第10話 オタクの底力

「へっへ、楽勝だぜ、ここでシュートだ!」


 大久保が脚を大きく振りかぶる。


「オラッ!」


 大久保がシュート。

 またもや伊勢の守備範囲外の右隅。


 誰もが終わりだと思ったその時――


「オデだって、やる時はやるっス!」


 伊勢が脱いだ!

 両足を左右に大きく開いて腰を落としはじめた。

 まるで相撲の構えだ!


「な、なんだこのデブ?」

「あ、あれは! 伊勢が本気を出すときの構えだ!」


 右隅のシュートを伊勢が片手でキャッチ。


「このデブ、バケモンかよ……」


 大久保が虚をつかれる。


 その隙に伊勢が荒川へパス。


「頼んだっス!」

「伊勢くん、君の本気見せてもらいました。僕もかっこ悪いところは見せられませんね」


 眼鏡をクイッとあげる荒川。

 大久保がすかさずディフェンスへ戻る。


 またあの悪質タックルをするつもりだ。


「荒川! 気を付けろー!」

「ふふ、誰に言ってるんですか? 粟井くん」

「腐れ眼鏡が! さっさとボール寄越せ!」


 しかし悪質タックルを荒川は軽くダブルタッチで躱した。

 あいつあんなテクニック持ってたのか。


「さきほど川辺くんがボールを奪われるのを見ていました。脚の長さ、スピード、角度、全てお見通しです」

「な、なんだと?」

「理性を失っている人の思考は簡単に想像がつきます」

「この野郎……」

「金田くん! 頼みます!」

「おっしゃ! 俺のフィジカルが唸るぜ!」


 金田にボールが渡る。

 サッカー部のやつらをタックルをもろともせず抜いていく。


「クソが!」


 しかし大久保が前衛に上がってくる。


「川辺、頼んだ!」


 大久保が上がってくるのを横目で確認した金田はすかさず川辺へパス。


「よしきた!」


川辺にボールが渡るが先ほど大久保に踏まれた足の影響でトラップが乱れボールが大きく流れてしまう。


「くっそ、こんな時に」

「へっへ、骨は折れない程度に踏みつけてやったから安心しな」

「か、川辺……」

「怪我なんかしるか! オラッ! 周介! あとは頼む!」

「お前その足で……」


 ボールが宙を舞い。大久保が俺のマークに付く。

 だがそんなのは関係ない。

 俺はそれをすかさずトラップしシュートフォームへ入る。


「キモオタの癖にしゃしゃるなあああああああああああああああ」

「ちなみに言っておくが俺の名前は」

「渡辺は俺のもんだ! 栗井しねえええええええええええええええ」

「粟井だよぼけえええええええええええええええええええええええ」


 右足を振りぬく。

 勢いの付いたボールはゴールの枠へ吸い込まれていく。

 ボールがネットを揺らすと同時に試合終了のホイッスルが鳴り響く。


 4-3


 オタク同好会WIN


「よっしゃあああああああああああああああああああああああああああああ」

「よっしゃあああああああああああああああああああああああああああああ」

「よっしゃあああああああああああああああああああああああああああああ」

「よっしゃあああああああああああああああああああああああああああああ」

「よっしゃあああああああああああああああああああああああああああああ」


 オタク同士で抱き合う。

 汗まみれだがそんなの関係ない。


「僕のパス見ました?」

「いや、俺のフィジカルだろ!」

「オデのビックセーブも忘れないで欲しいっス」


 みんなが自分のプレーを振り返る。

 正直みんながMVPだ。

 最初は渡辺のために始めた勝負だけど、途中、純粋にサッカーを楽しんでる自分がいた。


「それにしても川辺、最後のパスサンキューな。足痛かっただろ」

「心配すんな。軽い捻挫だよ」

「今度、昼飯奢ってやるから、それでチャラでいいか?」

「っふ、そんなのいらねーよ」

「なんでだよ」


川辺が遠慮するなんて珍しい。


「だって、『友情は見返りを求めない』だろ?」

「そ、その言葉……」


 俺が一番好きなエ〇ゲの名言だ。

 それにしても、俺が熱く語っていたエ〇ゲの話を川辺のやつちゃんと聞いててくれたんだな。なんか嬉しい。


「ああ、そうだった」


 川辺と厚い握手を交わす。


 ふと、大久保を見ると膝をつき戦意喪失していた。

 後輩に肩を組まれ連れられていく。


 ざまぁない。ラフプレーに走ったお前は一生サッカーをやる資格はない。

 それとお前に渡辺は1億年はやいんだよ。


 と、心の中で思ってると、渡辺が涙を浮かべながらこちらへ向かってくる。

 こ、これは抱き着かれる展開か……!?


 待て! 走り回ったせいで俺の人生史上最高に汗臭い! 

 くそ! こんなときのために消臭スプレー買っとくんだった!


「周くーん!」

「ま、待ってくれ! 渡辺、いまはちょっと!」

「周くん! 周くん! 大変なの!」


 ん? 渡辺の反応を見るにどうやら抱きつく流れではないらしい……。

 まずは状況を整理だ。


「お、落ち着ちつけ! どうした?」

「内海さんが鼻血を出して倒れちゃったの!」

「っへ?」


 数分後、女子たちが種目をする番になった。もちろん内海は欠場。


 渡辺は勉強もそうだがスポーツも万能だということを忘れていた。

 一人で数人をかわし、女子とは思えない脚力で豪快にシュートをくりだす。

 あの動きができるなら将来、なでしこジャパンに入るのも夢ではないだろう。


 結果は、渡辺が率いるチームが1位となった。

 こうして、俺たちの波乱万丈な球技大会は幕を下りた。


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