ込めるかしないといけないって事ね」

「そうだ」

「んで、そのために霊験あらたかな島根に黙って連れて来ましたよー、そういう話?」

「そういう事だな」

「なるほどねーお父さん、むっちゃ真面目な顔してるとこ悪いんだけどさ・・・・・・」

 多分今日一大きい溜息をこれでもかってくらい大げさに吐く。

「幼稚園児に説明するにしても酷くない? お化けがいて悪さするんだよって言う訳? わざわざ島根まで来てふざけないでよ。私だってそれなりの覚悟してついてきたのにさあ」

 白血病とか筋肉がどんどん衰えていくやつとか、実はただただ生理が重いだけでその対処を三嶋さんに教えてもらう予定だったとか。ちゃんと現実的な話をしてくれると思っていたのに実はお化けのせいでしたって、舐めてるにも程があるでしょ。

「俺も初めはそうだったから信じられないのも理解してる。胡散臭い話だけど幽霊も怪異もそこら中に存在してるんだよ、現にここにも」

「いや知らないし。この心霊動画本物ですよ、加工も一切してませんみたいな話? 私のことまだお化けが怖くてトイレにもいけないような子供だと思ってるの? 馬鹿にするのも大概にして欲しいんだけど」

 ついて来たのは間違いだったなと先程より露骨な私の苛立ちを察した三嶋さんが、私と父の会話に割って入った。

「榎野君、見て貰った方が早いよ。そもそも五具部に会う予定だったんなら、今会うのも後で会うのも一緒じゃないかな。榎野君が足踏みしたくなる気持ちも分かるけど対策が早いに越した事はないし、実際問題として五具部の助言無しじゃアレに倒すどころかこっちがやられるって。あの時はお婆ちゃんがいてくれたのと純粋に運が良かっただけで、私達は何も出来なかったんだから。あの時の私達が朱璃ちゃん、お婆ちゃんの位置を私達。そしてできる限りの準備をして迎え討つ。話し合った通りにやるしか道は無いんだよ」

 はいはい、話の流れ的に三嶋さんも父と同じオカルト信者で間違いなさそうで、しかも父より詳しそうな気配すらある。死ぬとか死なないとか、やるとかやらないとかホラー映画の見過ぎなんじゃないの二人共。私の二人に対する不信感がどんどん高まってってるの分かってるのかな? 何て言うの? こう、言い訳すればする程追い詰められていく浮気した人を見てるみたいな? うわあ憐れだな痛々しいなって、気分的にはそんな感じ。

 そんな信者二人は私をオカルトの世界に引き込みたいらしく、何やらその証拠になる物を見せてくれるらしい。

「ジョーゼフ・アレン・ハイネックが一九七二年に出したUFOとの遭遇って本があるんだけど、その中で接近遭遇についての定義されててね。第一種から第三種まであって第一種が至近距離からの目撃、第二種が周囲に影響を与える事。電子機器とか人間を含む動物に熱や不快感を与えたり物理的な痕跡を残す、まあミステリーサークルって言うと分かりやすいかな? 本当は犯人が名乗り出てるから人間がやったってのは周知の事実なんだけど、大事なのはイメージだからね。ってまあそれは置いておいて。想像は時に現実になり得るから、前もって想像しておくといざって時に対処しやすい。じゃあ現実って何って話だけども、第三種は接触」

 こんな勿体ぶって言うもんだからさぞかし凄い物が出てくるんだろうと思ったら。

「ただの本じゃん」

 先生が出席簿として使いそうな見た目で、ハードカバーの小説くらいの厚みがある翡翠っぽい色のなんの変哲も無い本だった。

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