初恋***

悲しい。


辛い。


虚しい。


そう悲しい辛い虚しい。

なのにお腹が空いた。

富嶽はお腹が空いていた。

いつから食べていないのか、覚えていない。

食べなくてもいいと、思っていた。

思っていたのにと、富嶽は眉間に皺よせた。

まだ表情を変える力があるのなら、何も食べなくったっていいだろ?

なのに。

ぐう。

お腹が空いた。

意識しだしたら、空腹が大暴れ。


富嶽はかなしくてつらくてむなしいのだ。

悲しくて。

辛くて。

虚しい。


ぐう。


空気を読めよと、富嶽は苛立ちを覚えた。

なのにぐう。

それでもぐう。

ぐうぐう五月蠅い腹の虫。


富嶽は。

じゃあ嫌になるほど食わしてやるよっ、と乱暴に起き上がり財布を持って外に出た。


「え?」


そこにはなにもなかった。

本当になにもない。

富嶽が認識出来るのは黒。

黒だけ。

なにもなくて掴んだドアノブを握り締めてしまう。


「あ」


それは急に現れた、ように感じられた。

でも最初からそこに、あったようにも見えた。


不思議だね。

全部黒、なのにその姿浮き彫りだ。


濡羽色の髪と瞳がうつくしい。

髪色と同じ黒の着流しも似合ってる。

組んだ足、見える肌色から慌てて目を逸らす。

脱げかけの草履、その指先はじめてみたと、注視しかけた富嶽は目を背けた。


「フガクぅ…やっと出てきてくれたぁ」


「…」


甘い優しい声色。

でも低くて雄々しい声。

冥に名前を呼ばれたら、富嶽はそれだけで幸せだったんだ。

でも、今は、もう、逢いたくなかった。


「フガクぅ?どぉしたのぉ?ずっと待ってたのにぃ…」


「…」


何処かへ消えて欲しい。

もう関わらないで欲しい。

だから富嶽は部屋に戻ろうと思った。


もう何も無い真黒な世界で何かに腰を掛けている冥と、もう、一緒に居たくなかったんだ。


「…フガクぅ?」


それは耳元で囁かれた、気がした富嶽はハっとして冥を見た。

冥はかわらず、何かに腰を掛けて、ほほえんでいた。

何故か鳥肌が立ってきた。


「ねぇ、どぉしてぇ、返事、してくれなかったのぉ?一杯メッセージ送ったのにぃ、既読もしてくれなくてぇ、なんでぇ?ねぇ、フガクぅ?ボク、何かしたぁ?」


ほほえみながら。

冥はほほえんでる。

おだやか。

なのに富嶽は膝が震えた。

蹲ってしまいたい。

衝動的に布団に潜り込みたい。

だけど、踏み止まれた。

だってなんだって?

何か、しただって?

しているだろうが。

してるだろうが。


富嶽の。

底に沈めた。

怒りに。

冥が触れた。

だから冥が悪いのだ、と。

富嶽は唸るように、声を、発する。


「だって」


「んぅ」


笑みを浮かべる冥に、富嶽は初めて怒鳴った。




「めぇ、…あんたは俺の事好きじゃないからっ!」




「見たんだ!俺じゃなくても、いいんだろ!」




「俺は本気で…本当に、好きなのに!」




「でも俺なんて、俺に、俺なんて!遊びなんだからもうほっといてくれよっ!」




大声でまくし立てるなんて最低だ。

でも、冥の方が最悪に決まってる。

思わせぶりな態度で人の心を惑わせ弄んだ。

違う。

勝手に。

思い上がった。

そう。

そう。

そう。


だからもう気に掛けず忘れて欲しい。


富嶽は。


もう。


冥の中から消え去りたかったんだ。

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