第3話 設定について行けない

 視界が開けたら、全く別の景色が広がっていた。

 宙に浮く巨大な石盤の上に俺は立っている。床を見ると、でっかい魔法陣みたいな紋様もんようが描かれていた。

 上や横を見ると、空一面が体に悪そうな暗紫色で覆われている。しかもその中をモヤモヤと煙のような気体が揺らめいていた。

 この不気味な空気は、まるでファンタジー漫画に出てくる最終ダンジョンの最奥――ラスボスが待っている場所みたいだ。

 そして、最も重要なこと。今俺の少し離れた前方で二対一の構図で相対しているそいつらだが――


「お前を倒して、俺たちが世界を救うんだッ!」


 重そうな鎧を着て大剣を構えた青年が、芯のある迫真の表情で言い放つ。


「あなたの好きにはさせない!」


 その隣に立つ、杖を持って胸元ばっさりの深紅のドレスを身に纏うピンク髪の女が、険しい表情で言い放つ。


「足掻いても無駄だ」


 男と女が睨みつける先にいる人物――『人物』といって良いのか分からないが、声からして男なのだろう。二足で立ってはいるが、そもそも人間なのかすら怪しい。


「我の手で世界は滅び、再構築されるのだ」


 なんか、黒い角とか黒い翼を生やして、真っ黒な眼をした人型の生き物が、偉そうに喋っている。

 動物的に分類したら何科なのか、見当もつかない。何だと言われたら、コウモリが近いのかもしれないが、どちらにしろ、コウモリがこんな偉そうに喋るわけがない。

 それに、喋り方といい厳然とした佇まいといい、その風格はまさにファンタジー漫画の最終ダンジョンで待つラスボスのそれだ。

 真綿に水が染み込んでいくように、すんなり理解できた。ここが異世界で、あっち男女二人組が先に転生したという勇者たちで、そっちのよく分からない生き物が魔王なのだろう。そして、今まさに最終決戦の途中というところに僕が来ちゃいましたと。


「そうはさせないッ! 俺たちが止めてみせるッ!」

「そんなボロボロの体では説得力が皆無だな」


 魔王は二人を遥か高みから見下ろすように言う。確かに、聞いていた通り勇者たちは劣勢の状況なようだ。二人とも露骨に疲弊していて、青年の鎧には所々傷やへこみがあり、女のドレスはちょうどいい感じに破れていて、妙にエロい。

 俺の存在に気づく気配はなく、三人はなおも揉めている。割と近くにいるはずなのに、とても遠くの景色を眺めているような気分だ。


「なぜ……なぜ世界を滅ぼすんだッ! 世界は美しくて、かけがえのない命で溢れているんだぞッ!」

「腹立たしいからだ。大層な理由はない。この世界を貴様ら下等生物が我が物顔で闊歩かっぽするのが、たまらなく我慢ならんのだ」

「そんな理由で大勢の人たちが……ガルニさんたちは死んだっていうの!? 許せないわ!」

「〈剣聖・ガルニ〉か。10年前の大戦で我が数多あまたの同胞たちをほふった〈皇刀おうとう オサフネ〉を唯一扱える王国最強の英雄も我の前では塵芥も同然だったな」

師匠せんせいも、お前のせいでッ……!」

「フン、〈魔帝・ジェラルド〉か。天族の血を引いておきながら我を裏切り、あまつさえ人間を庇って死ぬとはな……愚かな奴だ。死んだら何も残らぬというのに」

「愚かなんかじゃないッ! あの人の夢はまだ終わってないッ! 俺があの人の代わりに使命を果たすんだッ!」

「私の中にも、あの人の――エリンさんの魂が宿ってるわ!」

「〈最初の魔女・エリン〉か。奴には一杯食わされたが、結局、生き残ったのは我だったな。貴様らなどに関わらずこそこそと隠遁していればよかったものの……莫迦ばかな奴だ」

「そんなことない! エリンさんは最後まで世界の平和を望んでいた素晴らしい人よ! この〈祝福の歪曲律グラシアス・フェオ・デスティーノ〉だって、あの人が命を賭して残してくれなかったら、ここまで辿り着くことはできなかったんだから!」

「確かに、全精霊の加護が凝縮され、莫大な魔力と引き換えに神話級の聖属性魔法を使える〈祝福の歪曲律グラシアス・フェオ・デスティーノ〉があれば、我の隷属れいぞくたちだろうと容易く滅することができるだろう。底無しの〈魔器ブルーケ〉を持つ貴様とも相性が良い。だが、我は例外だと知っておるだろう。〈神殺しデウルティ〉を果たし、〈超越者シン・フィン〉となった、この我にはな」

「お前が何者だろうと、絶対に食い止めて見せるッ! 〈ホルクス〉で待つあいつらのためにも……俺の魂に宿るフェンのためにもッ!」

「ほう、フェンリルと同化して〈神性デウルス〉も手に入れていたか。己の〈魔器ブルーケ〉の形を無理やり変え、新たな〈魔質ブルダッド〉を構成することで雷魔法に聖属性を付与させるという魂胆だろうが、無駄だったな。どんな属性だろうと、〈超越者シン・フィン〉に魔法は通じない……我――この魔王〈リオン・エンドアース・ブラッディハート〉の覇道は、誰にも止められはせん」


 すごい。さすが最終決戦というだけあって俺の知らない単語や設定がぽんぽん飛び交っている。

 きっと、彼らは俺には想像もできないほどの壮絶な異世界転生物語を経て、ようやくここに辿り着いたのだろう。だが俺はさっき来たばかりだからまるでついていけないし、この人たちが言ってることも一ミリも理解できないから感情移入もクソもない。

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