エピローグ

 目を覚ますと、眩しい光で思わず目を細めてしまう。

 背中から冷たくゴツゴツとした感触が背中から伝わってくる。仰向けになって倒れていると気づくのに、数秒かかった。

 目だけで周囲を観察する。

 俺が潰されて死んだ、あの工事現場跡だ。土の山や並んでいる重機たちの様子は、俺が意識を失う前から何も変わっていない。

 ただ、一つを除いては……。

 俺を異世界に送った調本人――青塗りのユンボは横転したはずなのに、真っすぐとした姿勢でそこに佇んでいる。まるでそんなことなどなかったかのように、むしろ俺の安否を心配しているようにさえ見えた。


 にぇ~


 頭上から聞こえてきた鳴き声につられて首だけ動かすと、土砂の山のてっぺんで暢気のんきにあくびをしている黒猫が目に入った。なぜか愉快な気持ちになり、小さな笑い声が洩れた。

 よろよろと俺は立ち上がる。

 優しい朝日が俺を照らす。遠くの建物が、木々が、見える景色全てが輝いて見えた。

 柔らかい風が吹き、土の匂いが鼻から入ってくる。ふわふわと空気に溶け込んだような感覚と共に、なぜか懐かしさが込み上げてきて、涙が出そうになった。

 あの宙に浮かぶ石盤も、暗紫色の空も、恐ろしい魔王も、どこにもいない――。



 俺は、戻ってきたんだ。


 ◇◆


 数か月後 とある工事現場


「おーい畑山はたけやま、そろそろ終わるぞー」


 背後から現場監督の声が飛んできた。俺は軽く手を挙げて応じる。

 乗っていたユンボを停止させ、運転席から降り、工事現場を見渡す。作業員を乗せた数機の重機は重たいエンジン音を唸らせ、まだ一生懸命働いている。

 夕暮れ空を見上げる。遠くのほうではオレンジと藍色のグラデーションが広がり、その中を金粉を振りかけたように輝く雲が一点を目指すように漂っている。

 その下で、俺は深く息を吸う。冬の自然が胸の中に入ってくるようで、心地が良い。


「あ、畑山先輩も上がりすか?」


 ちょうど通りかかった後輩が声をかけてきた。ヘルメットからはみ出ている茶髪は一見ガラが悪そうだが、礼儀がしっかりしていて、愛嬌のある笑顔は人懐っこい犬のようだ。たしか歳が二つくらい下だったか。


「ああ、お疲れ」


 俺はユンボに乗り込む。決められた場所に戻さなければならない。

 後輩は俺の乗るユンボを見上げながら、「それにしても」と呟いた。


「先輩、このユンボにずっと乗ってるっすよね。誰も乗らないから先輩専用って感じすけど、ボロいし、言えば交換してくれるんじゃないすか?」

「いいよ別に。まだ使えるし。それに、俺が言ってもそんな簡単に交換してくれないだろ」

「いやいや、現場で大活躍してる先輩が言えば一発っすよ。言うときは目上の人だろうとビシッと言うし、点検とかの作業も下っ端に任せないでちゃんと自分でやるし、先輩、周りから一目置かれてるんすよ。マジリスペクトっす」


 砕けた口調なのに妙に熱のこもった後輩の言葉に、むず痒さを覚えてしまう。誤魔化すように頬を掻くと、俺は座席から青塗りのユンボのボディに手を添える。


「まあ、なんて言うか……こいつがいいんだ。古いからって廃棄するにはもったいないくらいの性能だよ」

「ふうん……物好きっすね」


 適当だが悪意を感じさせない感想を最後に、後輩は去っていた。

 俺はレバーを握ると、ゆっくり傾ける。小さな揺れと共に、ゆっくりと前進する。

 ――あの異世界はなんだったのだろう。

 移動の途中、ふとそんなことが頭に浮かんだ。

 最近、あの異世界転生不思議な体験についての疑問が、よく頭をよぎる。

 あの乳のでかい女神はなんだったのか。あの勇者ミノル君とユイちゃんも無事にこの世界に帰ってきたのだろうか。魔王は本当に死んで、あの世界は平和になったのだろうか。

 いくつもの疑問が浮かんでは消えていき、どれも解決しない。解決する目途めどもない。

 だが、毎回、俺は決まって一つの結論に辿り着くのだ。

 あれは、俺とこいつの物語だったのだ――と。

 俺は運転席から手を伸ばし、そいつに触れる。

 手から振動が伝わってくる。それがこいつの拍動のように感じられ、本当に生きているかのように思えた。嬉しくなって、つい笑みがこぼれてしまう。

 あんなに無機質で、見るだけで気分が悪くなっていたはずだったのに、今はこれ以上に頼れる存在はない。

 俺は自在にユンボを操作し、ユンボもご機嫌そうにキャタピラを唸らせる。

 こいつとなら、どこまでも行けるだろう。

 たとえ異世界だろうと、俺とこいつユンボなら、どこまでも――。

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異世界転生物語の終盤に転生してしまった件について りらっくす @relax

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