第5話 オタク、ギャルに感謝される

 事情説明は意外とあっさり終わった。自分で助けにいくのはいいが次からは救助隊を先に呼ぶようにしなさいと釘を刺された。

 だが、あの状況で救助隊が来るのを待っていたら、確実に渡辺は溺れていただろう。

 だって、親衛隊たちは溺れていることに気づいていなかったんだから……。


 事情を説明後、渡辺は「救護室」に運ばれることに。何かあっては怖いので、一応検査をするようだ。

 俺も関係者なので着いていく。


 川辺と内海も心配していたが、もう夜も遅いし、内海を送るようお願いした。


 近くにパイプ椅子があったのでそこに座る。


「今日は助けてくれてありがとう」


ベッドに横になる渡辺。


「いや、当然のことをしたまでだよ」

「そういえば、石川たちは?」

「もう帰ったよ。めっちゃウケる顔してた」


 石川たちは絶望した表情を浮かべながらみんなの点呼を取った後、解散していった。正直いい気味だ。


「実は、連絡先交換した日に、メッセージがしつこくてさ、本当、気持ち悪かったんだよね~」

「マジか……」

「なんか、『俺の家来いよ☆』とか、『さちかってスタイルいいよな☆』とか送られてきて背筋凍ったわ~」


 おいおいおい! とんだ変態やろうじゃねーか!

 皆の前であんな爽やかな顔をしていたやつが……やべぇ……。


 しつこい男は嫌われるって習わなかったのかね。


「まぁ、でも今回の件で、言いたいこと言えたし! 超スッキリって感じ!」

「こっちはいきなり怒るからビックリしたよ」

「っていうか、あたし、かなり口悪くなかった?」

「かなり……」

「えへへ、ごめんごめん。でも本当にありがとね☆」


 渡辺は天使のような笑顔を浮かべた。


 感謝を言うのは俺の方だ、石川率いる親衛隊に喝を入れてくれた。

 多分あそこで俺が怒ったってなにも状況は変わらなかったと思う。


 これで少しは、オタク迫害も減るといいんだがな……。


「ん? どうしたの?」

「いいや! なんでもない! とりあえず無事でよかったなって」

「ふふ、あたしね、周くんの魅力をもっとみんなに分かってほしいなって思うんだ」

「俺の魅力?」

「うん、だってあたしのことを助けるために一目散に泳いでくれたんでしょ? 普通はそんなことできないよ」

「そ、そうかな? 自然と身体が動いただけだよ。あそこまで自分が泳げるとは思ってなかったらか、実は俺もビックリしてる」

「それに。こんなに優しくてカッコ――」


 ん? カッコ? 何か言いかけた気がする。


「と、とりあえず。周くんのいい所をみんなにも知ってほしいなって思っただけ!」


 毛布を両手で被り出した。

 具合でも悪くなったのだろうか。


「もしかして、熱ある?」

「ないないない!」


 勢いよく首を横に振る。

 気のせいだった。


 ガラガラと扉が開かれ女性の看護師が入ってきた。


「渡辺さん、検査の結果、異常ありませんでしたので、もう帰宅して大丈夫ですよ」

「ありがとうございます! ご迷惑をおかけしました」


 俺と渡辺はそっと立ち上がり、女性の看護師に一礼し、その場を後にした。



 さすがに一人で帰らせるわけにはいかないので寄りの駅まで送ることに。


「大丈夫だって言ったのに~」

「いいや、何かあったら心配だからな」

「ふふ、周くんって心配性~?」

「え?」


 自分ではそう思ったことはないがそうなの……か?

 でも、このまま一人で帰らせるのは男として駄目だと思った。


「あっ、みやっちゃんだ~!」


 最寄り駅に着くと、渡辺の親友である宮本が改札の前で待っていた。

 みんなが解散してから随分経った気がするが、ずっと待ってたのか。


 渡辺を確認した宮本は、力のない表情を浮かべながらこちらに走ってきた。


「さっちゃん、心配したんだよ~。あーし、ずっと海の家にいたから、何が起きたか分かんなくてさ……友達に聞いたら、『溺れた』って聞いて……いてあげられなくてごめん」


 耐えきれなくなったのか宮本が涙を流しながら渡辺にハグをした。


「あれ? 泣いてるの? もーう、みやっちゃんも心配性~?」

「うぅぅ、だって……」

「鼻水垂れてるよ~」

「えっ? マジ?」


 宮本優奈、同じクラスの褐色ギャル。渡辺とは小学校からの幼馴染らしい。

 髪はアッシュグレーでもちろんミニスカルーズソックス。渡辺とは違って、クールで少し近寄り難い印象だったんだが、こうやって人の前で泣くことなんてあるんだな。

 やっぱり親友が危険に陥ったことがよほど心配したんだろう。


「粟井、あんたが助けてくれたんだって?」

「お、おう」

「本当にありがとう。以外にカッコいいとこあんじゃん」


 初めて喋ったが、案外いいやつなのかもしれない。


「周くん、送ってくれてありがとう! みやちゃんまた泣いちゃいそうだから一緒に帰るね」


 先ほどから、渡辺の手を離さないでべったりくっついている宮本。

 意外と寂しがり屋なのな。


「大丈夫、気を付けて帰れよ」

「うん! また学校でねー!」


 渡辺が大きく手を振ってきたので、俺もそれに答える。

 あんなに元気なら大丈夫だろう。

 見えなくなる瞬間、宮本も小さく手を振ってくれた。


「さて、俺も帰るか」


 俺は笑顔で駅の改札を抜けた。



「お、おい! あれって……渡辺じゃね?」

「もしかして、あの2年の?」

「そうそう、めちゃくちゃ淫乱なギャルって噂の」

「てか、宮本も一緒じゃん! あいつずっとエロいな~って思ってたんだよな」

「お前絶対Mだろ」

「にしてもなんで栗井と一緒に? そういえば大久保先輩、渡辺の事狙ってましたよね」

「っち、生意気だな……あんな冴えないやつが渡辺と……」

「先輩……どうします?」

「来月は球技大会だったな。へへ、わからせてやる必要がありそうだ」

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