第6話 オタク、喧嘩を売られる
まだ夏の日差しが激しい9月頃――
『海しかないっしょ』事件以降石川と親衛隊たちは俺に絡んでくることはなくなった。
だが、時々見下した目線を向けてくるのは変わってない。
まぁ、前よりかは落ち着いたしこれで静かに学園生活を送れ――
「栗井ってやついるか?」
大きな音を立てて扉が開かれる。
「えっ!? 大久保先輩じゃない?」
「サッカー部のキャプテンがどうしてここに?」
「今日もかっこいい~!」
そうにないかも……。
さっきから廊下がざわついていたのはこいつの所為か。
「お前が栗井か?」
俺を訪ねてきたのは、3年の先輩にしてサッカー部のエース。大久保。
女子たちの人気が高く、先生や部活の人たちからも信頼は厚い。
だが、影の噂で色んな女に手を出しては別れ、を繰り返しているらしく、どうしようもない男らしい。
以前、渡辺を狙っていると噂されてはいたが、めんどくさいのに声をかけられたなあ……。
「そうですけど」
一応先輩なので敬語で応対する。
「お前、渡辺と付き合ってんの?」
何を言ってるんだこいつは、まぁ、前にお買い物にはいったが別に付き合ってるわけじゃない。
他のクラスの連中もいるので否定しておこう。
「違いますけど」
「ふ~ん、まぁ、どうでもいいや」
「栗井、俺と勝負しろ」
とんでも展開キターーーーーーーーーーーーーー!
やっぱりこういうことになると思ってた。
「あと少しで球技大会なのは知ってるよな? 俺が勝ったら渡辺はもらっていく」
「えっ?」
「えっ?」
どゆこと?
後ろで話を聞いていた渡辺も同じ反応を浮かべた。
そりゃそうだ、だってアニメと漫画の中でしか言わないセリフナンバー1をこの大久保先輩は口にしたのだ。
黒歴史まったなしだろ。
「いや、いきなり意味わかんないんですが……」
「前十字靭帯断裂。お前、心当たりあるだろ」
「どうしてそれを?」
「お前がサッカー部に入らなかった理由だよな? 顧問から聞いたよ」
そう、前に俺がスポーツ推薦で入学したのは説明しただろう。
その理由が『前十字靭帯断裂』
この病気を患ったのは中学3年の夏。
医師から言い渡されたのは、『激しい運動はもう無理』という残酷な言葉だった。
完全完治するのに約1年かかるやっかいな病気。
過酷なリハビリ生活をしていく中で俺の心はへし折られていった。
もう一生サッカーはできない。
大好きだったサッカーが……。
友達も親も期待してくれていたのに、裏切ってしまった。
そんな焦燥感が俺を支配していった。
そんな俺の心を埋めてくれたのがエ〇ゲだ!
シナリオで泣き、笑わせてくれた素晴らしいコンテンツなのだ。
まぁ何はともあれ俺は、過酷なリハビリ生活を乗り切り、無事完治。
エ〇ゲに出会ったことによって、救われたのであった。
「もう昔の話ですよ、俺はもうサッカーはしてないんです」
できればもう、ボールは蹴りたくない。
もうあんな辛いリハビリは御免だ。
「逃げるのか? お前、中学生の頃は神童と呼ばれてたらしいじゃねーかよ」
「ちょっと、さっきからなんなんですか? 周くんにちょっかいださないでもらえます?」
俺と先輩のやりとりを後ろから見ていた渡辺が口を開いた。
「周くん? ずいぶん親しいのな」
「だからなんですか? あなたには関係ないことですよね?」
さすが渡辺だ、1個上の先輩に臆することなく堂々としている。
「いいや、なおさらお前を俺の物にしたくなった」
よくもまぁさっきから凍り付くようなセリフをべらべらと……。
「どうするんだ? お前が受けないなら、渡辺は強制的に俺のもんだ」
どうやら本気らしい、無視をし続けることもできるが、渡辺がこんな女ったらしの物になるのだけは避けなければならない。
こうなれば……
「分かりました。受けてたちます」
「周くん?」
「ほーう、その言葉忘れんなよ」
「そっちこそ。負けたら言い訳できないですよ」
「ッケ! 生意気なやつだ。せいぜい大量失点しねーように努力するこったな!」
大久保先輩は女子たちの黄色い声援に手を振りながら教室を出て行った。
「なんかあたしのせいでめんどくさいことになっちゃったね……」
「いや、渡辺のせいじゃないよ。俺が勝手にやったことだから気にしないで」
親衛隊の問題も解決して、平和な学園生活を過ごせると思っていたが、どうやらその夢が叶うのはもう少し先らしい。
勢いで勝負を受けたのはいいが、問題が一つあるんだよなぁ。
それをどうクリアしたものか……。
「あたし、全力で応援するから! もし負けても大丈夫だよ! あんな生意気なやつと付き合う気なんかないから!」
渡辺がいつもの明るい笑みを浮かべた。
こうして渡辺も期待してくれている。なら、やるしかない。
それよりも大久保には一つ訂正してもらいたいことがある。
俺の名前は粟井だっつーの!!
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