第70話 “聖騎士” ロジカフィール

私を囲む、大勢の竜騎士達。


隙間のない包囲網。これをわずか数十分で展開したってんだから、彼らの練度の高さには敬服する他ない。


まぁ、でも…….。


「……っ!?」


──轟音と共に、私は一気に空中へと躍り出た。


普通に逃げるよねー。


「逃すな!!」


空にも竜騎士達が展開していると言っても、それは隙間なく空を埋めているという意味じゃない。そんなことは不可能だ。


私を包囲したいなら、風の通る隙間もない密閉空間を用意するべきだよね。


「撃ち方始め!!」


空に飛び立った私に向かって放たれる弩弓の矢。


例によって私の風バリアーが全てを打ち落としてくれる。


それがただの、“物”であるなら。


「“音羅”」

『!』


私は背に背負ったレイヴリーと、ソフィアちゃんを庇うように防御姿勢を取った。


そんな私の体を打ち据えたのは、“音”の衝撃派。


風の防御を突き破ってきたのは、空気を振動させる轟音だった。


……というわけで、“聖騎士” ロジカフィールちゃんをご紹介します!!


彼女が武装している竜器は、音を操る能力が付与された大筒状の武装 ”音羅“。

見た目としては、携行型の大型大砲って感じでかなりデカい。もっとビックリなのは重量で、なんと100kgを超えるらしい。


バケモン??


……でも、小柄な女の子が大型武装持ってるだけで笑顔になっちゃうよね……。


そしてそんな重武装を向けられてるわけだから、そりゃあ威力も相応ってもんよ。


直撃すれば建物が吹き飛ぶレベルの衝撃。


それを喰らった私はなんと……!!


空中でわずかに体勢を崩してしまった!


……クソユニットで、すみません。


「……副団長。私はあなたが罪を償い、綺麗な身になって釈放されることを期待していたのですが」


ロジカちゃんは、まるで氷のように冷たい目を私たちに向けて言った。


罵倒ボイス、ありがとうございます。ちょうど切らしてた。


「“竜”に肩入れされては、いよいよ庇うこともできなくなりました」

「この声、ロジカちゃんか。めちゃくちゃキレてんねー」


レイヴリーが他人事のようの背後で漏らしているが、お前のせいじゃい!


「な、なんでこんなことに……!」


ソフィアちゃんは突然竜騎士に囲まれて大ピンチな状況に、めそめそと泣き始めてしまった。


涙をベロベロ舐めて掬ってあげたいが、ここはTPOを弁えよう。


「“音流符”」


そもそも、そんなふざけていられるほど状況は簡単じゃなかった。


音の衝撃。これは“振動”だ。


私に向けられた攻撃はすべて回避できている。だけど……。


『……マジか〜』


突然辺りが暗くなり、私は上を見上げた。


落ちてくるのは、石やレンガといった建材。


……まさか、建物を倒壊させるとは。


「竜騎士なのに、こんな悪いことしちゃうんだねぇ」


レイヴリー、あんただけはそれを言う資格はない。


降り注ぐ瓦礫の雨を、合間を縫って回避していく。

私はぶつかってもどうってことないけど、破壊された瓦礫が視界を塞ぐと、死角から攻撃を喰らう恐れがある。避けるに越したことはない。


《落石を回避できるルートを表示します》


目の前に表示される光の帯。


なるほど、このルートを行けば当たらないってわけね。


流石ハルちゃん、頼りになるよ。


……それにしても、まさかこんな事になるなんて。


クレオがあの包囲を手引きしたのかとも思ったけど、そもそも“聖竜教”って竜騎士からすればテロリストの一味だし、その線は薄いか。


……やっぱりロジカが言ってた通り、ロッド様の情報提供があったんだろう。


ロッド様、瑠璃の竜モドキに取り込まれた後ちゃんと意識が戻ったようで何よりだ。それは朗報だけど、なんでロッド様が私のことを……。


……あっ。


そういえば、ツノがバレてたっけ。


一時的に竜になったっていう経験と、私のツノのアレコレを結びつけて……正体に感づいたってこと?


……だとすれば、いよいよケイって名前は使えなくなるね。


やっぱり死んだ事にするしかない……というか、そもそも学園の中に忍びこむのが無茶だったんだろう。


所詮私は竜で、人間には馴染めない。


正体が露見すればこうなるのは当たり前。一瞬でも、人間社会に溶け込めるなんて考えることが間違いだったんだ。


ソフィアちゃんもこうして救い出した事だし、顔も名前も別人になって生きていくしかないね。


「と、止まれ!逃げられると思うな!」

「この邪竜が……!」


そんな私の前に、二人の竜騎士が立ち塞がった。


どちらもこの石の雨の中を潜り抜けて私の前まで来たのを見るに、結構な実力者だ。


そのまま突撃したら、まぁ負傷することはないまでも……そこそこの時間足止めを喰らいそうだ。


であれば、目眩しをするとしよう。


『“紅絨毯”』


「ぐっ!?」

「な、なんだ!」


私は、地面に向かって炎を思い切り吹き出した。


知ってるかな。


温められた空気は、上昇するんだよ。


『“焃光”』


炎が吹き上がり、竜騎士達を包んだ。


「う、うわああああ!!!」

「な、なんだ!? 何も見えない!」


炎に包まれて、竜騎士達の姿は見えなくなるが……大丈夫。


これは目眩し程度の効果だ。死ぬことはない。


視界が塞がった竜騎士達の隣を通過する。


「くっ……! 速すぎる!!」


そんなこんなで、すでに竜騎士達の包囲は脱しつつある。


監獄内じゃなく、屋外で私を迎え撃ったのは多分……対抗戦で私が“炎”メインで戦ったからかな。


建物内が火事になれば、捕獲どころじゃなくなる。狭い場所で戦うことは不利になると判断したのかも。


だけど本当の所は、広い場所の方が自由に動けて強いっていうね。


「……逃げるんですか!? 副団長!」


逃げる私たちをどうやって捕らえるかと思ったら、レイヴリーの方を狙ってきた。


「……そうは言うけどね、ロジカちゃん。僕は殺されそうになったんだよ? 黙って死ぬのが正解だったってこと?」

「……殺されそうになった!? どういうことです!」

「あ、知らないんだ」


律儀に背中に背負ってるレイヴリーが返事を返す。


「まっ、あとは頑張ってよ。僕はひと足先に抜けるから……このクソッタレな職場からさ」

「……レイヴリー副団長!!」


声が遠ざかっていく中。


背後に聞こえた声は、どこか悲痛だった。



「……はぁ、どうなることかと思ったわ」


学園地下水路。


ここは、聖竜教へと繋がるいくつかの入り口の一つ。


そこで私は二人を下ろして、一休みしていた。

私はいいけど、二人は長く拘束されていて疲労困憊の状態だ。休息は必要だよね。


「……」


レイヴリーは相変わらず耳が聞こえず、立つこともままならない状態だ。


だけど、何の変哲もない石壁を見つめて……何かを考えているようだ。


「……それにしても、アンタ一体何者? なんであんな頭おかしい強さしてるのよ……」


地面に三角座りしているソフィアちゃんが、そう言って私のことをジトっとした目で見てくる。


『大したものじゃないよ。私なんて』

「えぇ? 本当……?」


なので私が事実を言って返すと、なぜか疑いの目が深くなってしまった。どうして……。


「彼は“翡翠の竜”だよ。その上、事実上の“聖竜教”のトップであり、さらに学園の生徒でもある……といったところかな」

「は?」


私がどう疑惑を晴らしたものかと迷っていると、レイヴリーに先に全部言われてしまった。


「え、何それ……設定盛りすぎでしょ……」


それは私もそう思う。


「察するに、“隠匿師”の能力を頼って彼女を脱獄させたんだろう。正体を隠すには彼女の能力はうってつけだから」

「えっ……そうなの?」


んで、全部バレとるやんけ。


「あぁ、あと……」


暴露魔と化したレイヴリーが再び口を開く。


一体何を言うのか、と思ったら……。


「多分、エレオノーア様の想い人でもあるね」


世間話みたいに、レイヴリーがそう言って……。


『……』


……は??


何言ってんだこいつ。

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