第64話 私は壊れた
そもそも学生は、消灯時間を過ぎたら一切の外出は禁じられている。
定期的に寮内は教員が見回りをして、部屋の中から会話が聞こえたり、物音がしたり、そういうことがあればわりとガチめにキレられちゃうのだ。
特に今の厳戒体制では、夜中に騒いだりするのは普通にシャレにならない。退学処分も充分検討される事案だ。
男子寮、女子寮、そして見習い生徒が入るボロい一般寮とで生徒達は分たれている。
通常一般寮はルームシェアをするものなんだけど、私の部屋は同居者が入学して早々退学になったので私はこの部屋を一人で使えている。
そうやって部屋の人数が減ったり、あるいは空室になることはよくある。
竜騎士を志して士官学校に入ったのに、入試の結果次第でその芽を摘まれてまうんだから、やる気をなくして故郷に帰ってしまう生徒はそれなりに多い。
待遇の割に学費も払わなきゃいけないし。
……。
もしかしてこの学園普通にクソか??
いやいや、そんなはずがないだろう。私がどれだけこの環境に憧れたか……。
……。
いやでも思えば私が好きなのはこの世界の人達であって、世界そのものはむしろ絶対転生とかしたくないタイプの部類じゃないか? そもそも竜が定期的に空から降りてきて襲ってくるとか嫌すぎるし。そもそも日本に比べちゃそりゃ生活のあらゆる点は劣ってるとしか言いようが……。
うん。
この世界クソだわ!!
……という出したくなかった結論も出たところで。
こんな状況の中でどうやってクロネは私の部屋に入り込んだのか?
鍵は前にも言った通り共用だ。自分の部屋の鍵がそのまま他人の部屋の鍵にもぶっ刺せるリーズナブルな仕様です。防犯としては死んでるけど。
しかし、騎士寮のそれに比べれば頻度は少ないとはいえ、この一般寮でも通路は騎士が徘徊してるし、見つかれば連れ戻される。
それに消灯時間になってから、教員はドアの覗き窓から中を確認できるので、それでもし室内に全員いなければすぐにバレるわけだ。
答えはきっと単純で、ルームメイトに協力してもらったんだろう。
ベッドに詰め物をするなりして偽装するのは簡単だし、それを証言されなければ疑われることはない。
正直、本音としては守りたいのは騎士クラスの生徒で、見習い生徒はそんなに重要視されてないんだろう。
そして、だからこそクロネが監視の目を潜り抜けて私の部屋に来れる。
……警備がガバガバなのは良いんだか悪いんだか。まぁ、直近二つの事件はどっちも騎士クラスが狙われてるから、そうなるのも無理ないけどね。
何が言いたいのかと言えば。
「……よっと」
私なら簡単に外に出れますよってことだ。
空を見上げ、視線を遥か彼方に合わせる。
……よく見えないな。ハルちゃん空に竜いる?
《ポジティブ。数体の生体反応を完治しました。視界情報に共有します》
……あ、本当だ。いる。
なんか赤く光って見えやすくなったよ。ちっこいのが3体。
もうすでに竜騎士が出てるね。
《ポジティブ。迎撃は容易と思われます》
そっかそっか。私出てくる暇なかったなー。
ねぇハルちゃん。
《はい》
クロネが私に“種”盛ったこと。
黙ってたよね。
《……》
私とクロネが話している最中、ハルちゃんはずっと喋らなかった。
まっ、それは別にいい。私も三人以上になると何も話さなくなるタイプのコミュ障だからね。
ハルちゃんがそうであったところで肩組んで陰キャ同盟を結成するだけだ。
だけど……昨晩、クロネと部屋にいる時に私が寝入っちゃった時の話。
あの時ハルちゃんはこう言った。
私が寝てる時はハルちゃんも寝てる、って。
《……ポジティブ》
だけどそれはよく考えたらおかしい。
だってその前の晩に、ハルちゃんは私が寝ていた間の思考を読み取っていたって言ってたんだから。
ハルちゃんは寝ている間のことを把握していたはずなんだ。
だとしたら当然……その間に私に植え付けられていた“種”のことも、わかっていたはず。
そうだよね。
《……ポジティブ》
否定しないんだ。
《私は同志様に、虚偽の情報を伝えることができません》
そうなんだ。嘘がつけないってことね。
でも情報を隠すことはできるわけだ。
《……》
……あー。
いやね、ハルちゃん。怒ってるわけじゃなくて……。
いや、怒ってもいるっちゃいるんだけど……。
《……ポジティブ。いかなる処罰であろうと、甘んじて受け入れます》
あー、いやー。
うーん……。
……次から気をつけてね?
《……ポジティブ》
う、うん。
……いや気まず!!
なんか、前世でバイトしてた時を思い出すなぁ。
新しく入ってきた子がミスするたびにすごく申し訳なさそうにするのよね。こっちも居た堪れなくなっちゃうっていうか。なんか怒る気にもなれなくて、やんわり宥めることしかできないっていう。
二週間ぐらいで辞めちゃってたけど、あの子元気かなぁ。
《……申し訳ありません。同志様の記憶にのみ存在する方との交信は……》
いや大丈夫だよ!?
無理しないで良いから!!
ハルちゃんは充分良くやってくれてるからね!!
《……》
……。
戻ろっか。
《……同志様》
な、何!?
《なぜ同志様は……私を罰しないのでしょうか》
……え〜?
……逆に、罰するって何をすれば良いの?
《思考体が同志様の意に反する行動を取った場合、記録消去や初期化処理が一般的な対応です》
記録消去、初期化……。
記憶を消しちゃうってこと?
《ポジティブ。思考体“ハル”が保有している、全ての情報と同志様との会話記録が消失します》
そんなこと出来るんだ。
……。
ハルちゃんはさ、私の前は紅玉の竜の中にいたんだよね。
《ポジティブ。私に与えられた役目は、紅玉の竜……個体名“レッドドラゴン”の思考補佐、及び動作補助でした》
その頃のことも、その記録消去ってのをやっちゃえば消えちゃうのかな。
《ポジティブ。しかし、同志様がそのご心配をなさる必要はありません》
……なんで?
《同志様と出会う以前の私は、ただ決められた手順を反芻するだけの単純な存在でした。ですが……同志様と出会ってことで、私は……》
……出会ってから?
《……自我と呼べるものを獲得いたしました。それ以前は、私に人格と呼べるものは備わっていなかったのです》
……。
《個体名“クロネ”の干渉を、意図的に報告しなかったこと……それは以前までの私であれば、あり得ない判断でした。明らかな反逆行為であると、理解しています》
……そうなんだ。
《……同志様。私の……思考体“ハル”の初期化を推奨いたします。この状態のままですと、同志様の身に危険が及ぶ可能性があります》
ハルちゃん、それは……。
《私は、壊れてしまったようです》
……。
正直、ハルちゃんの存在は謎だらけだ。
言うまでもなく、ハルちゃんは原作にはいなかった存在だし、この世界の世界観にそぐわない……“異質”な存在だ。
ハルちゃん自身も、自分がなぜ存在しているのかはわからないのだと言う。
色々と私のためにやってくれてるから、とりあえず敵ではないということでなんとなく共同生活していたけど。
私の体を乗っ取ったり、危険を言わなかったり……そういう態度を見せられると、初期化という案も現実味を帯びてきてしまう。
……だけど私としては、ハルちゃんを信じたい気持ちもあって。
どうすれば……。
「……ケイさん」
と、私が考え込んでいると、不意に声がかけられた。
「……フロナちゃん?」
そこに立っていたのは。
とても……見たこともないほど、とても厳しい表情をしたフロナちゃんだった。
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