第3話 理性を抑えろ

 ――夕方


 数時間程勉強をし終えた俺たちは、買ってきたお菓子で小休憩をしていた。


「これでテストはバッチリだね!」

「渡辺のおかげでなんとかなりそうだよ。今度お礼させてくれ」

「いいよそんなの~、あたしは、周くんと話せるだけで楽しいから♪」


 その言葉にドキッとしてしまう。

 まったく、そういう言葉を言うから色んな男が勘違いするんだ……。

 俺は恥ずかしくなって渡辺から視線を逸らす。

 すると、渡辺の机の上にウサギの置物が飾ってあることに気づく。


 あれは、修学旅行に貰ったやつだ。

 俺は白いウサギで渡辺が赤いウサギ。ちゃんと飾ってくれてるんだな。


 俺は嬉しさで頬が緩む。


「今更だけど、宮本は誘わなくてよかったのか?」

「みやっちゃんは今日用事があるんだってさ~! もし来てたとしてもお菓子食べて帰るだけだと思う」

「たしかに……」


 お菓子とコーラを両手に笑顔を浮かべる宮本が目に浮かぶ。


「あいつって勉強できるのか?」


 人は見た目に寄らないというしな、実はあいつも成績が優秀だったり……。


「全然! 多分今回も赤点だと思う……あたしが毎回テスト期間に教えてるんだけど、まったく成果がでなくって困ってるんだ」


 違った。どうやら見た目通りだったようだ。

 これはあくまで予想だが渡辺がお菓子を大量に買ってくるせいで集中できないんだろう。


「もうこんな時間!」


 渡辺が驚いた声を出す。


「どうした?」

「ごめん周くん、シャワー浴びてもいいかな?」

「全然大丈夫だけど、少し早くないか?」

「あたし、夜までにはお風呂を済ませるのがルーティーンなの……ごめんね」

「俺は大丈夫だよ。ここは渡辺の家だし、俺に気を使わないで好きにしてくれ」

「ありがとー♪ それじゃあすぐ帰ってくるから、お菓子食べて待ってて♪」


 そう言うと渡辺は立ち上がって部屋を出た。


「……」


 落ち着かない。

 まずい……。平静を装ってはいるが、俺の心臓はアウトバーストしている。

 心を落ち着けるため炭酸に口をつける。先ほどから口の中が乾燥してばっかりだ。


「この状況でシャワー……」


 消えろ! 俺の煩悩! 周介は悪い子! 周介は悪い子!


 俺は自分の頭を何度もげんこつした。


 先ほどから炭酸ばかり飲んでいたため、トイレに行きたくなってきた。

 さすがに我慢するわけにもいかないので渡辺には悪いが借りよう。あとで謝れば許してくれるだろう。


 俺は部屋を出てトイレがある1階へと向かう。

 さっと済ませて部屋に戻ろうとしたその時、あることに気づく、渡辺の部屋の二つ隣の部屋が少し開いていた。

 何故か俺はその部屋が無性に気になった。これといって理由があるわけじゃないが、少し開いている事が興味心をくすぐったのだろう。


「少し覗くだけ……」


 ひょこっと隙間に顔を覗くと、そこは空き部屋だった。

 誰かが住んでいた気配が辛うじて残っている。クローゼットやベッドが置かれていたであろう跡が床に残っていた。


 それにしてもおかしい。家に入ったときも妙な違和感があった。

 無駄なものがないというか、必要最低限の物が置かれている状態。別におかしなことなんてないけど、俺は何故かそれがずっと引っかかっていた。


「まぁ、渡辺の親が綺麗好きなだけだろう」


 俺はそう自分の中で答えを出して部屋に戻った。


 ふと、机の上に飾ってある写真たてが目に入る。

 最初は家族写真だと思ったがどうやら違うらしい。

 両親に囲まれている一人の女性が映っていた。昔の渡辺だろうか……。

 黒髪にむじゃきな笑顔。清楚と言う言葉が似合う。今の渡辺とは雰囲気がまったく違う。


 誰だろう? と考えていると、部屋に近づいてくる足音が耳に入った。シャワーから出てきたんだろう。

 勝手に机の上を見ていることに後ろめたさを感じた俺は、すぐさま先ほどまで座っていた位置に戻った。


「じゃ~ん! お待たせ~♪」


 と、元気な声でパジャマ姿の渡辺が戻ってきた。

 黒いショートパンツにタンクトップを着ている。


 相変わらず目のやり場に困る。


「お、おう、お帰り」

「パジャマ可愛いでしょ~♪」


 俺の方に歩み寄って見せつけてくる。際どすぎる。色んなものが見えている。

 腕! ふともも! 脇! 背中!

 先ほどまでお風呂に入ってたからか、シャンプーの匂いがダイレクトに鼻に届く。


「似合ってるよ」


 いかん、ギャルにこのパジャマは犯罪的すぎる。

 今すぐ特級呪物にして誰も着れないようにするべきだ。


「あれ? 渡辺、もしかして……」


 ふと、あることに気づく、渡辺の特徴的な目元のまつげと口紅が綺麗さっぱり取れている。

 恐らく化粧を落としてきたのだろう。

 一番びっくりなのは化粧している時と顔がほとんど変わらないこと、化粧してなくても可愛いってどういうことだ……。


「気づいた? スッピンだよ。みやっちゃん意外には見せたことないからレアだぞ~♪」


 ということは男でスッピン姿を見たのは俺が初めてという訳か。スッピン姿をさらけ出せるということは、俺に心を開いてくれていると受け取っていいのだろうか。

 そう考えたら少し嬉しいかも。

 俺はもう一度渡辺の顔を見る。正直可愛い、ギャルで少し派手な姿もいいが、スッピンで清楚な感じも捨てがたい。


「か、かわいいな」


 恥ずかしかったけど、俺は素直に感想を言った。

 これが可愛くないわけがない。もし親衛隊が見たら、渡辺のギャル派閥と清楚派閥(スッピン)で争いが起こること間違いないだろう。


「えへへ、ありがと♪」


 いたずらな表情を浮かべて胸元を見せてくる。

 これは挑発している……。


「ち、近い……。というか、際どいぞ渡辺」


 いつもと違う雰囲気だからかドキッとしてしまう。


「それじゃあ、切り替えて勉強の続きしよっか!♪」


 出来るか!!!!!!!!!

 俺は心の中でそう突っ込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る