第3話-2 【始まりはいつも静けさと共に】

 父が助出席、私は左側の後部座席に乗り込んで空港を出発した。行き先は大社町。三嶋さんはそこでフリーペーパーの仕事をしていて、町の飲食店や教室の情報を掲載してその広告費で収入を得ているらしい。需要自体は上昇傾向にあるけど、沢山あるマイタウン何ちゃらの一つだから競争も激しいし余計に大変なんだそう。無料で配っておいて需要が上下する理屈は、一介の中学生には謎かけだ。うんうん頷く父は書店に勤めているから、そのあたりの事情を知っていてもおかしくはないのかも。

「昔に比べれば重要度は確実に上がったと思うし、新聞より地域紙の方がピンポイントに情報を載せてて何よりお洒落なものが増えたから、今の世代にはもってこいの情報源だよね。僕も並べるからよく見かけるけど、結構便利だよ。それこそ、何年か前の朱璃の誕生日プレゼントもそこから選んだっけ」

「それ初耳なんですけど」

「プレゼントをどこで買ったよなんて普通教えないだろ?」

 ごもっともな意見だ。最近は自分で買うか一緒に来て貰ってお金を出すパターンが多い、てことは小学生の時に貰ったやつか。

 どれだろうかと貰った物を思い出していると、三嶋さんが「うわっ」と声を上げて強めにブレーキを踏んだ。身構える間も無く体が前につんのめり、着用していたシートベルトが私の胸を締めつける。気持ち悪さが頂点に達し胃液が込み上げてくる不快感が押し寄せて、車が車線変更し終わる前に盛大に戻してしまった。初対面でしかもこんな可愛い車の中でなんて・・・・・・恥ずかしさと申し訳なさの狭間で、ビニール袋を用意しておいて偉かったと自画自賛するので精一杯の私だった。

 路肩に停車して貰って一旦休憩。折角大社町まで耐えれそうなギリギリのラインまで持ち直したのに、まさかこんな不意打ちを食らうとは思わなかった。酔い止めを飲んでさえいればと後悔してももう遅い、出るものは出てしまったのだ。覆水盆に返らず。いや、例え返ってこられてもお断りさせて頂くけども。動物が飛び出してくるなんて本当運が悪い。

 残り少なくなったペットボトルの水を飲み干すと、酸味がかった喉が多少は和らぐ。何回経験しても慣れないし、お陰様で逆流性食道炎になったりもしたから気をつけていたんだけど。これが田舎の洗礼ってやつか。

「飛び出して来たのは何の動物だったんですか?」

「ああ、そんなところかな」

「え?」

 今の返答なんかおかしくなかった? 三嶋さんも動揺しているのかな。 

「あーごめんなさい、もう一回言ってもらえる?」

「もしかして狸ですか?」

「狸・・・・・・そう、狸が出て来てびっくりしちゃって。ごめんなさい、来て早々こんな目に合わせちゃって。もっと注意を払うべきだった」

「あ、いや酔い止め飲むの忘れてたので。私の方こそご迷惑おかけしてすみません。あまり身体が強くなくて」

「ううん、私の不注意が原因だから朱璃ちゃんが謝らないで。身体については詳しく榎野君から聞いてる、これまで色々大変だったでしょう。島根にいる間に困った事があったらなんでも相談していいからね」

 一度出してしまったおかげで気分が良くなるまでそこまで時間は掛からなかった。父にお願いしてもう一本水を買って来て貰ってから、再度大社町へと出発した。

 程なくして「神の住む街 出雲へようこそ」の文字と白い兎が載った大きい看板に出迎えられて、そこで初めて大社町の大社って出雲大社の事だと理解した。島根に来て大社って言ったらそれしかない、むしろ私はそれしか知らないけど。そのまま出雲市街地を抜けてどんどん先に進んでいく。出雲大社まであと何分の看板があちこちに散見出来るようになる頃には、街の風景もそれらしいものに変化していった。背の低い建物や昔ながらの白い壁で作られた蔵や屋敷、それらを囲むように造られた堀や石橋が妙な懐かしさを覚える。

 大きな鳥居の上部が家屋の屋根の隙間から見え隠れしている。あれが出雲大社の鳥居かと思って窓の外を見ていたらソワソワした空気が伝わってしまったらしく、そっちはご飯の後にねと大人の笑顔で諭されてしまった。中三にもなっておもちゃ売り場に来た子供と同じ対応をされるとは。

 鳥居が見えそうで見えない数十メートル手前で左折して路地に入り、数回右左折を繰り返して一件の家に到着した。

 昼ご飯を食べるって話だったはずだけど、特に看板ものぼり旗も出てないし普通に普通の民家だった。まあ外見はこの土地ならではーー白壁で瓦屋根だからそうだと私が勝手に思っているだけーーのものだし、古民家カフェとか隠れ家的なレストランなんですと言われれば、確かにそういう雰囲気はある。

 軒先にある大量のおもちゃ達を除けば、だけど。

「あの、ここですか? なんか凄い溢れかえってますね、全然飲食店には見えない外見ですけど」

 三嶋さんが笑いながら答える。

「私も初めて見た時は驚いたけどすぐ慣れるよ。このぬいぐるみやらはここの店長が半分趣味半分仕事で集めてるんだけど、つい最近別の保管場所に移したばっかりだから、店内にあるのも含めても三分の一あるか無いかくらいかな」

「これで三分の一・・・・・・随分珍しい仕事をされてるんですね」

「珍しい、うん、かなり珍しい仕事だと思う。私が知ってる限りだと日本だと四人かな、他の名ばかりの連中を含めれば把握仕切れないくらいいるけど、本物って呼ばれる人はそういないから」

「本物ですか」

 日本食の第一人者で人間国宝みたいな肩書きを持つ、髪を剃り上げたいかつい老人を想像する。もしくは中華っぽい民族衣装を着たおばちゃん。ピリッとした山椒の香りをまとって、大量の唐辛子を豪快に鍋に投入する姿。    

 そんな人物が父の知り合いなはずがないか、ただの書店の副店長だし。

「じゃあ中に入りましょうか、会えばこの人って直ぐに分かるよ」

三嶋さんはそう言うが早いか、さささっと店の中に入っていき姿が見えなくなった。三島さんの後に父が続き、その後に私が続く。

 大量のおもちゃ達は軒先だけに留まらず家屋の中にも存在していて、それが壁一面所狭しと並べられていた。しかも私の腰くらいまであるぬいぐるみも飾られてるものだからそれらが日の光を遮って、より奥行きを不鮮明にしている。そのおもちゃ達の存在感に圧倒され、入り口一歩手前で立ち止まる。日本だけでなく海外色強いポップな赤毛の人形や洋風なお城の模型に毛が沢山付いている薄汚れた緑のスライムもぶら下がっていて、初見には結構きつい建て住まいだ。

──ティロティロティロー♪

「うわっ、びっくりしたーもー・・・・・・驚かさないでよ」

 突然響いた電子音は私の右横に積み重なったおもちゃの中段付近、カーズに出てきそうな車のおもちゃから出ていた。ヘッドライトが三回チカチカ点滅して消えた。掠れた文字で元の持ち主の名前が書いてあって、「ゆ」と「た」だけ読める。まあそれはいいとして、電池入れたまま放置したり雨に濡れたら発火するかもって習わなかったのかな。ぬいぐるみとか燃えやすい物も置いてあるのに。

「朱璃ちゃーん? 大丈夫ー?」

 店の奥から三嶋さんの声が聞こえる。電池が入ってる件は中に入ってから伝えればいいか。

「あ、はーい、大丈夫です。すぐ行きまーす」

 薄暗く足の踏み場も無い店内に入っていく。後ろからさっきとは違う電子音が聞こえた気がしたけど、それよりも足下に転がるおもちゃを踏まないようにするのに手一杯だった。


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