初恋****

お手を煩わせる面倒臭い、という溜息は、無い。

ただ、ただ、無反応。

何も聞こえない。

俯いた富嶽は沈黙の返答を受け入れ、家の中に戻ろうと思った。

空腹は消えてった。

やっぱり涙は出ない。

生きる希望とかそういうあれはもう後回し。

兎にも角にもここで、終わり。

ああ、おわり。

おわりなんだ。

そうおもったら両目が熱い気のせいだ。

富嶽は、ドアノブを。


「は?」


歯。


「あ?」


唖。


「ん?」


撥音?

だった?

わかんない。

だって、だってさ。

ドアノブが消えた。

自分がもうどこにいるのかもわからない。

ぜんぶ、くろ。

あしもとが、くろ。

息は、できている。

瞬きは、できる。


だけどしだいに、いつのまにかに。


なにができてなにができないのかわかんない。


たってるだけでえらいのかもしれない。


だって冥が。


嬌、笑、してる?


おともなく、わらってる?


目が合った。


心臓が鷲頭噛まれた。


「富嶽」


「面白くない」


「何それ」


「僕が」


「なんだって?」


「待ってたのに?」


「約束したじゃないか」


「デート」


「約束したから待ち合わせ場所でずっと待っていたのに」


「君とデートの約束したから」


「待っていたのに」


「待ちぼうけ」


「君が連絡くれなくて」


「待っていたのに」


「大人しく君が来てくれるのを待っていたのに僕は君が来てくれるのを楽しみに待っていたのに」


「なんで」


「なんで?」


「僕、君のこと」



ああ


あああああ





くろがゆがんだ。

たぶんゆがんだ。

それより冥が強くゆがんだ。

ようなきがした。

まばたきするたびいきするたび。

ここにあってここにないような。

ただただ冥の声だけが鮮明に聞こえるもんだから。

富嶽はこれは都合の良い夢なんじゃないかと。

のがれようとしたら。


「え」


押し倒されていた。

さっきまで富嶽がぶっ倒れていた布団の上、富嶽は冥に押し倒されていた。


「冥さ、ちょ、あのっ」


布団の上でこういう態勢となると、富嶽の頭の中はかつての妄想で一杯になってしまう。

いっぱいたくさん想像した。

勿論、冥に押し倒されて、なんていうシチュエーションも。

蛍光灯の白に冥の黒が、映えて現実感が増してく。

その身の重みが教えてくれる、ここに居るって。


冥が微笑む。

いや嬌笑。

背筋が震える。

手を、伸ばそうと、して、しまう。


「どっちがいぃ?」


小首を傾げられたら。


「ボク、どっちでもいいよぉ」


熱っぽく囁かれたら。


「フガクぅ、したいほう、シテ?」


富嶽は、冥の、腰に手を伸ばしていた。

細い。

暖かい。

もっと、この、奥まで知りたい。


その欲望はすっかり冥に伝達され、んふぅと吐息が唇から漏れる。


「さわりたぁい?」


腰に触れた手に手が添えられる。

心臓が、耳元で、どっどっどっどっ、喧しい。


「いいよぉ」


間近の双眸、自分が囚われてる。


「いっぱいぃ、さわってぇ」


吐息が顔に、かかって、あつい。


「フガクぅ、だけ、だからぁ」


口付けをする距離で。


「富嶽だけ初めてなんだ」


冥が、艶やかに、嬌笑。


「きみがいやならもうおわり」


おわり、?


終わり


おわ


富嶽は奥歯をグっと噛み締めた。


「冥さん」


「…んぅ」


「俺、が、冥さん、抱いて、いいんで、すか?」


意気地なしなのは解ってる。

でも。

自信が無かった富嶽には。

どうしても。

確かめずにはいられなかったんだ。


だって誰もが冥の傍に居たいのに。

それを飛び越えて、いいだなんて。

こわいよすこし。

望みが叶いすぎて。


「うぅ!!フガクぅのっいじわるぅっ!!めぇって呼んでよぉ!今すぐ抱いてよぉっ!!」


冥が泣きそうな顔を浮かべても、富嶽は踏ん切りが付けられなかった。


だって、だって、だって。


「だ、大事な、事なのでっ俺はっ冥さんが好きなのでっ!」


「ぅうううう!ばかぁああ!好きだよぉ!ボクのほぉがフガクぅのこと好きだよぉ!シテよぉ!抱いてよぉ!ボクのことフガクぅのにぃしてよぉ!めぇって呼んでよぉっ!」


「っめぇ、さんっ」


「フガクぅ!」


「めぇさん、だいすきですっ!」


富嶽は冥の絶叫のような告白に感極まって、その体を力一杯抱きしめた。

そしたら冥が、普段の取り澄ました神聖さ投げ捨てて、ひしっと富嶽にしがみつく。


「ふがくぅぅっすきっすきぃぃいい!」


その剝き出しの告白に、富嶽は心底安堵した。

そしたらお腹がぐぅと鳴り、冥がんふぅと笑ってくれた。

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