第49話 竜女子のおしごと!

「……」


“聖竜教”本部。


「まずいことになったな……」


教団の実務を取り仕切るセテンハイムは、“上”で起こった事件の影響力の大きさを実感して歯噛みした。

“隠匿師”は連行され、さらに竜騎士団のナンバー2……団長不在の今、実質的なトップであるレイヴリーが犯罪局に連行された。これから行われる取り調べ次第で、その処遇も変わってくるだろう。


それは、密かにレイヴリーと繋がっていた“聖竜教”としても痛手だった。


「……とにかく、“彼”が戻ってくる前に事態を収めなければ……」


『へぇ。誰が戻ってくるの?』


「……」


立ち上がり、足早に執務室を立ち去ろうとしたセテンハイムを呼び止める不明瞭な声。


その声を聞いた瞬間、セテンハイムは自分の喉に刃物を突き立てられたような感覚に陥った。


(……まさかここまで早く戻ってくるとは)


振り向くと……そこに立っていたのは、白い生地に紅い刺繍が施されたフードローブを、目深に被った男の姿だった。

フードの中は暗黒に包まれており、中の素顔を伺うことはできない。


以前とは出立ちが異なるが、この凄まじいまでの存在感を放つ人物をセテンハイムは一人しか知らない。


“翡翠の竜”。そして実質的な聖竜教のトップ。


すでに“二体”の天災を打倒し、尚強くなり続けているという怪物。


彼にとっては、セテンハイムの命を奪うことなど息をするように出来ることなのだ。


……ここからの言葉には、常に。


細心の注意を払わなければ。



「……お戻りになられましたか。教祖様」

『教祖と言われるほど大したことしてないけどね』

「いえいえ、ご謙遜を」


私は穏やかな声色で、セテンハイムのおっさんに話しかけた。


なんだかこの人と話すのも久しぶりな気がするよ。実際には数日も空けてないはずなのに。なんでだろ。


ここ最近は、時間の流れが早いように感じる。


《ポジティブ。同志様の体感時間は、現在1.1倍ほど引き伸ばされております。私……“紅玉の竜玉”を取り込んだ影響と見られます》


へぇ、そうなんだ。そんな隠し効果が。


ありがとね……あ。


そういえば君にちゃんとした名前付けてなかったよ。


《……ネガティブ。私には同志様が名付けられた“事務的ロリボ”という固有名称が……》


いや、長いじゃん? 付け直そうかと思っ


《ポジティブ。では新たな固有名称を設定してください》


食い気味。


そんなに今の名前が嫌だったとは。


《ポジティブ。そのような事実はございません》


出てる出てる。一言目本音出てる。


……名前、名前かぁ。


前世の竜角散スレじゃ“紅玉の竜”は「ぶーちゃん」って愛称が浸透してたけど、私は面倒くさいオタクだから二番煎じは嫌だな。


長い名前もイヤ。


呼びやすくて、親しみ深くて、イメージに合う。そんな名前。


……ハル?


《……“ハル”》


そう。ハル。


どお? 可愛くない?


《……ポジティブ。固有名称 “ハル”。登録いたしました》


うんうん、よろしくね。ハル。


《……ポジティブ》


おっと、忘れるところだったよ。


今はセテンハイムのおっさんに言いたいことがあるんだよね。


『そっちは元気そうで良かったよ。色々大変だったでしょ?』

「……色々、と言いますと」

『嫌だなぁ』


私は笑って、上機嫌で言う。


『レイヴリーの件に決まってるでしょ』


あっ、しまった。


ちょっと“圧”が出てしまった。


「……」


あーあー、セテンハイムのおっさんの脂汗がすーごいことなってるわ。


これじゃパワハラで役員会議モノだよ。


と思ったけど、そもそも後ろ暗いことしかない組織だったね。


『彼は明らかに教団との繋がりがあった。“隠匿師”が出張ってきたんだから当然だよね』

「……それは」

『もっとわかりやすく言った方がいいかな』


私は笑顔で、努めて穏やかに言う。


『“君たちの組織を乗っ取った奴を殺してあげる”……そんな風にレイヴリーに言われたんだよね?』

「……」


まぁ、もしかしたらもっとボカしたようなニュアンスだったかもしれないけど。


どっちにせよ、レイヴリーが何らかの交換条件を提示して聖竜教を味方につけたのは間違いない。そしてそれは私の知らないところで交わされていた取り決め。


私に知られるのはまずい内容だったわけだ。


『まぁ、君たちからすれば私って、いきなり現れて我が物顔で居座る疫病神みたいなもんだろうし。疎ましく思うのは理解できるよ』

「いえ、そのようなことは……」

『だけどそんなことをして、もし私が生き残ってしまったら……君たちはその後、どういう目に遭うんだろうね?』

「……」


セテンハイムのおっさんの顔色がどんどん悪くなる。


彼にとって、私は今どういう風に映ってるんだろう。


“失敗すれば死”。そういう計画が失敗して、消されてなきゃいけないはずの私は目の前にいて、そんな奴にいつ襲われてもおかしくない距離で話してるわけだ。


逃げても戦ってもどうにもならないということはすでに“教えた”。


私個人の感情としても……“必要ならば”。


そういう事態を引き起こすことで、私が大切にしてる人たちを守れるのなら。


今この場でそういう事態を起こすことを、私は選ぶだろう。


「……責は」

『うん?』


重々しく口を開いたセテンハイムに、私は目を細めた。


「責は……全て、私にあります」

『……』

「この罰は、いかようにも……」


そう言って彼は、頭を下げたのだった。


『……ははは』


その姿に、私は思わず笑ってしまった。


「っ……!」

『あぁ、いや。ごめんね。安心してよ。別にあなたになにかをして欲しいわけじゃないんだ』

「……はい?」


セテンハイムは怪訝そうな様子で、おずおずと頭を上げた。


『レイヴリーと取引したのは、多分貴方じゃないよね』

「……!」

『私が本当に話したいのは、取り引きをしたその人なんだ』


そう言って、私は壁に預けていた背を剥がした。


『ということで、招集してよ。……“大師会”を」



大師会。


簡単に言えば、彼らは幹部級の“聖竜教”メンバー。


最大の特徴は、全員が“竜人”という特殊体質であること。


竜人というのは体内に竜玉を宿して肉体再生能力を備え、竜の力を一時的に引き出せる特異能力者だ。体そのものが“竜器”になっているような感じかな。


じゃあそれお前やないかい、と突っ込みを受けそうだが……私は体内に竜玉があるだけでなく、そもそも体の組織が竜そのものになっている。だから竜の形態に変身できるし、竜人よりは遥かに身体能力も高い。


なぜ大師会全員がその竜人なのかという疑問の答えは簡単。竜人だけが大師会のメンバーとなれるからだ。


聖竜教の教義では彼らは“聖人”のようなもので、彼らが言うところの神により近い存在とされている。

特に大師会の中でも特に強い力を持った3名は“三聖”と呼ばれ、特別視されている。幹部の中の幹部。大幹部って所だ。


さて、そんな幹部たちの集まる場を、私はセテンハイムにお願いして整えてもらった。


皆が集まってくるまで、私はこの所の“聖竜教”の活動記録を確認する。


私がトップに座してからの“聖竜教”は、特に犯罪めいた犯罪をやっていない。元々解散のタイミングを逃し続けていた組織という側面もある。


だが、私が来てからは息を吹き返したように色々な活動をしている。


中小規模の犯罪組織の壊滅。黒い噂の絶えない要人の始末。危険度の高い薬品製造工場の破壊。等々……。


字面にしてみると正義の集団って感じに見えなくないが、そもそも本来の治安維持を担う竜騎士団の腐敗が酷すぎて、3歩歩けば犯罪組織に当たるってなレベルで治安が悪化してるだけだったりする。


勿論、私の運営方針というのも大いに影響しているが。


最近のそういった活動に不満を憶えてるのが古参の大師会メンバー。彼らは聖竜教に変革を起こした私に恨みを抱いてる。


レイヴリーと取引した奴も、今から呼び出す中にきっといるはず。


『楽しみだ』


私は大師会が集まる、大会議室への大扉を開けた。

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