第66話 こういうのでいい

『ねぇカズミちゃん』

「あ? んだよ」

『女の子の気持ちって、わかる?』

「……はぁ?」


元女の私が、まさかこんなことを相談することになろうとは。


しかし本当に、私にはどうしようもない事態だ。


「何の話だよいきなり……」

『例えば、だよ。例えば……ある男がいたとして、男には好きな子がいて、でもその子には振り向いてもらえないんだけど』

「おう」

『別の女の子とはいい感じになってて、その子とはキスしたりしちゃったの。どう思う?』

「ただのクズだろ」


私は机に突っ伏した。


「そんなん、そいつの意思が弱いってだけの話じゃねぇか。惚れたやつが居るなら殴ってでも他の女と近づいたりすんじゃねぇよ」

『おっしゃる通りです……』


私は消え入りそうな声で項垂れた。


そりゃそうだよな……私だって、第三者目線で今の自分見たら「こいつマジか」ってなるもん……。


ちなみに私の言う“好きな子”とは最推しである殿下のことだけど、殿下と恋仲になるってのもなんか違うんだよなー。


隣に立ちたいんじゃなく、足場として使って欲しいというか。踏まれたいというか。


まぁ誰に対してもそうなんだけどね。


私の「好き」は“LOVE”でもあり、“LIKE”でもあり、“SLAVE”でもあるのだ。


要するに何が言いたいかといえば。


……怖いんだよね。あの二人が。


『はぁ……』

「ってか、それどうせお前の話だろ。何やってんだよお前」

『ホントにね……』


カズミちゃんは、未だ教団施設内の医務室で休んでいた。


私は昨晩の修羅場をなんとか潜り抜けた後に、カズミちゃんの元まで足を運んだのだった。


その理由は、クロネとフロナとの関係を整理するためだ。


……私は二人のことが確かに好きだった。いや、今でも好きだ。


だけど正直、今の二人の気持ちは……私にはよくわからないというのが本音だ。


だって、私みたいな奴のどこがいいんだかまるでわからんのだもん。


顔か? まぁ確かに顔は贔屓目に見てそこそこ良いと言える部類かもしれない。だけど私以外にもイケメンの生徒なんていくらでもいる。


だけどクロネとフロナ、二人くらいの美少女だったらきっとイケメンの男子生徒なんて引く手数多のはずだ。


その中でわざわざ私を選ぶ理由ってあるかな。


……まぁフロナちゃんは性格上、異性が苦手って話だったけど。


それでもやっぱり、二人があんなに私に執着する意味がわからない。


……今になって初めて気づいたけど。


私ってもしかしたら、自分のこと好きって言われると逆に冷めちゃうタイプなのかもなぁ……。


「んで? 話はそんだけかよ。だったらもう寝るぞ。早く出てけよ」

『……カズミちゃんはいつも通りで、かわいいね』

「はぁ!? なんだテメェ気持ち悪ぃ!!死ね!!」


いつも通りに悪態をついてくれるカズミちゃんに、私はむしろほっこりしてしまったよ。


そうそう、こういうのでいいんだよこういうので……。


「……うん? 先客がいるとは珍しいね、カズミ?」

「……クレオ」


しみじみと頷いていると、ドアが開いて一人の青年が部屋に入ってきた。


その青年は右手に花を生けた花瓶を持ち、穏やかな笑みを浮かべていた。


“牧師”クレオ。“大師会”の一員だ。


「……ご無沙汰しています。ボス」

『うん、久しぶりークレオ。元気だった?』

「えぇ……少し、ボスにやられた傷がまだ痛みますが」

『うっ……ごめんて』

「いえいえ、気にしないでください。自業自得なんですから」

「気にしないでくださいだぁ?」


コン、とクレオが花瓶を置くとカズミちゃんが眦を釣り上げた。


「気にすんのは私だっての。ここ病室だぞ? さっさと出てけよ」

「カズミ。君……ボスに襲いかかって返り討ちに遭ったと聞いたよ」

「……あ?」


カズミちゃんの目に剣呑な光が灯った。


「君もまた自業自得だよ。むしろ、まだ命があることを幸運に思うべきだ」

「てめぇ、舐めてんのか」


ピリ……と瞬時に張り詰める空気。


「私が怪我して動けねぇって思ってんのか? あ? 調子乗ってんじゃねぇぞシメジ野郎が……!」

「今の君なら、僕一人で充分制圧可能なのは事実だろう? 無理はしない方がいい」

「殺す」


あーあー。全くもう。


『そこまで』


「……!」

「ッ!?」


私が人差し指を立てる。


すると、今にも殴りかかりそうだったカズミちゃんと、それを懐に忍ばせていたナイフで迎撃しようとしていたクレオの動きが止まった。


「……ッ、ンだこれ! 何やったお前!?」

『君たちの周りの空気を固めたんだよ。あぁ、呼吸は出来るから安心して?』

「ふッざけんな! 離せよ!」

「……」

『私は皆に仲良くして欲しいんだ。だから喧嘩は止めるんだけど……』


私はチラとクレオの細い目を見た。


『最初に煽ったのはクレオだったね。謝るのは君からだ』


喧嘩した時点で二人とも悪い……というのは、学校なんかじゃよくある両成敗。


だけど、普通人に悪態を突かれれば不愉快な気分になるものだ。それに言い返すことが、両者同等の罪とは私は考えない。


最初に悪意を見せた者がより悪い。だから謝罪はクレオが先にするべきだ。


「……すまない」


クレオが目を伏せそう言ったのを見て、私はカズミちゃんに目を向けた。


『彼は謝ったよ。さぁ、カズミちゃんはどうする?』

「……チッ」


カズミちゃんは舌打ちをして、目線を逸らした。


「……かったよ」

『うん。二人とも謝れてえらい』

「……」


私は二人の拘束を解く。


しかし二人に、お互い殴りかかるような素振りはなかった。


『ごめんねカズミちゃん、騒がしくしちゃって。クレオ、一旦出ようか』

「……わかりました」


私は立ち上がり、クレオを伴って部屋から出る。


「……お、おい」

『うん?』


扉を閉め、部屋を出て行こうとする……直前に。カズミちゃんに気まずそうな顔で呼び止められた。


「……ありがと」


カズミちゃんは少し照れ臭そうに頬を掻きながら、私の目を見てそう言った。


『……やっぱりカズミちゃんはかわいいなぁ』

「死ね!!」


大音量により、バタンと扉が勢いよく閉まった。


『怒らせちゃった』

「……」

『ごめんね、カズミちゃんに用があったみたいだけど。追い出されちゃった』


クレオは顔を伏せて黙っていた。


『……』

「……ボス、あなたは」


一瞬の沈黙が流れ、好きなアーティストでも聞こうかと私が画策していると、クレオが顔を上げた。


「どうしてそんなにも強いんでしょうか」


その瞳は真剣そのものだった。


『……私が強い理由かぁ』


人体実験された上に竜を食いまくったからです。とは言いづらいな。それほとんど正体カミングアウトだし。


『たくさん食べたからかな』

「……」


クレオがすごく微妙な顔をした。


ごめんて。


「……カズミは、強かったですよね」

『うん? あぁ……勿論強かったよ」


突然強くなれる理由を聞いてきたと思ったら、どうやら私がカズミちゃんに勝ったことを聞いたらしい。


本人に聞いたのかな。


「……いや、それは嘘です」


何やねん。


「カズミは言ってました。“まるで敵わなかった”、“なんで私はこんなに弱いんだ”って眠れなくなったって」

『……えぇ』


そ、そんなこと言ってたんだ……。


……あとで謝っとこう。


「“あとで謝ろう”とか、考えてますか」

『……え?』


まさに今考えていたことを当てられて、私の思考は停止する。


「ボス。あなたは強い。強いがゆえに……僕たちを対等の存在と見做していない所があると思います」

『……そんなことは……』


……ない、とは言えないな。


だって対等のはずがないだろう。私にとってみんなは……推しキャラなんだから。


雲の上の存在なんだから。


「それほど強いのに……なぜあなたは」


クレオが真正面から、私を見ていた。


「僕たちを、力で支配しようとしないんですか」

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