第47話 事後処理
「……」
カルヴァンは、誰もいなくなった森の中で立ち尽くしていた。
「何なんだ、一体……」
弟に化けていた怪物を倒し、何者かの横槍を受けたカルヴァンは次にどう動くべきかを素早く判断した。
その結果、カルヴァンがやったことは演習場内の生徒達の避難だった。
孤立し、連絡も絶たれた状況ではどんなトラブルが起きるかもわからない。
故に生徒達を統率する役目を誰かが担う必要がある。そしてそれは竜騎士である自分の役目だと瞬時に理解した。
だがそれは、本音では何よりも優先したい事柄である弟の安否を確かめることを他人に任せるということでもあった。
頭ではわかっている合理的判断と、カルヴァン自身の私情。
カルヴァンは前者を優先した。
だがその代わり、頭上を悠々と飛んでいた謎の巨大竜が消滅した瞬間、脅威は去ったと確信したカルヴァンは地を蹴り、高速で空を飛翔する謎の人物を追った。足が壊れかねないほどの移動速度を出して。
幸い、その着地点がカルヴァンと程近い場所だったために、カルヴァンはすんでのところであいまみえた。
追いついたカルヴァンが見たのは、白い……白い少年だった。
髪も目も肌も白く、赤色の目が爛々と輝くその少年の容姿はまるで彫刻のように幻想的な雰囲気を持っており、気品すら感じさせる佇まい。
雪が積もったように真っ白な髪に一筋の赤いラインが浮かび、それがまるで誰も踏みしめていない新雪に垂らされた血のような強烈な存在感を放っている。
一目見て只者じゃないと直感できたのは、何もその強烈な容姿だけが原因ではない。
少年の目は、まるでこの世の全てを見下しているかのような冷たさと、その奥に眠る狂気、そして強烈な意志を孕んだ複雑な色を放っていた。
カルヴァンは“ああいう”目をした者を過去に一度目にしたことがある。
皇女エレオノーアだ。
あの神童と同じ目をした少年。これが今回の事態に無関係であるはずもない。
だが同時に、言葉を交わす中で生まれる疑念。
この少年に、一切の悪意や殺意が感じられないのだ。
むしろ、どこまでも深い諦念と、凪のように静かな憧憬。そして何故か溢れんばかりのの親愛。
初対面であるはずのカルヴァンは、なぜこの少年がここまで入り組んだ複雑な感情を自分に向けてくるのかが理解できなかった。
まるで、自分は過去にこの少年と親友であったが、それを自分だけが忘れているような奇妙な錯覚すら抱く。
まさか本当に、俺は記憶を失っているのか……という疑念すら晴れないままに、少年はその場から消えてしまった。
「……何なんだ、一体」
もう一度、同じ言葉を繰り返す。
カルヴァンの行き場のない違和感は、空に溶けて消えていった。
……彼は士官学校の制服を着用していた。それも“見習い”学級のものだ。
探せば見つかる。
……だがそれをした時、学園の上層部が彼に対してどのような処遇を下すのかは想像に難くない。
「……」
……今回の騒動の裏には、カルヴァンが想像だにしない巨大な陰謀が渦巻いている気がしてならない。
真実が見えていない今は……規則や規範でなく。
己の頭で判断する他ない。
「……チッ、一番苦手なことだ」
目の前に立ちはだかった無理難題に、カルヴァンは気を重くした。
◆
「重症者は担架で!歩ける者は自力で医務室へ!!すみませんが、急いでください!」
「安全が確認されるまでは、しばらく待機していてください!」
「騎竜足りません!!動ける個体はかき集めて──」
──ホーンブレイブ演習場、正面出入り口。
「……随分大事になったのう」
「当然でしょう。学園襲撃事件が起きて、警備を強化した矢先にこの事態だもの」
「……」
ルゼフィール、エレオノーア、ナカランの三人は慌ただしく動く竜騎士達を眺めていた。
対抗戦に参加していた生徒達は一所に集められ、事態をようやく把握した竜騎士たちの誘導を受けていた。
外にいる者達は、何もせずに手をこまねいたわけではない。
天井が閉じ、完全に隔離された演習場内に侵入する術を持つことができずにいたのだ。
瑠璃の竜……もとい黒竜が倒されると同時に、隔離状態が解除された演習場に、外周で待機していた竜騎士達が雪崩れ込んだ。
各所に散らばっていた竜と、負傷者への対応は即座に行われ、事態は収束していく。
奇跡的なことに犠牲者は0。重症者も治療を受けてすぐに意識を取り戻していった。
「いやぁ、皆顔が怖いねぇ」
「そりゃそうっすよ……」
「ふざけてるのかしら?“副団長”」
「ここから先は、言葉に気をつけてください」
今回の事態。
それを引き起こした、主犯に近いとされる人物──レイヴリーは、全身の火傷を応急処置で治療された上で、手錠と足枷で厳重に拘束された上で尋問を受けていた。
「演習場内竜器の違法操作。警備体制の無許可変更。その為、様々な職権濫用に加虐行為……いやぁ、正直ビビったっすよ? 副団長。アンタはギリギリアウトにならないグレーゾーンでだけ好き勝手する人だと思ってましたんで。これらの犯罪行為はガッツリアウト……っていうか、極刑モノですよ」
「そうね。レイちゃんでも流石に今回は言い逃れできないわ。脱退処分の上で、絞首刑……良くて終身刑じゃない?」
「……本当に、とんでもないことをしてくれましたね」
レイヴリーは深く息を吐いて、ガックリと肩を落とした。
「年貢の納め時かなぁ。“彼”の力を見誤ったのが一番の原因だよ。やっぱ“天災”を舐めてかかっちゃダメだね。あれは人の手に負えないや」
「……例の、”透明な男“の件ですか」
竜騎士の一人、ロジカは目を鋭く細めてレイヴリーに問うた。
「あんま信じられない話っすけどね。理性を持った上、人に化ける竜なんて……でも、それが本当だとしたらとんでもないことっすよ」
「そうね。人間社会に“竜”が混じっている可能性が出てくるもの」
「……」
「はぁ〜……勘弁して欲しいっすよ。ただでさえ今、騎士団はガタガタなのに……」
「あはは、大変そうだね」
「あんたのせいっすけどね!!」
「はは……あ、待って、グリグリしないで。彼にやられた傷がまだ癒えてないんだよ……痛い痛い痛い痛い!!!」
「当然の報いね」
レイヴリーの足先を靴先で踏み躙る癖っ毛の青年……パペットと、二人の様子を後ろから眺める眼帯の女性。メリンダ。
今残っている騎士団の中でも、特に実力の高い者達が今この場に集まっていた。
「……それで?」
「お、おぉ……え? それで、って?」
「ここまでのことをした目的です」
「……」
ロジカに問い詰められ、レイヴリーは口を引き結んで真剣な表情になる。
……こういう顔をしている時だけは、そこそこ信頼できるのだが。とロジカはやるせない思いを抱いた。
「……僕が死刑を免れたら、その時に教えるよ」
「有耶無耶にするおつもりですか」
「違うさ。罪人が何を言ったって、説得力がないでしょ? まずはやるべきことを終わらせないとね」
「あのですね……!!」
「ほら、来たよ」
「!」
レイヴリーが視線をロジカの背後に向けると、そこから現れたのは黒い軍服を着た数名の男達だった。
「竜騎士軍犯罪捜査局です。ホーンブレイブ竜騎士団副団長、レイヴリーですね」
「……あぁ、そうだよ」
「現在、あなたには複数の軍規違反が認められています。捜査局までご同行願えますか?」
「了解。わかったよ」
よろよろとレイヴリーが立ち上がり、男達に脇を固められて歩いていく。
「……副団長!」
「……」
「……死んだら、殺しに行きますから」
レイヴリーは、僅かに口元を緩め……そのまま男達に連れ去られていった。
“死ぬのは一度だけにしたいものだね”。
誰にも聞かれなかった独り言が、沈みかけた夕焼けの中へと消えていった。
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