あわれみがわり

灯村秋夜(とうむら・しゅうや)

記録

 悪夢があまりにも詳細かつ、筋立てが整いすぎていたので、ここに記録しておく。これまでにも寝覚めが悪いことはたびたびあったが、単に二度寝が不愉快であるだけではなく、ある程度の筋道を感じられる、いわゆるミステリにおける出題編のようなものであったため、強い興味を持った。よって、私はこの悪夢を記録しようと思う。


 動物が好きなとある青年が、チンピラにからまれているところから夢は始まった。犬がなにか粗相をしたようで、青年はそれをかばいつつ、しかしチンピラに真っ向から立ち向かっているようだった。いまどき珍しく骨があるなと、今になってみると思う。しでかした内容がどうであれ、道理の通じない動物のせいだから、と許せない方にもやや問題はあろう。とはいえチンピラの怒りは収まらないようで、青年は胸ぐらをつかまれていた。

 人けのない場所だったのか、それとも割って入るものが彼だけだったのか、色黒でひげの目立ついかにもそれらしい男が割って入った。車のキーと何かもうひとつのモノを渡し、どうやらヤクザか何からしい男は、チンピラに何かの話を持ち掛けていた。具体的にどういう内容だったのかは聞こえなかったのだが、この件にきっちり落とし前を付けられる人材なら、俺のところに来い、といったような話らしかった。不良少年がヤクザにさせられる、などという話を聞くことがあるので、これもその一例だったのかもしれない。

 車に乗れ、話はそれからだ……といったような話が交わされたらしく、青年は砂色のSUVに乗り込んだ。そこからは一人称といおうか、青年視点の映像となり、それしか最後の晩餐を許されなかったのか、妙に甘苦い缶コーヒーをすすって、青年は自分の末路を覚悟していた。いくらチンピラ相手に粗相をしでかしたとはいえ、知らぬ相手の車に乗り込んで、その先に何があるかの想像は難しくない。人前で落とし前を付けられぬような話でもなかろうに、青年の死は決まったように思われた。


 ところが、SUVの助手席にいた青年は、ある橋を渡ったとき奇妙なものを目撃した。異様なほど精巧に作り込まれた、女性の形をした飛び出し人形が哀れっぽく動いていたのである。多くは看板でごまかされている「飛び出し人形」だが、そこにあったのはわざわざ桜色と緑の和装を着せられた球体関節人形であった。風が吹いても、手足が動くはずもない。悪夢だからと看過できるものでもなく、また運転しているチンピラも気付いていない様子であった。ここまで演出の意図がハッキリしている悪夢も珍しい。

 橋の先にあるのは一面田んぼばかりの田舎であり、どこか関門めいた木造の建物をくぐると、田んぼの間を縫った細い道があるだけのように見えた。しかし、先ほどは右手にしかなかった和装の飛び出し人形が、こんどは左手にあるどころか、青年にぶつかりかねないほどに手を伸ばしていた。この異常に気付かないチンピラにも戦慄しつつ前に向き直ると、そこにはとんでもない光景が広がっていた。

 どうやら「和装の飛び出し人形」なる奇妙なものが作られた原因なのであろう、はっきりと女性と分かる事故の慰霊碑めいたものが、道の端に鎮座していたのだ。そして反対側にもまた飛び出し人形が設置され、しかも、車が一台通れるかどうか、というひどく狭い道の真ん中に、助けを求めるように手を伸ばす白い女性がいた。

 青年は「待て止まれ、曲がれバカ」などと口走って田んぼの方に曲がるようにと無茶を言い、そこで悪夢は終わった。どう足掻いても事故は免れず、彼らもまた「魔のカーブ」で起きた事例のひとつとして記録されること、これだけは確実であろうと考えられる。




 上記の情報をもとに考えると、チンピラはヤクザから持ち掛けられた条件を満たすことができず、何かしらの落とし前をつけることになるのだと考えられる。青年は恐怖体験とケガという苦境を抜けて、ひとつの成長を得ることになるだろう。ここまで筋立てがはっきりしていれば、後半にあたる回答編の内容を察することもたやすい。

 しかしながら、私はこのところホラーというジャンルについて考えていなかった。連載作品の帳尻合わせや、他作品のアイデア出しに忙しかったためである。また私は、「幽霊」というものをホラー小説に登場させることがあまり好きではない。私自身は霊感がまったくないにもかかわらず、周囲の人間はしきりにその存在を口にする。そのため、実感としてリアリティーが薄いうえに、怖がらせるガジェットとしての役割を負わせられすぎている……つまるところ「こんなんでいいのか?」という思いが付きまとうためである。

 夢は、脳が情報を整理するための過程なのだという。毎晩想う人が夢に出てくることも、当然と言えば当然であろう。しかし、ここのところ考慮に入れていなかったものや、ちっとも考えたことのないものが突然夢に登場することは、「情報の整理」において起きうる現象なのだろうか。この映像を構成する情報において、少なくとも「和装の飛び出し人形」については、まったく身に覚えがない。この情報は、いったいどこからどのように脳に入ってきたものなのだろうか。




 目が覚めてしまって現在は深夜1時、疲労もやや残っており、抜け出してきた布団も乱れたままである。先ほどの不快な熱は薄れたため、疲労回復のため二度寝をするつもりでいる。不自然に途切れた夢は、その続きを見せることはあるのだろうか。何が起きるのかは予測がついていても、眠りにつくことが怖い。


 以上をもって悪夢の報告とし、追加情報があり次第「追伸」として下に書き加えることとする。私個人としては、「異常なし」と書けることを祈っている。




追伸:異常なし。ふだんから昼夜逆転しているため16時20分ごろ起床、雷鳴で目が覚めたものの悪夢は見なかった。

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あわれみがわり 灯村秋夜(とうむら・しゅうや) @Nou8-Cal7a

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