第62話 本当に

「……」


ベッドの上で横たわるクロネが、ぷいとそっぽを向いていた。


「ごめんなさい」

「……」


私はそんなクロネに謝り通しで、病み上がり(?)の彼女に頭を下げていた。


いや普通に考えてヤバいからね私のやったこと。いきなりキスして噛み付くとか、セクハラどころか犯罪だし。

昭和のセクハラ親父ですらやったとして尻を撫でるくらいのもんだろう。私は今、セクハラ親父を超えた化け物になってしまったんだよね。


一応、先に手を出してきたのは向こうだという言い訳はあるにしても。


やはり私は、クロネの大切なものを奪ってしまった感が拭えない。


……ちなみにクロネ嬢ではなくクロネと呼んでいる理由だが、今の私には彼女を“お嬢”扱いする資格がないからそういう風な呼び名へ変えております。本当はさんとか様付けの方がいいのかもしれない。


しかし敬称というのは相手を敬っているからこそするもの。敬ってる相手にキスして口の中ベロベロ舐め回して腰触って首筋噛み付いてチューチューするとかないだろう。


「……君に対して僕がやったことの重大さは理解してるつもりだ」

「……」

「もう二度と君には近づかない。それで許してもらえないかな」


……クロネは過去、故郷の村でクソ神父に性的暴行を加えられていたという非常に重い過去を持っている。

その詳細な内容こそ語られていないが、それこそ変態王国である日本出身でもドン引きするような……そういう凄惨なものだったのだと言う。


私はなんとかしてクロネとフロナのいる村を探し出して、その神父を八つ裂きにしてやりたかったのだが。


この世界、小さな村などは星の数ほど存在する。


だから私がクロネに出来たことは……間接的な、ほんの“僅かな干渉”のみだった。


……原作のクロネは、今よりももっと深い疑心暗鬼と憎悪に囚われていた。それこそ、人のことなんか一切信用しないというくらいに。


それでも男性に対する恐怖心というのは、きっと根強く残っているものだ。


そんな子に対して、それしか方法がなかったとはいえ無理やりキスをするというのは、ナイフを舐めまわすような殺人鬼キャラでも「俺でもそこまではやらんわ」と引かれる案件だ。


だからそのけじめとして、私は二度とクロネに近づいてはいけないんだ。


「……ない」

「……うん?」

「全然、わかってない」


クロネをベッドの上に寝かせて数十分。


もう私はこの部屋を出て行った方がいいんじゃないかというくらいの気まずい沈黙が流れた後で……クロネが口が開いた。


「あぁ、それで足りなければ……学園も出ていくよ。君の前には姿を見せないようにする」

「……」


学園を退学。


まぁ正直、私にとっては痛手以外の何物でもないが。


どの道私は顔が割れた。また通常授業が始まったら、私は顔を変えて別人として生きていくつもりだった。


ケイという人間は、死んだことにして。


だから彼女の前に二度と現れないというのは、今回のことがなくてもそうなる予定だった。


どの道、あと少しの短い付き合いだったのだ。それが少し早まったというだけ。


「やっぱり、わかってないわ」


私はそういう覚悟で言ったつもりだった。その、誠意と呼べるかもわからないただの自己満足が少しでも伝わってくれたのか。背を向けていたクロネがこちらを向いた。


彼女の目は、赤く腫れ上がって潤んでいた。


……なんだろう。そういう場合じゃないのはわかってるんだけど。


なんかいけないものを見ている感じがする!!


「ねぇケイ、あなたの髪は……白いの?」

「? ……うん、そうだよ」


一瞬、彼女の言うことがわからず首を傾げる。


だがその直後、その“意味”がわかって私は驚愕した。


「……私ね、“色”がわからなかったの」

「……」

「医者には、心的要因によるものって言われたわ。極度のストレスと、ショックによるものだって」


……知っている。


私はそれを止めようとしたんだ。だけど、私一人で出来ることにはあまりにも限度があって……。


……あぁ、私は。


弱いな。


「でも今はわかる。あなたの顔も……前よりよく見えるわ」

「……そっか」


私はなんだか。


「……え、泣いてるの?」


泣いてしまった。


「……ごめん。ちょっとね」

「……変な人ね。なんでそんな嬉しそうな顔をしてるの?」

「そりゃ、嬉しいよ」


……クロネが、色のついた世界を取り戻したことは、原作ではついぞ無かった。


“竜角散”のシナリオライターはそうした理由について“どうしても治しようがないことで生まれるドラマを作りたかった”とインタビューで語っていた。


だからこそクロネというキャラクターは魅力的になった。それはわかる。


だけど私は……やっぱり、幸せになった彼女を、妄想だとしても見たかったから。


そうなったクロネを目の前で見れたから、私は。


「……本当に、良かった……」

「……」


あぁ、なんだろうな。


……この感情を言葉でどう表せばいいかわからない。


いつもは、“うるさい”って言われるくらい思ったこと全部口に出しちゃうものなんだけど。


言葉にできない感情ってのも、あるんだなぁ。


「……もう」


そうして私が情けなく泣いていると、クロネが指を伸ばして私の目を優しく拭った。


「あなたに泣かれたら、私の立つ瀬がないわ」


クロネがベッドから立ち上がる。


そうして……。


「──」


私を抱きしめた。


「ありがとう」


強く、抱きしめられる。


「こんな私を、助けてくれて」


クロネが耳元で……前のように。


だけど前より優しく、染み渡るような声で。


「私のために泣いてくれて」


強く、強く。


「私を……愛してくれて」


強く。


「本当に、ありがとう」



「……」

「……」


私とクロネはそのままの状態で数分経って。私も泣き止んで。


……どうしよう、この状況。


私の顔にクロネの“豊かさ”が押し付けられてる状況だった。


下手に動くと、ビンタされるんじゃなかろうか。


「ねぇ、あなた……さっき二度と私の前に姿を見せないって言ったけど」


どう動けばいいのかわからないでいると。


クロネ嬢が少しだけ体を密着状態から離した。


「忘れたのかしら」


だが、その直後。


顎に指が添えられ、グイと上を向かされる。


「んっ……」


そうして私は。


再びクロネとキスをした。


今度は私が逃げられないキスだ。


「んっ、んむっ、ん、ちゅ」


キスの雨が降り注ぐ。


同時に指と腰が、ぐりぐりと同時に動き、私の敏感な部位を刺激し始める。


「……私たち、“恋人”でしょう?」


唇を離すと……私とクロネの間に銀の橋が架かる。


彼女の顔は、月明かりのみの部屋でもわかるほどに紅潮していて。


「私ね、もう綺麗な体じゃないけど……んっ」


目が離せないほど、まるで男を知り尽くしている歴戦の娼婦のような……艶やかな笑み浮かべていた。


「どうすれば男が悦ぶのかは、よく知ってるの」


そう言って彼女は……服を脱いだ。


「この前は、あなたの首にキスして終わりだったわ。時間が無かったから……」


パサリ、と服が地面に落ち……彼女の上半身は下着のみとなる。


「でも今日は、まだ夜も浅い」


クロネが髪をかき上げ、玉のような汗が浮かんだうなじが露わになる。


「言ったわよね? 親がどれだけ売女でも、子供には関係ない、って」


こつん、と私とクロネの額が触れ合った。


「本当か……確かめさせて?」


すぐ近くに、とろんと蕩けたクロネの目があった。


また、私とクロネの唇が触れ合う──。


『──緊急警報!緊急警報! 上空に多数の”竜“が接近しています! 直ちに竜騎士は戦闘態勢を──』

「……」

「……もうっ」


クロネは頬を膨らませて、顔を離した。


「……もう少しだったのに」

『繰り返します。直ちに──』


……なんか。


ごめんね……。

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