第54話 どこまでも現実
士官学校の地下には、広大な空間が広がっている。
古くは坑道として使われていた地下空間には今、聖竜教の本拠点が深く根ざしているのだけど……これは表には知られていない情報だ。
しかしそれとは別に、地表に程近い場所に建てられたこの施設……“ホーンブレイブ地下監獄”の存在は特に秘匿されていない。
とは言っても入場には厳しく制限がかけられているし、この厳戒態勢だ。全ての通路には常に監視の目がある。下位騎士まで動員されて、まさに死角無し。
鼠一匹通さないなんて表現はよくあるが、本当に鼠が立てた物音でも聞き逃さないくらいに徹底されているのは中々見ない。
こんな場所に侵入しようとする愚か者なんているわけがないだろう……。
「よいしょ、っと」
ただし透明になれて超高速移動ができて内部構造を把握している侵入者は例外とする。
……いや、まぁ流石の私も中に入ることは容易じゃないんだけどね。
“竜角散”は脱獄シュミレーションゲームじゃないし。舞台設定として地下監獄は存在してるけど、細かいセキュリティのことまでは書かれてない。
強いて言えば、対抗戦でも用いられた“映像記録型”の竜器……平たく言えば監視カメラが導入されているということくらいだ。
一台につきウン百万Gという値段が張る代物だから、それほど数を配備することはできないけど。
あっ、ちなみにGってのはこの世界の通貨単位ね。大体日本円と価値は同じ。しかも世界共通貨幣なので遠出しても為替やらなんやらで面倒くさいことになることもない。
それもこれも、ホーンブレイブ竜騎士団が実質的に各国を統括する世界政府のような組織として君臨してくれてるお陰だ。
まぁ、そのせいでめちゃくちゃ弊害が出てるんだけどね……。
騎士団の腐敗……というのを話に知ってはいたけど、仮にも聖竜教のトップとして活動するようになってからその実情を知るにつれて、どんどん私の顔は真顔になっていった。
不祥事の隠蔽、各国要人との黒い繋がり、違法な取引に、私が体験したような非人道的実験の記録……どれも公になればそれだけで竜騎士団は即解散。責任者の大多数は重罪に問われることだろう。
不正の蔓延。犯罪の温床……正直この世界の本当の悪は竜なんかじゃなく人間なんじゃないかと思わずにいられない。
それもこれも、竜という災害とそれに対抗する竜騎士の名声が高まり過ぎたがゆえの弊害。
ゲームでは細かく描写されることはなかった現実が、重くのしかかる。
正直、私は竜騎士団を正義の組織だと信じて疑わなかったのだが、実情を知った今となってはそれも難しい。
幸い、腐敗しているのは騎士団上層部……“元老院”と呼ばれる政治家たちで、現場で動いている竜騎士達はこの事実を知らない人も多い。だから丸っ切り竜騎士を悪と断ずることもできないんだよね。
意外だったのは、あのレイヴリーが元老院に対してかなり反対的な態度を取る革新派だったこと。
隠蔽工作の有力な証拠や違法取引のリストなど、かなり事細かく調べ上げて、それを犯罪捜査局……竜騎士内の犯罪を取り締まる組織に提出していたらしい。
だけどそれを捜査局の局員が握り潰した。
これ猛抗議したレイヴリーは、元老院との秘密会合を挟んだ後。
対抗戦での暗躍に繋がり、私に負けて連行されたわけだ。
……どうやら彼にも何か考えがあったらしい。
だけど、レイヴリーが収監されたことで得をしたのは元老院で、彼らはまだ権力の座に居座っている。
これが何を意味するのか、私にはよくわからない。
一つわかることは、私がどれだけ強くたって……。
例え、この腐敗の原因になっている人間を全員容易に消すことができるからと言って。
それで問題が全部解決するなんてことはありえないってことだけだ。
「……はぁ」
……気が重いなぁ。
もっとこう、ゲームの世界なんだから楽しいことだけ考えていたいんだけど。
残念ながらこの世界はどこまでも現実だ。
しかし、それらは私が考えたところでどうにかなる問題じゃない。そもそも私は竜騎士じゃないし。というかそれに追われる立場だし。
私が出来ることと言えば、将来竜騎士になるであろうノアたそ達を無事に卒業させて竜騎士になってもらい、将来的に組織の膿を洗い出してくれることを願うだけ。つまり今までとやることはさして変わらない。
そして今までと同じように私が活動するには、聖竜教のメンバーの一人。
“隠匿師”ことソフィアちゃんの存在が重要だった。
彼女の能力は“竜ノ皮“という固有スキル。手で触れたことがある相手の肉体情報を読み取り、“皮”を生成することができる。
生み出された皮は被ることで背丈、声、仕草まで完全に模倣する。ただ透明になれるだけの私より、偽装能力という点では遥かに格上だ。
……私は殿下に顔が割れてしまった。
閉鎖状態が解かれるまでに、ソフィアちゃんを何とかして連れ出して仲間に引き込まないと私は学園内を歩き回ることができない。
幸い、まだ殿下は私のことを周囲に話していないのか似顔絵が手配書として出回るような事態にはなっていないが、それも時間の問題かもしれない。
皮をかぶって別人になりすます。それが唯一私に残された生き残る道だ。
……しかし、やっぱり監獄の警備は一筋縄じゃいかないな。
何か突破口が開ければと思ったけど、現状じゃそれも難しい。今日は現場の様子を見れただけでも御の字ということにして引き返そう。
◆
「……ふぅ」
自室に戻り、椅子に深く腰掛ける。
……予想はしてたけど、やっぱりかなり厳重な警備だったなー。外から見ただけでわかるんだから、中はものすごいんだろうな。
《ポジティブ。詳細な資料がないため断言はできませんが、感知した熱反応と監獄の規模から推察し、刑務官は500人前後存在すると考えられます》
多すぎでしょ。暇かよ。
うーん、潜入が無理そうなら最悪竜になって暴れるか……? いや、でもそうしたら学園生活の存続事態が危ういって話だ。
それにソフィアちゃんを脱走させたのがバレるのもマズい。ほとぼりが冷めるまでは派手に動けない。
どうしようかなぁ……。
コン、コン。
「うん……?」
ノック音。
こんな時間に誰が…….って、あ!!
やべ!!
私は慌てて立ち上がり、扉の前に立った。
「……クロネか?」
「えぇ。入ってもいい?」
も、もうそんな時間か……。
私は扉を開けた。
「……ふふっ、こんばんは」
そこに立っていたのは、にっこりと微笑むクロネ嬢。
……昨日ほどの際どい服装ではないけど、薄手の黒いワンピースの上に、ベージュのカーディガンを羽織っている。後ろ髪はバレッタでまとめ上げられ、露出したうなじは雪のように白い。
昨日に比べ、目元の印象がはっきりしているのと、唇に瑞々しさを感じる。目立たない程度にうっすらと化粧をしているらしい。
そして扉を開けた瞬間に僅かに漂う甘い匂いは、香水の香り。
綺麗だ。
素直に、心の底からそう思う。
……あと。
(なんか妙にエロい!!)
クロネ嬢が元々大人っぽい顔立ちなのと、今日の装いから醸し出される“若妻”感がどうしようもなく色っぽく感じられてしまう。
いやまぁ、昨日あんなことがあった後に色っぽく感じるも何もないのだが……少なくとも10代の少女が出していい色気じゃない。
「入って」
「お邪魔するわね」
こうやって部屋に入れるために目の前を通った瞬間にも良い匂いするし。
なんでこんないけないことをしてるような気分になるんだろう。
私は、すでに若干の疲労感を感じながら扉を閉め……。
視界が塞がれた。
「ふふ、よく考えれば、入ってくる時に言う言葉を間違えちゃったわ」
瞼の上にひんやりとした肌が乗せられたまま、私の右耳に熱のこもった吐息が吹きかけられた。
「ただいま。ダーリン♡」
……私はもうダメかもしれんね。
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