第4話 泊ってく?

 試験範囲をあらかた勉強し終えたところで外を見る。

 既に当たりは暗闇につつまれていた。


 勉強に集中していた証拠だな。


 時刻は二十時過ぎ、親がいないからという理由でさすがに長居するわけにもいかない。今日は帰ろう。


「今日はありがとう。もう帰……」


 と、言おうとしたところで渡辺が


「泊まってく?」


 そう言った。


「いやいや! 泊るのはさすがにまずいだろ!」

「えーどうしてー?」


 そう言いながら小首を傾げる渡辺。


 まったく、今自分が置かれている状況に気づいていないな……。

 普通女の子の部屋に男がいるっていう時点でおかしいんだぞ!


「ダメだ! 今日は帰る!」

「なんで~? 一緒にいようよ~♪」


 甘えた声で渡辺が言う。

 やめてくれ、その声は俺に効く。

 もし泊ることになれば100%俺の理性が無限の彼方に飛ぶから無理だ。


 勢いよく階段を降り、俺は逃げるように玄関へと向かう。

 甲斐性なしと思われるかもしれないが理性が崩壊するよりましだ。


「今日はありがとう! また学校でな!」


 俺は雑に渡辺に別れを告げる。

 悪いことをしてしまった気がするがこればっかりは仕方がない。今度お礼するから許してくれ。


「あれ?」


 外へ数歩出て、頬に冷たいものが当たる。

 何事かと思い、真上を見ると、そこには大きな雨雲が空を覆っていた。


 雨だ。


 ポツポツと大粒の雨が降り出した。

 服が一瞬にしてずぶ濡れになる。


「マジかよ……」


 呆然と立ち尽くす。


「台風1号だってさ」


 えー! このタイミングで!? 台風さんまったく空気読めないのな!

 っていうか、今日はずっと晴れじゃなかったっけ? やっぱYaHoo!天気は信用できないな。


 急いで天気を確認すると、大きい雲が関東を覆っている。

 警報も出ており、『外に出るのは控えてください』と、赤文字で書かれていた。


「どうする~?」


 不敵な笑みを浮かべる渡辺。

 泊まる以外の選択肢はなさそうだ。


「お邪魔します……」

「どうぞ♪」



 びしょ濡れになった俺は、渡辺のやさしさでお風呂を借りさせてもらうことに。


 親には友達の家に泊まるとメッセージを送っておいた。

 とりあえず女の子の家にいるというのは伏せておく、バレたら根掘りはぼり色々訊かれそうだからな。


 お風呂に入ると、渡辺が使っていたであろうシャンプーの香りが鼻を通った。ローズの匂いだ。


「落ち着け、俺」


 俺は煩悩を吹き飛ばすかのように髪をゴシゴシと洗っていく。


 さっきまで、渡辺が入っていたであろう風呂が目の前に……。

 いかんいかん、ただのお湯だ。気にすることはなにもない。


 洗い終わり深呼吸をしていざ湯へ。

 入浴剤が入っているからだろうか芯まで温かさが染み渡る。

 気持ちいい。


「んあ~」


 他人の家でくつろぐことに申し訳なさもあるが、この気持ちよさにはあらがえない。

 台風は明日の朝まで関東に上陸しているらしく、外には出られそうにない。

 最初は勉強して帰るだけの予定が、まさかこんなことになるとは思わなかった。


 湯の気持ちよさを堪能した俺は風呂を出て、渡辺から支給されたTシャツを着る。

 貸してもらったTシャツの背面には「働いたら負け!」と書かれていた。


 「どこで買ったんだこのTシャツ」


 部屋着だろうけど渡辺もこういうの着るんだな……。

 まさかここで意外な一面が発覚するとは思わなかった。


 スマホを確認すると、川辺からメッセージが来ていた。

 俺はそれをタップして確認する。


『お泊まり楽しんでるかー?www』


 俺の今の状況を見透かしたかのようなメッセージ。どこかで見てるんじゃないだろうな……。

 俺は周りを確認するが、カメラの類はない。

 当たり前か。

 俺はそのメッセージに既読だけを付けて、ポケットにしまった。


 部屋に戻ると渡辺がメガネをかけノートPCを見つめていた。メガネ姿も綺麗だ。


「あーおかえり! お風呂どうだった?」

「気持ちよかったよ。シャンプー女性物しかなかったから適当に借りちゃったけど大丈夫だったか?」

「大丈夫だよ! それより早くこっち来て~!」


 渡辺が笑顔で手招きする。

 なんだろう? と思いノートPCを覗くとエ〇ゲをプレイしていた。


 タイトルは『戟鉄の魔王』と呼ばれるゲームだ。最後の怒涛の展開と戦闘シーンが熱いらしく話題になっている。

 エ〇ゲーマー以外の層にも人気のあるタイトルだ。

 ちなみに俺はやったことがない。


「最近買ったんだ♪」


 と、自慢げにそういう。


「いいなー。俺もいつかはやりたいなとは思ってたんだ」

「それじゃあ。ベッドに座って一緒にヤろっか?」


 ベッドを指さして渡辺は言った。

 おいおいおい! それってまさか……


「っえ? やるって何を!?」

「えっ? 『戟鉄の魔王』だけど?」

「あぁ、そっちか……」

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