第51話 そういう気分じゃない
『いやー、ごめんね』
私は改めて円卓に座り直した。
「……ふんっ」
「いたぁ〜い……」
「……」
「うっ、まだ頭が……」
私の周囲の席に座るのは、とりあえずの応急処置を済ませた“大師会”のメンバーだ。
それほど重傷じゃない。あんまり大きな怪我されても困るから、ある程度は手を抜いてたからね。
だけど、私の新しい技……空気を固めて擬似的な拳として打ち出す“空手”は、想像以上の威力だった。
もともと私が持っていた大気の流れを操作する能力と、新たに備わった熱を操る能力。
大気と熱、両方とも自由に操作できるとなれば戦い方の幅は格段に広がる。
私はどうやら想像以上に強くなっているようだ。
けどさっきの技に関しては、特にそういうことも意識しなかった。今までの私が出来ることの延長線だ。だからあそこまで威力が出るとは驚きだったけど。
《ポジティブ。私が“熱操作”によるアシストを行い、威力を底上げしました》
あ、マジ? やるねハルちゃん。
頼んでもいないのに仕事ができるなんて、おじさんは優秀な部下が持てて嬉しいよ。
《ポジティブ》
なんか顔は見えないけどハルちゃんがドヤ顔してる気がする。
可愛いネ……はむはむしちゃおうカナ??
ナンチャッテ ^_−☆
《やめてください》
口調が崩れるほど嫌??
セクハラおやじエミュはこれくらいにしておいた方が良さそうだ。
「……申し訳ありません。軽い模擬戦のような形式になるものだとばかり」
『いいよいいよ、気にしないで。特に怪我してないし』
「チッ、うぜぇ」
「本当に強いのねぇ、ボスって」
「そうだね。まさかここまでとは」
「……」
セテンハイムのおっさんはこうなることを事前に知ってたらしい。
それを言わなかったのは、私への復讐……ではなく、単に急なことだったのと、私が万が一にも負けると思ってなかったってとこかな。
実際、私も穏便な話し合いで終わるとは思ってなかったからね。
「“大師会”よ。改めて紹介しよう。この方が私に代わり、今後“聖竜教”を率いていくお方だ」
『よろしくねー』
私は黒い手袋を嵌めた右手をヒラヒラと振った。
ちなみにこの格好だが、対抗戦の前にすでに用意していた衣装だ。人前に出る時にずっと透明人間でいるのもなんだかなぁと思って。
かと言って素顔を晒すわけにもいかない……ということでこの白ローブ姿だ。
ちょっと特殊な仕掛けを施していて、絶対に脱げないし、絶対にフードの中の顔が見れないようになってる。このローブ自体が一つの“竜器”ってわけ。
なんて言えばいいのかな。このローブは実際に着ているわけじゃなくて、“白ローブを着た男”というイメージを直接頭の中に送り込んでいるのだ。
私が首から下げる小さなネックレスに僅かな“竜脈”を注げば、それで起動する。
だからツノとかも隠す必要がない。地味にあれ激しい動きとかすると透明化が剥がれそうになったりして面倒なのでとても助かります。
《ネガティブ。平時でも同志様の変装は私が完璧にサポートします。心配は無用です》
よーしよしよしよしよし。
いっぱい撫でてあげようねぇ。
《……》
というわけで、このローブ姿が聖竜教のボスをやってる時の私の正装となる予定だ。
「はいはいはい!! ボスにしつもんしつもーん!」
『はい、どうぞマドカちゃん』
早速“歩く性癖詰め合わせセット”ことマドカちゃんがぴょんぴょんと元気よく跳ねながら挙手したので私が続きを促す。
なんでも聞くがいいよ。
「……え? なんで私の名前知ってるの?」
やべっ!!
『部下のことを把握しておくのは当然だよ』
「えー! すごいすごーい!! 私なんて全然皆の名前覚えられないのに!」
あぶねー。セーフ。
「……」
と思ったらジョニキがスパイの顔してる!!
やめて! 密かに警戒レベル上げないで!!
“こいつをどうにかしないと殿下が危ない”とか考えてるんでしょ!? 知ってるんだから私!!
んなやつがいたらむしろ私がボコすからやめて!!
「ボスはさ! ボスはさぁ! なんで“ここ”に来たの!?」
『ここって、聖竜教に?』
「うん!」
マドカちゃんがにっこりと笑う。
反論の余地もなく可愛いな。
《ネガティブ》
ステイッ、ステイッッ。
キャラが若干被ってるからって勝手に動いちゃいけませんッッ
「みんなねー。どこにも行けなくてここに来るの」
『……』
マドカちゃんは笑いながら……不気味なほどの笑顔で言う。
「家族とか〜、友達とか〜……そういう人がいなくなっちゃって。それで、寂しくならないためにここに来るんだ〜」
……知っているとも。
ここは社会から排斥された者たちにとっての最後のセーフティネット。
世界が“正義”とするものを受け入れられなかった者たちが集まるのが、この聖竜教なのだ。
今となっては、ただのテロ組織としか見られていないけどね。
「だから、ボスもそうなのかなって。そう思って聞いたの〜」
『……なるほどね』
マドカちゃんは、無垢に見えてまるでそこの見えない深淵のような瞳を私に向けてきていた。
私もまた何かを失ってここに来たのか。そういう質問だ。
「ねぇ? どうなの?」
……どうかな。
私は肉親を亡くした経験はないし、誰か近しい存在がそうなったこともない。
私の家族は今も日本で元気に暮らしているだろうし、そんなに多くない私の学生時代の友人たちも、きっとたくましく生きていることだろう。
だから……マドカというキャラクターが持っている過去に匹敵するような重さが私にあるかと言われれば、その答えは“NO”だ。
だけど。
『そうならないために、私はここに来たんだよ』
これは本当のこと。
「? どういう意味?」
『私は、この場所以外に救いを望めないような人を……これ以上出さないためにここに来たんだ』
私にこの物語のキャラクターと同等レベルの重さなんてあるはずもない。だってただのオタクだし。
けど、君たちを救いたいという思いはこの世界の誰よりも強いという自負がある。
だから私はここに立つ資格があるんだ。
「……へぇ。じゃあ、あなたは救いの神にでもなる気かい? この世の迷える者全てを救う全能の存在に」
『なれるものなら、神にでも何にでもなる気だよ』
「プッ……! アハハハハッ!! マジかよイカれてらぁ!」
クレオ、カズミが私の発言に食ってかかる。
そんなにおかしなことだろうか。私はバッドエンドを迎えた作品のハッピーエンドSSをいくつも書いて投稿しては恥をかいたような人間だ。
傑作と呼ばれるバッドエンドよりは、駄作のハッピーエンドの方が好みだ。
例えそれが、舞台装置としか思えないような神の奇跡であっても。
「……ねぇ、ボスはさ」
そんな私に、マドカちゃんはどこか不安そうな上目遣いで言った。
「私のことも、救ってくれるの?」
『勿論だよ』
「!」
私はその疑問にノータイムで返した。
考えるまでもないことだ。
『マドカちゃんだけじゃないさ。私はここにいる全員にとっての幸福の道を模索する』
「……本気?」
『うん』
……まぁ、最初はそんな壮大なことを考えてたわけじゃないけどさ。
今は本心からそう思ってる。
『そのために……まずは奪われた仲間を取り返さないとね』
「……奪われた仲間、って」
「まさか……」
私は立ち上がり、宣言した。
『今から、竜騎士に囚われた“隠匿師”の奪還計画について説明するよ』
◆
「……ふぅ」
私は自室の前に立つと、透明化を解いてさらに白ローブ姿を解除した。
学園閉鎖状態は監視の目が増えて見つかるリスクも上がるけど、人に合わない口実もできて助かる。今はなるべく誰とも会わずにいたいんだよね。
……とりあえず今日は疲れた。明日に備えてもう寝よう。
私は部屋の扉を開けた。
……?
微かな違和感。
しかし真っ暗な室内は、いつも通りの光景で……。
……気のせいか?
バタム、と扉を閉める。
「──」
と同時にガチャリ。という施錠音。
閉めたのは私じゃない。
だが、その不可解の原因を確認する前に。
───ドサッ。
私はベッドに押し倒された。
「少し、不用心だったみたいね?」
真っ暗な部屋の中。
だが私の竜の目には、“彼女”の顔がはっきりと映し出されていた。
シャツの内側に、ひんやりとした細い指が侵入して私の肌を愛撫する。
「これじゃあ襲われるのも無理ないわ」
侵入者である彼女……。
クロネは、私の体の上に跨って艶やかな笑みを浮かべた。
……すいません。
今、そういう気分じゃないです……。
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