第2話 すいません、あなたはミスって死にました

 気が付くと、何もない部屋にいた。全面ガラス張りの正方形で、天井だけが吹き抜けになっている。外では謎のまばゆい光が降ってきているが、どういう仕組みか、この部屋を避けて通っている。

 なにこれ? ここどこ?

 キョロキョロと辺りを見渡していると、吹き抜けになっている天井から女性が舞い降りてきた。

 純白の羽衣はごろも。眩しい後光。煌びやかな装飾品。透き通るような白い肌。淡い青色の長い髪。たわわな乳。

 そのままアニメとかに出られるんじゃないかと思える、絵に描いたような女神が、俺の目の前に現れた。


「ようこそ、〈ハザマノ間〉へ」


 エコーがかかったような響きのある声で、女神は微笑んだ。

 ハザマノマ? この場所がそういう名前なのか?


「私は女神です。いきなりで申し訳ありませんが、畑山はたけやまさんは現世で死んでしまいました」

「ふーん……へ?」


 あまりにも自然に言うものだから聞き逃しそうになり、思わず間抜けな声を上げてしまった。俺、死んでるの? じゃあここは死後の世界ってことか?


「享年28年……人間にしては短いほうの人生ですが、ネズミとかって二年しか生きれないって言いますしね」


 全然フォローになってない。この女、胡散臭うさんくさいぞ。

 俺が猜疑心を抱いていると、女神はひとさし指をこめかみに添え、分かりやすく『困った』のポーズをとった。大きな胸が強調され、いやでも目が行ってしまう。


「でも、畑山さんはちょっと特別、というか、ややこしい立場にいるんですよね」

「ややこしい立場?」

「はい。実は、畑山さんは死ぬ運命ではなかったのです。こちらの――天界の不手際で死なせてしまった不幸な魂なのです」

「は? じゃあなんで俺死んでるの……?」

「ちょっと押し間違えちゃいまして」

「何を」

「ボタンを」

「ボタンで生き死にを決めてんの!?」

「はい。生き物にはそれぞれにボタンが割り振られてまして、あ、そろそろ死ぬなあって思ったら、こう」


 女神はまるで早押しクイズでもしているかのように若干中腰になると、鋭く手を振り、ボタンを押す素振りを見せる。「越後製菓!」と謎に口走る始末で、表情もやけに得意げになっている。頭が痛くなってきた。


「じゃあすぐ生き返らせてくれよ。俺、こう見えて忙しいんだから」

「好きなときに起きて好きなことして好きなときに寝てを繰り返すのが、忙しいんですか?」


 ジトッとした目で女神が指摘してくる。

 しまった、全部筒抜けみたいだ。でもここで黙っていたら俺がぐーたらしてるダメ人間みたいじゃないか。


「好きなように生きるのにもエネルギーを消費すんだよ。働いてりゃあ偉いなんて思ったら大間違いだ」

「すごい開き直り……まあいいですけど。それで、生き返りの件なんですが、申請はしたんですけど、人の死を曲げるのは最重要規約違反のためって却下されちゃいました」

「まじか……じゃあ、俺はこのまま天国に?」

「いえ、地獄です」

「はあ!? 何で俺が地獄に!? 猫助けて死んだのに!?」

「無職のニートだからです。極楽浄土には勤勉な人しか行けないのです。怠惰な人間は地獄で性根を鍛え直す――先月、そういった方針に変更されちゃいました」

「そんな……最悪のタイミングじゃん」

「そうなんです。先月までは無職もニートもプーも条件によっては極楽ごくらくれたんですが、天国に堕落した人間で溢れかえって秩序が乱れてしまいまして……。そこで緊急会議が開かれたんですが、私がウケ狙いで言った案が通っちゃって、無職禁制の極楽になってしまいました」

「どうしてくれんだよ!」

「すいません、場を和ませたくて」

「全然和んでねえよ! 俺めちゃくちゃ怒ってるよ!?」

「いえ、会議の場を」

「そっちの方かよ!」


 怒鳴りすぎて疲れてきた。肩を激しく上下させ、ぜえぜえと呼吸するが、抗議は続ける。


「とにかくやだよ。俺、地獄なんか行きたくねえよ」

「そうですよね。こちらのミスでもありますし……なので、チャンスを与えようと思います」


 なんと今なら、とお得商品を紹介する店員のように、女神を両目をキラつかせた。


「これからあなたを別の星に時空転移させます」

「別の星? 時空転移?」

「そこで世界を救ってもらいます。先に時空転移した人たちもいまして、今まさに最終局面に差し掛かっているのですが……まあ、一から救うより楽でしょうし、サービスってことでここにしましょう。地球と時間軸が同じだから転移も簡単ですし」

「あの、勝手に話が進んでるんだけど……ようするに、俺は異世界転生するってこと?」


 最近、そういったジャンルのアニメや漫画が流行っているのは知っている。俺もたまに観たり読んだりしていて、中々に面白いのだ。


「ああ、そっち世界ではそう言うんでしたっけ」女神は興味なさそうに相づちを打ち、「そうですそうです転生です。剣と魔法の夢の世界へ」と適当な感じで付け足した。

「最終局面って、もうすぐその異世界が救われるってことじゃないのか?」

「今まさに、先に転生した人たちと世界を征服しようとする魔王が相対してるんですが、結構苦戦、というより、めちゃくちゃ劣勢状況なので畑山さんが助けに行ってあげてください。魔王討伐に大きく貢献して世界を守ったという功績があれば、あなたのよみがえりも前向きに検討されるはずです。そうなれば、あとは私が会議でゴリ押します」

「て言われても……俺が行っても何もできないんじゃないか? 魔法とか使えないし」

「そこでです」女神がビシッと俺を指さす。「畑山さんにスキルを授けます」

「スキル?」

「はい。特殊能力です。まあ、転生する際には誰にでもスキルを与えるしきたりなんですけどね」


 そう言うと、女神はゆっくりと手を開き、俺の眼前にかざした。

 なんだなんだと思っていたら、女神の手の平が光り輝きはじめた。あの、眩しいんですけど。


「私は女神。人間一人に能力を授けることなど造作もありません。とっておきのスキルを――」


 自信満々に向上を垂れる女神だったが、何か問題が起きたのか、突然口をつぐんでしまった。


「……そうでした。『最強! 神の雷魔法』はもうあげちゃったんでした。じゃあこの『神業! 魔力の具現化』を……って、これもないんだった。人気なんですよね、こういうの。えっと、残ってるのは……なんか微妙なのばっかだですねえ……。すいません、畑山さん。1から5で好きな数字を言ってください」

「え……2……?」

「じゃあ、これですね。すいません、何かあれなスキルになっちゃっいましたけど、何か上手くやってくださいな」


 話を勝手に、しかも不穏なことを言い始めた女神だが、彼女の手の平の輝きが突然強くなり、少しすると手の平から光る球体が現れた。光らせるの好きすぎるでしょ。

 光の球体は女神の手から離れ、宙を揺蕩たゆたい、最終的にゆったりと俺の胸の中に入っていった。特に痛みなどはなく、体に異常もない。


「はい、スキルの適応完了です。では、行ってらっしゃーい」

「え、ちょ、展開早すぎ。心の準備が――」

「『ステータス、オープン!』と迫真で唱えたら自分の能力値やスキルを確認できるので、活用してくださいね~」


 俺の言葉は無視され、女神は出発前のアトラクションの係員のように手を振る。

 テレビの電源がいきなり切れたかのようにプツンと、俺の意識は途絶えた。ちょっとこれ、死んだときと同じ感じじゃん。

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