第2話 八つ橋しか勝たん
◆
グループ分けの連絡をうけてから、クラスの男どもの視線がさらに鋭くなり、さすがに教室では静かに話ができないと思った俺たちは、オタク同好会の部室に移動し修学旅行について話し合うことになった。
「よーし! それじゃあ、どこから行く?」
川辺が音頭を取る。
こいつが、修学旅行の実行委員になったと聞いた時は驚いたが、趣味でオタ芸の組織を作るぐらいだし意外とリーダーシップがあるんだろう。
「ちなみに、俺は修学旅行実行委員だからほぼお前らとは行動しないから」
「えっ!」
「えっ!」
何故か、内海が驚いた表情を浮かべる。
「粟井くんと川辺くんのイチャイチャしてるところを動画に収めようと思ってたのに……。この間買った1ガンレフのカメラ無駄になっちゃった。どうしよう……」
しょうもない理由でよかった。ビックリした俺がバカでした。
「当たり前だろ、お前らが楽しんでいる裏で色々やらなきゃいけないことがたくさんあるんだよ」
「それじゃあ……」
おもむろに肩を叩いてこういった。
「渡辺と宮本たちのことは頼んだ。あと一応内海も」
「マジっすか?」
「マジだ」
まぁ、しょうがないか。修学旅行実行委員も大変なこった。
「はいはーい! 京都っていったら清水寺しかないよね!」
「さんせーい」
頬杖を突いていた宮本も小さく手を上げながらつぶやく。相変わらずテンションが高い。
「周くんはどこか行きたいところないの?」
渡辺が訊いてくる。とりあえず誰でも知ってそうでなおかつ映えるところを挙げる。
「うーん。ベタに金閣寺とか?」
「いいねー! めっちゃいい! あと、嵐山も行ってみたい!」
俺と渡辺が挙げた場所を川辺がホワイトボードに記していく。
「あ、ちなみに肝心の泊る場所だけど、ここになった」
スマホで旅館のサイトを出す川辺。
趣のある建物が映し出される。周りはたくさんの自然に囲まれておりのどかな感じがうかがえる。
「めっちゃよさげじゃん! てか旅館ひろっ!」
「女子は2階に男子は3階と4階、それぞれ部屋が割り当てられてる」
「部屋のメンバーは?」
川辺に訊く。
「それは当日のお楽しみ」
まったく、もったいぶりやがって、よからぬことを企んでいるのではないだろうな……。
グループのメンバーを修学旅行実行委員の独断と偏見で決められてしまうと分かったいま、ちょっと心配である。
「内海は安心しろ、渡辺たちと一緒だから」
「やったー! 麻友ちゃんと同じ部屋だー♪」
ギューッと熱い抱擁を交わす渡辺と内海。
「えっ! あっ、えっと……苦しい……」
「じゃあ、わたしも~」
っと、宮本も参戦する。まぁ、仲がよろしいことで……。
二人を止めてと目で訴えてくるが微笑ましい光景なのでそっとしておくことにした。
「とりあえず、ある程度は決まったかな。回れるのは4時間までだから、それまでに旅館に戻ること! いいか?」
「ほーい」
「はーい」
「はーい」
「はーい」
普通ならゆっくり喫茶店で抹茶を堪能して京都旅行を満喫とまではいかないか。
これは修学旅行、勉強の一環だ。
「ちなみにお金はどのくらい持って行っていいの~?」
宮本が頬杖を突きながら訊く。
たしかに気になる。
「えーっと、しおりにはお金は5000円までって書いてあるな」
お土産や食べ歩きをするとなると少し物足りない気もするが、妥当な金額だと思った。
こういうのは多くなく少なくなくが鉄板だ。
「少な! それじゃあなんにも買えなくない?」
宮本が机を叩き身を乗り出し、川辺に食って掛かる。
急な出来事と大きな音でみんなが驚いた。
「分かってくれ、ルールなんだ」
「納得できないんですけど?」
「これは学校側が決めたルールで俺たちが決めたわけじゃ……」
「なにそれ? あんた、さっきから生意気じゃない?」
おっと、この状況は……。
「あ、粟井くん……」
内海が心配そうに見つめる。
これはさすがにそっとしておくわけにはいかない。
一応親友である川辺がピンチに陥っているんだ。ここは男の俺がなんとかしなくては……。
一触即発になるかと思ったその時――
「八つ橋」
「えっ?」
「えっ?」
「八つ橋!」
聞こえてる。
京都のお土産ナンバー1と言われているあれだよな。食べたことはないが美味しいとは聞く。
それがいったいどうしたんだ……。
「もしかしてさっちゃん、八つ橋が食べたいの?」
「めちゃくちゃ食べたい」
もっと深刻な理由があって反論しているかと思ったら、超どうでもいい返答が帰ってきたので呆気にとられる一同。
「全制覇するに決まってるじゃん」
「全制覇って、八つ橋はあんこしかないだろ? だったら5000円で充分じゃないか?」
「八つ橋って色んな味があるのあんた知らないの?」
と、眉間に皴を寄せる。
「あっ、なんかすみません。でもルールだから……」
川辺があんなに困った表情を浮かべるのは初めて見た。いつも俺が損な役回りをしているからな。たまにはこういう日があってもいいだろう。と、止めるのはやめることにした。
「も~さっちゃん相変わらず食いしん坊だな~。大丈夫だよ、足りなくなったらあたしのお金貸してあげるから」
宮本の頭を優しく撫でる渡辺。
「ほんと?」
「ほんとほんと、だから機嫌なおして?」
「分かった」
その姿はまるで、お母さんと子供のようだ。
川辺よ、渡辺に感謝するんだな。
修学旅行当日は食べ過ぎないように抑制する必要がありそうだ。
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