第67話 再会

クレオ。


彼はロリコンだ。


より正確に言えば、嫁入り前の女の子を手籠にして散々自分に入れ込ませた後に捨て、相手の人生を破滅させるということを繰り返している碌でなし。


しかし彼曰くそれは悪意を持ってやっていることではなく、単に女の子に優しくしていたら成り行き上そうなってしまっただけなのだと言う。


なるほど、“偶然”嫁に行く前の生娘とばかり関係を持ってしまう体質で、“偶然”相手の子が自分を好きになってしまったから、“仕方なく”別れていると、そういうわけだ。


このロリコン共め!! (一人)


そんなロリコンもとい、“最悪な処女厨”みたいばキャラであるクレオは過去、親に売られて色街で男娼として働いていた過去を持っている。


この世界、親関連で何かあった子供多すぎな気がする……そういうご時世だから仕方ないとも言えるかもしれないけど、やるせないもんですよ。


ともかく、そんな感じなんで彼は基本的に他人を信用していない。


きっとそれは、私に対してもそうなんだろう。


『私がそういう方法を取りたくないからだよ』


クレオの真っ直ぐな目に対して、私はそう返した。


『前にも言ったじゃない。私は皆も幸せになる道を探すって。力で支配なんかしたら、幸せにはなれないでしょ?』

「……そうでしょうかね。大あれ小あれ、人は自分より大きな力に支配されて生きていると思いますが」


なんかすごい難しい話してる〜。


パワハラは良くないからやらないよって話のつもりだったのに。


こうして先人の言葉というのは歪められていくもんなんだなぁ……(適当)。


『でも、クレオだって嫌でしょ? 私が何かあるたびに暴力振るうような奴だったら。そんな奴の部下にはなりたくないじゃん?』

「……あなたは充分暴力を振るってると思いますよ」

『すいません』


……刺さりすぎて反論も出なかったわ。


「……でも、もし僕があなただったら。それよりもっと簡単な方法を取ったと思います。それこそ僕らの中の2、3人は殺して恐怖を植え付ければ、反抗心も沸かないでしょう?」


倫理観??


いや、この世界じゃそういうのが普通なのか……? もうなんもわからんよ私……。


「だけど、僕自身がそうならないという保証はない……わかりますか? ボス。僕は実の所、あなたに殺されるんじゃないかとビクビクしていたんです」


ビクビクしてるのは私だけど……。


「あなたの本心が読めず、僕たちはずっと怯えていることしかできない。そんな状態なんですよ」

『私は怖くないよ?』

「じゃあまずは顔を見せてくださいよ」

『それはちょっと』


クレオが呆れたように嘆息した。


「普通、顔も見せず名も名乗らず、声も聴かせない……そんな相手を信用するなんてことは出来ないと思いませんか? あなたが僕たちを信用していないんですから、僕たちもあなたを信用できない」


……まぁ、それはそうなぁ。


「信用しないならしないで、暴力に訴えてくれたらいっそわかりやすいです。でも、あなたは表面上僕たちに親しげだ。裏があると考えるのは自然なことだと思いますよ」

『うーん……』


まぁそれは、そうなぁ。


「何度でも言いますが、顔すら見せてくれないことには」

『ほい』


私は顔周りの布だけを取り払って、素顔を出した。


「……」


私の顔を見て、クレオがしばらく固まっていた。


『よいしょっと』


そしてまたフードを被る。


「……随分簡単に見せるんですね」

『まぁね』


よく考えれば。


聖竜教というのは元々、竜騎士とは敵対している組織だ。


ならば彼らに素顔がバレたところで、特に問題はないんじゃないかな……と思い直した次第である。


というか普通にフロナちゃんに正体バレちゃったし。その時点で今更感が漂ってるよね。


「……驚きました。思ったよりも若かったものですから」

『学生だしね。クレオは今何歳だっけ?』

「今年で20になります」

『じゃあ年上だ』

「えぇ……そうみたい、ですね」


クレオはどこか上の空で、私の話を聞き流していた。


「……ボス」

『うん?』


クレオは私に振り向き、言った。


「あなたは人を憎んでいるんでしょうか」


真剣な声色で。


「……翡翠の竜がどのような経緯で生まれたのか、大まかにですが調べました」


クレオが背を向けて歩き出す。


「人道に反した、まさに悪魔的所業……その被害者が今もなお生きているなら。きっと人間を憎んでいるはず」


カツ、カツと足音を立てて進んでいく。


「“彼”が聖竜教を訪ねたならその動機は復讐なのだと、僕は考えていたんです。人間、竜……あるいは世界そのものへの報復を望んでいるのだと」

『……』

「だから驚いた。あなたを初めて見た時……そう言った類の悪意が全く見えなかったものですから。まるで、自分には悲劇など何も起こっていないように振る舞う姿は、少なくとも僕の目には奇妙に写りました」


足音が止まり、私たちは立ち止まる。


「……その思いは、あなたの素顔を見たことで深まっています。ボス、どうか聞かせてくれませんか」


クレオが再度私に振り向いた。


「あなたは何故、他者を蹂躙する怪物と化していないんですか。いったい何が……あなたを“人間”に押し留めているんですか」

『……私が人間に見える?』

「えぇ。不気味なほどです。その年齢で、環境で、力で……何故増長せずに、暴走せずに……人間として暮らしていられるのか、僕には理解できません」

『意外と増長はしてるけどね』


そのせいで一回殺されかけたりしたし。


……でも、そうか。なんで私は人を恨んだりしていないのか、ってことね。


『……そうだなぁ』


この世界が好きだから??


いや、その答えは多分もう違うな。


いくら好きな作品、好きな世界、好きな人たちのいる世界だからって……こうも酷い目に遭い続ければ、やっぱり嫌になってきちゃうもので。


別に嫌いな人がいないわけじゃない。ただ、やっぱり私は……。


『私はさ、生きたいんだよね』

「……生きたい、ですか」

『そうそう』


私はうんうんと頷いた。


『色々と大変なことはあったし、辛いこともあったし、なんでこんな理不尽な目にばっか遭うのかなって思うことも多いけどさ』


考えてみれば言葉はすらすらと出てくる。


『この世界で生きるのはさ、楽しいよ』


生きる、というのは……単に命があるというだけの話じゃなくて。


生きていて楽しいことがあるとか、人生が豊かであるとか……そういうことで。


私はこの世界で生きていて楽しいんだ。


だから別に誰も憎くはないし、復讐なんて考えない。


「……そうですか」


その答えに納得したのかしていないのか、クレオは背を向けた。


「……やはり、あなたは」


彼は。


「分かり合えない」


僅かに手元を動かした。


瞬間、落ちる照明。


暗くなる室内。


ゴゥン、という大きな音が響く。



……聖竜教内部には、転移罠というのが多く仕掛けられている。


これは踏むと、ランダムな遠地にワープするものだ。


カズミちゃんとの戦いで私が入った一室などもこの転移罠の発動対象。だからいきなり砂漠にワープしたりしたわけだ。


さて。


『……ここは』


クレオは恐らく、その転移罠を発動させて私をどこかへ飛ばしたらしい。


……信用されてないのはわかってたけど、こんな堂々と裏切られるとは予想外だ。


周りを見渡すと、壁面には露出している岩肌や、地面に僅かに残る石畳などが見て取れる。


廃墟だろうか。


あるいは……。


『……ん』


私は周囲を“風”で索敵すると。


人一人分の体温を感じ取ったら。


ただしそれはかなり温度が低いというか……かなり衰弱しているらしい。


『……遭難者かな』


私はその風が流れてくる方向へと歩いて向かう。


そして。


『……』

「……あれ、誰だろう」


壁にもたれかかって、力無く笑う一人の男がそこにいた。


「ごめんね……目が霞んでさ。よく見えないんだ」


その男は。


「もう少しだけ……寝かせてもらえないかな」


ボロボロの布切れ同然の囚人服を身に纏い、骨と皮だけとなって、痩せ細った。


……レイヴリーだった。

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