第4話 オタク、ギャルを助ける
くだらない会話をテントの中で繰り広げた俺たちは話題を変えることになった。ってか海来てする話じゃねーわ。
ふと、渡辺を探すが、見当たらない。
ナンパ野郎を玉砕したあと、親衛隊とビーチバレーを楽しんで気がするが……。
「すげー! さっちゃん、あんなところまで泳いでる!」
「さすが渡辺、泳ぎも得意なんだ」
「手振ってる! 余裕だなぁ~」
親衛隊たちが海を指差す。
渡辺が浮き輪を持たずに海に入っていた。
俺はすぐ違和感に気づいた。
前に渡辺は泳ぐのが苦手だと言っていた。なのにどうして海に……
しかも浮き輪なしで
「渡辺すげー! 海に潜ったぞ!」
嫌な予感は的中し、バタバタともがきながら渡辺が海に沈んでいった。
「周介、もしかして……」
救助隊を待つか……いやそれじゃあ遅い。
「俺、行ってくる!」
川辺も嫌な予感を感じ取ったようだ。
「周介、浮き輪は!?」
「いらねー! 川辺は救助隊を呼んでおいてくれ!」
「分かった!」
まったく親衛隊は何やってんだ……。
自然と思考よりも体が動く。
海まで全速力で走り、勢いを付けて海にダイブ。
クロールで泳いでいくが波の勢いが激しく中々進まない。
もし、溺れでもしたら……。
無事ならそれでいい、だけど最悪な状況がずっと頭から離れない。
なんとか、力を振り絞り渡辺が溺れたであろう地点までたどり着く。
「たしかここらへんだった」
いない
周りを見渡してもいない。
「くそっ! くそっ!」
苛立ちを抑えきれない。
どうして、誰も助けに来ないんだよ。
肺に酸素を送り込み意を決して潜る。
いた! 必死に上に這い上がろうとしている。
幸いそこまで距離はなかったのですぐさま、渡辺の腰を掴み、上へ。
「ごほっごほ……」
「渡辺、大丈夫か?」
「あ、あれ? 周くん? ど、どうし……」
「助けに来たんだよ! まったく泳げないのに無理して……」
「ご、ごめんね……ありがとう」
「もう大丈夫だから、喋るなくていいぞ」
陽が沈む前に沖に……。
渡辺を背中に担ぐ。
波の勢いが強いが、これならなんとか。
鍛冶場の馬鹿力とはよく言うが、それを遺憾なく発揮した俺は、なんとか数分かけて沖に着くことができた。
俺ってやればできるんだな。
「ごほっごほ……」
「粟井君、大丈夫?」
内海がタオルをかけてくれる。
「あ、ありがとう。渡辺は?」
「大丈夫、少し気が動転してるけど、クラゲに刺された後もなさそう」
「そ、そうか。よかった」
俺は安堵した。何事もなく渡辺が救えたことに。
ことの重大さに気づいたのか親衛隊が渡辺の元へ。
「さっちゃん大丈夫?」
「どうしたんだ?」
「とりあえず休ませよう」
渡辺を心配した親衛隊はすぐ俺に目線を向けた。
だがその視線はいつも通りの冷たいものだった。
「おい、さっちゃんに何したんだ? お前、一目散に泳いでいっただろ」
「ほんとよ! もしかして……身体を触るためにいったのかも」
「まじかよ、変態だな」
さすがに今回ばかりは俺も絶句した。
溺れている渡辺を助けに行っただけなのに……。
「まぁまぁ、みんな落ち着いて、渡辺くん、セクハラはいけないよ。それにさっき渡辺と話してるとき、変な喘ぎ声が聞こえた気がするんだけど、そのことについて説明してもらえるかな?」
石川が場を収めようとするが、見当違いも甚だしい。
見ているだけでイライラする。
「おいおい、お前ら、そんなこと言うなよ。周介は渡辺を助けようと……」
「そ、そうだよ……落ち着いて」
さすがに見てられないと思ったのか、川辺と内海が割り込む。
だが……親衛隊の罵詈雑言は止まらない。
「おい、なんとか言えよ変態」
「先生に行って退学にしてもらおうよー」
「オタク〇ねよ」
原因はお前らだ、お前らが海になんか連れてこなければこんなことにはならなかった……。
それに親衛隊の癖に渡辺のこと何にも分かってないじゃないか。なにが親衛隊だク〇野郎。
もう我慢できない……
「さっきから言わせておけば、お前ら――」
俺はいままでの鬱憤を晴らすかのように、勢いよく喋りかけたその瞬間。
「やめてよ!」
石川たちを睨みながら怒りに満ちた声をあげる渡辺が隣にいた。
「えっ?」
鳩が豆鉄砲を食ったよう表情を浮かべる俺と石川たち。
「さっきから、訳の分かんないこと言わないでくんない?」
「さ、さちか……? どうしたんだい?」
「気安く名前で呼ぶな! きめーんだよ!」
「あっ、いや……」
「周くんはあたしを助けてくれたんだよ! なんでそんなことが分からないの?」
さっきまで俺を責め立てていた親衛隊は状況を理解できないでいる。
「謝って」
「えっ?」
「周くんに謝って」
「わ、悪かったよ……」
渡辺に圧倒された石川たちは俺に頭を下げた。
「もう二度と周くんに失礼なことしないで」
「……」
「それと、あたしに二度と近づかないで!」
石川と親衛隊たちは、しばらくの間、その場で呆然と立ちすくんでいた。
当然だ、あの誰にでも分け隔てなく笑顔を振りまいていた渡辺がキレたのだ、石川や親衛隊にとっては大事件だろう。
その後、俺と落ち着きを取り戻した渡辺は事情を説明するため救助隊に連れられることになった。
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