第65話 修羅場
「……あ、え、えっと、き、奇遇? ですね……こ、こんな所でお会いするなんて……あはは……」
フロナちゃんは、ベージュのキャミソールの上に白のカーディガン。そしてホットパンツといういつもとは違うラフな格好で、ぱたぱたと手のひらを振っていた。
顔はいつも通りを装おうとしているが、頬が引き攣っている。
「……なんでここに?」
私は静かにフロナちゃんに問いかける。
「聞いてたでしょ。生徒は寮室待機だって。見つかったら大変なことになっちゃうよ」
「……それは、ケイさんもですよね」
フロナちゃんは、ぎゅっと服の裾を握りしめて言った。
「……私、ずっと、ずっと……心配してたんですよ……? お部屋を尋ねても全然出てくれないし、姿も見れなかったし、声も聞けなかったし……ずっと……」
……フロナちゃんの目から、涙がこぼれ落ちる。
「一人で……ケイさんに会いたくても……我慢してたのに……」
キッ、とこちらに目を向けたフロナちゃんは。
「ケイさんは、その間……クロネを部屋に入れてたんですね」
そう言って、壊れたような笑顔を浮かべた。
◆
「……」
夜空の下。
私はケイさんと二人きりで、向かい合っていた。
空では竜騎士と竜が戦っていて、とても幻想的な光景。
こんなに素敵なシチュエーションなのに、私は全く喜ぶ気にも、ときめく気にもなれない。
「……否定、しないんですか」
ケイさんは、私が向けた疑惑に対してただ押し黙っていた。
「……確信があるみたいだったからね。クロネが僕の部屋に入る所を見たって感じかな」
返ってきたケイさんの言葉に、私の口から「ひゅ」という音にならない声が漏れる。
……否定してほしかった。
クロネがケイさんの部屋に入って行った。それは事実だ。聞き耳を立てて、中で二人が何か話しているのも聞いていた。
だけど、それでもケイさんが否定してくれたら……二人の関係は不本意なものなんだって安心できた。
嘘をついてくれた方が、よっぽど……。
「……ケイさんは、クロネとどんな関係なんですか……?」
「知り合いだよ、ただの」
「……嘘ですよ」
「本当だよ」
「嘘ばっかりつかないで!!」
私は気づけば。
ケイさんに向かって泣き叫んでいた。
「どうせ……どうせクロネが近づいてきたんでしょう!? 知ってるんです! あの女はいつも、いつもいつもいつも……っ、私の欲しいものばっかり奪うんです!!」
止められない。感情が止まらない。
「横取りして! 嘲笑って! ……いつもそうやって、私の邪魔ばっかりして!! もうウンザリなんですよ!!」
「……フロナちゃん」
「いいですよね……っ。クロネは可愛いし? 甘えるのも上手だし? 頭もいいし? ……む、胸も大きいですし……。そりゃ、私より断然……クロネの方が……いいんでしょうけど……」
何言ってるんだろう、私。
「私の方が……先に好きになったのに……!」
あぁ、ダメだ。
感情がグチャグチャだ。
「……」
ケイさんはそんな私を、黙って見つめていた。
……急にハッとして、正気に戻る。
「ご、ごめんなさいっ。いきなりこんな言われても仕方ないですよね!? あ、あはは……何言ってんだ私……う、嘘! 嘘ですから! 気にしないでください! 全然……そんな……い、言い間違えただけですから!」
そう、そうだ。私はそんなことを言いにきたんじゃない。
「く、クロネは……ちょっと、かなり……相当、性格悪いところもありますけど……でも、お二人ならお似合いだと思いますし……うん、大丈夫ですっ。ケイさんの判断は間違って……」
「フロナちゃん」
私は取り繕って、言い訳みたいな……実際言い訳でしかない言葉を並べて。
「ごめんね」
「……ぁ」
ケイさんに、抱きしめられていた。
「ごめん、気づいてあげられなくて」
「……」
背中まで回って、私を抱きしめる力強い腕。
……あ。これ。
もう、無理かも。
「……諦めようと思ってたんです」
「……うん」
「おめでとうございます、って言いに……来たんです……」
頭をケイさんに胸に埋めながら、私の心の中に閉じ込めた言葉が、溢れ出ていく。
「でも……私、ダメなのに。諦めきれなくて……!」
「さっきも言ったけど、私とクロネは何もないよ」
「……え?」
私はその言葉を聞いて、ケイさんを見上げた。
「ほ、本当……ですか?」
「うん」
「……あんな深夜に二人で部屋にいたら……その……せ、せ……! ……えっちなこと、とか」
「キスはしたね」
「してるじゃないですかああああ!!」
私はキレた。
「なんっ……! 何が“何もない”んですか!?」
「でも僕はクロネにハッキリ言ったよ。恋人にはなれない、って」
「え……そ、そうなんですか?」
「うん」
「……どうして?」
そう聞くと、ケイさんは少し困った顔をした。
「僕に、彼女を恋人にする権利がないからだよ」
そう言ったケイさんの顔はどこか寂しそうで。
「……」
私は。
「……んっ」
「ん……!?」
あれ。
なんで、私。
キス……?
「んむっ、ん、ちゅ、ん……」
……もう、どうでもいいや。
気持ちいいから。
「んっ、む……」
「んっ……ぷはっ」
……。
キスって、こんな味なんだ。
思ったよりも人の匂いがして、生々しくて、甘い感じはなくて、唇に変な感触が残ってる。
でも、気持ちいい。
「ケイさん」
私はケイさんの胸に顔を埋めながら、聞いた。
「“透明な男”って、ケイさんのことですよね」
「……」
どうでもいい質問だ。
あの時……あの透明人間と戦った時、最後に私が感じた“既視感”の正体。その答え合わせの意味しかない質問。
私にとってはケイさんがなんと答えようと関係のない質問。
だったはずなのに……。
「……そうだよ」
その答えを聞いた瞬間。
……私は、悪魔みたいな笑顔を浮かべずにいられなかった。
「それ……クロネは知ってますか?」
「知らないかな。多分」
……あぁ、私って、こんなに性格悪かったんだ。
「……じゃあ、言いふらされたら、困りますよね?」
そう言うと、ケイさんが僅かにたじろいだ。
心の奥から、グツグツと、溶岩のように湧き上がる黒い衝動。
いつもは抑えられているはずのその感情が……。
「だったら、わかりますよね……?」
独占欲が、抑えられない。
「私のこと、蔑ろにしちゃ、ダメですよ……?」
……なんて醜いんだろう。
ケイさんはきっと、私のことを傷付けることができない。そういう優しい人だって知ってるから。
例えその正体がとんでもないことに力を持った怪物だって、心は人間だって知ってるから。
「……わかった」
“支配できる”って思ってしまった。
私のものにできる、って。
◆
……どうしよう。
ほんの数時間前まで、こんなことになるなんて考えもしなかった。
「……」
「……」
私の目の前に座るのは二人の女の子だ。
妖艶な雰囲気を纏った、黒い少女と。
妖精のようにかわいらしい、白い少女と。
縮こまって座る私。
「……いきなり出て行って、どんな顔をして戻ってくるのかと思ったら」
黒い少女が足を組み替え、首を傾げながら私の目を見つめている。
「もう別の女を連れ込むなんて……少し気が早すぎるんじゃない?」
「別の女、って……もうすでに本命がいるみたいな言い方ね、クロネ」
白い少女は、その語気を強めて鋭い視線を向けている。
「……フロナ、まさかあなたが私に、そんな目を向けるなんて思わなかったわ」
対する黒い少女は、いっそその表情に余裕の笑みすら浮かべている。
……ねぇ、ハルちゃん。
私……どっちと付き合うとか、一言も言ってない気がするんだけど……。
《……ポジティブ》
……本当に。
なんでこんなことになったんだ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます