第69話 あなたはここで終わり
看守、監視カメラ代わりの竜器、厳重なセキュリティ。
「な、なにここ……っ!?」
中に入れさえすればどうってことないよねー。
ハルちゃんよろしくー。
《ポジティブ。施設内の全ての竜器の操作権を掌握しました》
強ぇ……。
「……無茶苦茶だな、君は」
私の背後……というか私におんぶされてるレイヴリーは、ため息混じりにそう言った。
まぁ、そうだよね。
プリズンブレイク始まるかと思ったら「超有能AIのハルちゃんが不思議なパワーで何とかしてくれました!」ってなんやねん。
カスのミステリー小説かよ。
ノックスさんに助走つけて殴られても文句は言えない暴挙。もう人間のパンチじゃ全然痛くはないけどね。
「……なんか、いきなり脱獄することになってるんだけど」
傍に抱えられているのは“大師会”の一人であるソフィアちゃんだ。
「っていうか、背中にいんのレイヴリーでしょ。なんでアンタがここにいるのよ。脱獄でもさせるつもりなの?」
彼女は全身に酷い火傷を負っていて、かつては士官学校でも有数の将来有望な女子生徒だったのに、その事故が原因で犯罪者落ち。家からも追い出されて最終的に“聖竜教”に落ち延びたという過去がある。
正直、原作だと完全にサイコパスの敵キャラって感じで会うのはちょっと怖かったんだけど。
「させるというか、させてもらっているって段階かな。僕はこの通り歩けないし」
「……レイヴリー、あなたどの面下げて私に顔見せたの? アンタのせいで私も牢屋にぶち込まれるハメになったんだけど」
二人がお互いに憎まれ口を叩きながら会話している。
「え? 君が捕まったのは君が鈍臭いからでしょ。別に逃げるなとは言ってないし」
「殺すぞお前……」
この光景を見ると、少なくとも好き寄りの感情は抱いてなかった二人のことが、なんだか好きになってくる気がするんだから不思議だ。
レイヴリーとソフィア。原作じゃ絡みがないどころか、二人ともメイン級キャラに比べればチョイ役でしかなかったからなぁ。
こうして原作にないCPの会話が見れるってのは、転生したからこその役得か。
ご馳走様様でしたッッッ
《同志様。その先は竜器の観測範囲です》
おっと、危ない。
私が脳内で涎垂らしながら行動してたせいで、せっかくの侵入が意味なくなっちゃう所だったね。
「そんな無様な姿になってまで悪態がつけるなんて、どんなメンタルしてたらそうなれるのか知りたいわ」
「あれ、心配してくれてるんだ? 顔は可愛くないけど中身はそこそこ可愛ね?」
「してねぇよカス……」
っていうか……。
『二人は面識あったんだね』
「えっ!? 喋った!」
『喋るよそりゃ』
傍に抱えたソフィアちゃんにそう言うと、ギョッとしてこちらを振り向いた。
こちとら口と耳が付いてんねんぞ。
「いや、僕も君が喋れたことは正直驚いたよ。てっきり理性を失った獣みたいな存在だと思ってたからね」
『え……』
背におぶさったレイヴリーの合いの手が入り、私は真顔になる。
……そんな風に思われてたとは。
いや、まぁでもよく考えればレイヴリーと戦ってた時はそんな感じだったか……あの時は私がバチクソにブチギレてたってのもあるけど。
「だけどこうして話してみれば、案外話が通じるどころか、おぶって脱出の手伝いまでしてくれる相手だったんだから。会話ってのは大事だね」
「……じゃあ私が捕まることなんげないように、ちゃんとコミュニケーションしなさいよ」
「いやぁ、ハハ」
「なにがおかしい殺すぞお前……」
背中と腕の中が騒がしい。
しかし、もうそろそろ緊張感を持って欲しいタイミングだ。
『二人とも、この先は喋らないで。姿は消せても音は完全には消せないから』
「えっ、あっ……わかったわ」
私と、レイヴリーとソフィアちゃん三人の周囲に風のカーテンが降りて姿を隠す。
前までは薄ぼんやりと見えてしまっていたこの能力も、ハルちゃんのサポートにより完全なる無色透明に至ることに成功した。
“紅玉”の力も併用することで得られた成果とのことだ。素晴らしい。
いっぱいよしよししてあげようねぇ。
《……》
満更でもなさそうな顔が見えるよ。
可愛いねぇ〜〜〜〜。
「意外と不便なんだねぇ」
背中でレイヴリーがうんうんと頷きながら話している。
……流れでレイヴリーまで助けることになっちゃったけど、これは別にその場のノリでそうなったわけじゃなく、ソフィアちゃんを助けられる機会があったら、可能であれば連れ出そうとは思っていたんだ。
自由にさせておいたら何しでかしてくれるかわかったもんじゃないけど、竜騎士達の手元に置いておいたら、それはそれで口封じに殺されちゃいそうな気もしてたから。
そして実際、このボロボロの体を見るに私の不安は的中していたんだろう。
拷問まがいの尋問。指示したのは“元老院”かな。
レイヴリーは彼らに対して、真正面から反発していた革新派だった。
口を割るための必要な措置……という名目でレイヴリーを殺してしまえば、目障りな存在はいなくなる。
近い内、そんな風にレイヴリーは殺されていたはずだ。
私が好きなのはカッコよくて強い竜騎士達であって、その裏にいる金と権力と欲望に塗れたジジイ共じゃない。
私が介入してもしょうがないからノアたそ達に期待するしかないけど、その時にノアたそ達に味方する勢力は必要だからね。
レイヴリーは、私はともかくノアたそ達にとっては有益な存在になってくれる……はず。多分。恐らく。
それなら脱獄させてでも生かしておく理由もできるってわけだ。
ちなみに牢屋に叩き落としたのお前やんとか言ってはいけない。事実なので。
……で、透明になって監獄から脱出しようとしてる私たちだけど……。
「……変だね」
背中のレイヴリーが、小声でそう言った。
「は? 何が? 適当言うんじゃないわよ」
『いや、確かにおかしいね』
「えっ……ほんとに?」
ソフィアちゃんが首を傾げる。
「警備が薄いね」
「……へっ」
そう、そうだ。
事前の情報で、監獄内の警備が厳重になっていることはわかっている。
あらゆる区画に過剰なほどの人員が配置されているはずなのに。
……誰の気配もない。
「な、なんで……?」
「……」
……。
私は無言のまま、建物内を進んでいく。
監視機としての竜器は透明になっている私たちを捉えない。
施設内のセキュリティはハルちゃんがことごとく無力化していく。
……それでもこんなに脱獄が容易にいくはずはない。
『……外だ』
気づけば私は、外に出る非常口の前に立っていた。
「……」
ここにもやはり、碌な警備がない。
……思えば。
そもそも私がここに“堕とされた”時も、誰一人様子を見ることはなかった。
独房内の様子を、看守が確認できないなんてあり得ないのに。
あそこが私を捕らえるための施設だというなら……ハルちゃんが感知していたように、独房内にいくらでも設置されていた“束縛”や“弱体化”の効果を持つ竜器を動かして私の動きを鈍らせることは出来ていたはずなのに。
誰も。
……私はゆっくりと、ドアを開けた。
『やっぱりあなたとは、分かり合えない』
飛ばされる前の最後の会話が脳にフラッシュバックする。
ここに飛ばされて、せいぜい数十分。
しかしその数十分は、私という存在が介入できない“ボーナスタイム”でもあった。
数十分、私は監獄内からの脱出に手間取る。
……その数十分で、十分に“準備”は整えられる。
「止まりなさい」
その言葉と同時に浴びせられたのは。
目が眩むほどのフラッシュライト。
「あなたですね。人に化ける竜……“翡翠の竜”は」
外に出た私を迎えたのは……竜騎士による大軍勢だった。
「アレクロッド様の告発により、あなたを拘束します。抵抗は無駄です」
指揮を取るのは、ホーンブレイブ竜騎士団No.3。
“聖騎士” ロジカフィール。
「あなたはここで、終わりです」
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