第45話 “焔の大剣”
「切り離した」
瑠璃の竜の牙を砕きながら、口内から飛び出したエレオノーアをモモカは引き攣った顔で迎えた。
「こ、皇女様。アグレッシブですね……」
「必要だからやっただけよ」
唾液やら粘液やらで体を汚しているエレオノーアは、同時になんとも言えない生物臭を纏っている。だが本人にあまり気にした様子はない。
“やっぱり皇帝になるような人って変わってるのかなぁ”などと、風評被害極まりない感想を抱きながら、モモカは竜を駆った。
「王子様、大丈夫ですか?」
「気絶してるわね。切り離す時に刃先が多少頭に当たったからかしら」
「え」
それはもしかして気絶じゃなく、死亡と言うのでは……。とモモカの胸に不安が湧き起こるのと。
───!!!
それは同時だった。
「わっ、わわっ!な、なによもう〜!!」
「……瑠璃の竜が吼えている」
「えぇ!?」
モモカが見上げると、確かに。
先刻までどれだけ傷つけても微動だにしなかった瑠璃の竜が、その顎を大きく開いて咆哮していた。
「そんな!?王子様はもう切り離したのに!」
「“竜玉”も砕いたわ。なのに体が消えない……」
エレオノーアは目を細め、思考する。
……瑠璃の竜はなぜ反撃してこなかったのか?それは、取り込まれているアレクロッドの意思によるものだとばかり思っていた。しかし状況を見る限り、彼は気絶して意識を保ってはいなかったらしい。
だとすれば、攻撃しなかったのは瑠璃の竜の意思……その目的は。そして今になって動きを見せた理由。
エレオノーアの脳裏によぎるある“可能性”。
「モモカ!手綱を!」
「え!?な、なんでですかぁ!?」
「全速力で離れるわ。恐らくあの竜の狙いは……」
エレオノーアは視線を下げ、未だ眠っている王子を見た。
「ロッドを取り返すことなのよ」
……
…………。
「これは……」
瑠璃の竜。
少なくとも、ルゼフィールは今まで眼前にいた存在をそう捉えていた。
「何じゃ?」
だが、違った。
これは“五天災”と呼ばれる伝説上の竜でも、ましてや人間でもない。
もっと悍ましいナニかだ。
──キョァァアァァァァァァ!!!!
断末魔。
人が不快と感じる音を全て詰め込んだ不協和音。それに近いモノがルゼフィールの耳をつんざいた。
「くっ……」
幻想的とさえ感じさせる青みがかった白い鱗は黒く変色し、肉感のある外皮に覆われていく。ボコ、ボコ、と水泡が浮き出すように全身に“目”が出現し、ギョロギョロと躍動する。
「なんと醜い姿じゃ」
ルゼフィールをして、その生物としてはあまりに不自然な姿に顔を顰めずにはいられなかった。
「……」
王子アレクロッドがあの中に取り込まれていたと聞いた時から考えていたことだ。
それをしたであろう黒幕“聖竜教”の狙い。一国の王子を誘拐するという大事を冒してまで、一体何がしたかったのか。
その原因の一つが、目の前にいる異形の竜だとすれば。きっとそれは自然に生まれたモノではない。
「竜を、人工的に作り出しおったな……!」
そして今この場で、性能テストとばかりに解放したのだ。
「なんということを。聖竜教……!いや……」
脳裏に浮かぶ、この一連の件全ての黒幕と思われる人物。
「“透明な男”……!!」
──その瞬間。
「なっ……!!」
何者かが、ルゼフィールを横切って空へと飛翔した。
「誰じゃ!!」
呼びかけたが、答える声はなかった。
竜騎士?否。そもそも騎竜に乗っていなかった。
竜にも乗らず空を飛ぶ存在……そんな者、この世に二人といるはずがない。
「……貴様!!」
“透明な男”が、巨剣を携えて瑠璃の竜を見据えた。
◆
おーおー。すーごいやっちゃなこれは。
こうして目の前にしてみると、瑠璃の竜……じゃないな。なんだこれは。黒いんだけど。
日焼けした??
明らかに闇属性っぽい感じの見た目だ。
──キェェェェェェェァアアアアア!!!!
瑠璃の竜……もとい、“黒竜”が大きく顎門を開き、そこに紫色の光が集約していく。
ブレスかな?ブレスだろうなぁ。明らかにブレスっぽい待機動作だ。
私は“紅の刃”を取り出す──って、んん??
デカくね??
なんか体感2倍くらいになってるんだけど。いや、元々刀身は調節できる機構が入ってるけど、デフォの状態ですでに長い。私の身長と同じ位には刃が伸びてやがる。
成長期かぁ〜。
───ァァァァァアアアアア!!!!
ブレスが発射される。
それは炎……というよりは一種の光線だ。真っ直ぐに、凄まじい速度で私めがけて飛んでくる。
きっとそこに秘められたエネルギーは膨大で、直撃すれば私とて無傷とはいかないんじゃないかな。勿論今は風の防壁だけじゃなくて、炎の防御もある。それら全てを通過して私の元に攻撃が届くなんてことは、今となってはほとんど起きないんだろうけど。
そもそも、わざわざ防御する必要なんてどこにもないんだ。
“紅の刃”……いや、もうこんだけデカくなったら名前も変えてあげよう。せっかく成長したみたいだし。
“焔の大剣”。
どうよ?カッコいいでしょ??
───ボボボボボォォォォォ!!!!
気に入ってくれてよかった。
んじゃ、早速その力を見せてよ。
私は、迫り来るブレスに向かって“焔の大剣”を振り下ろした。
──ジィィィィィィィ!!!
一閃。
炎の剣は、よりその熱量を増して、収束し、精錬されて。より高い切れ味を発揮する。
光線となったブレスを切り裂いたのは、もう一本の赤色の光線。
交差した紫と赤の光は、空中でいっそ芸術的なまでに混じり合って。
赤の光がその射線にある全てを切り裂いた。
ブレス。その先にいる黒竜。そして……砕かれた状態でなお動く竜玉を両断する。
赤い刃が全てを切り裂いた。
───キョォォォォォォ
黒竜が半分になった体で、まるでミミズのようにのたうち、苦しみの絶叫を上げる。
私はもう一度、一文字切りに“焔の大剣”を振り払った。
縦、横──都合四つに分たれた黒竜はゆっくりと動きを止め。
───。
大地に堕ちていきながら、消滅した。
……
…………。
「よっ、と」
私は地上に降り立つと、誰も周囲にいないことを念入りに確認して“透明化”を解除した。
「疲れたぁ……」
これから、ようやく騒ぎに気づいた竜騎士たちが事態の収束に動くだろう。
その時になって私が見つかるのは非常にマズい。そもそも私は対抗戦に参加する資格すらない生徒だ。
今日一日、ずっと寮で爆睡してましたよという顔でいなくちゃいけない。
「あれ、なんだこれ」
ふと、前髪から垂れ下がる髪の一本が赤色に染まっていることに気づいた。
髪を染めたような記憶はない。そもそも、大体ずっと戦闘中だったし。お洒落に気を遣っているような暇はなかった。
だとすれば……。
「竜玉を取り込んだ影響、かなぁ」
そうとしか考えられない。
“紅玉の竜”の竜玉は、私の体に色々と変化を与えたようだ。それこそ見た目にも影響するくらい深い変化を。
さっき脳内に聞こえた謎の声と言い、色々と検証する時間が必要そうだ。
……心底疲れたし、色々と、もっと上手くできたんじゃないかと思うこともあったが。
まぁ、結果的には犠牲者の数も最小限で済んで、元凶も倒せた。
レイヴリーは死んだかどうかわからんが、流石にしばらくは安泰にしているはずだ。
殺せない以上は、大人しくさせとくのが安牌。流石にこれだけの大事になって、お咎めなしということもないだろう。
あとの事後処理は偉い人に任せて、私はそそくさと退散するに──。
「おい」
ピタ、と足を止めた。
「どこ行くんだよ」
……。
……あり得ない。
気配は感じなかった。
「人の弟に好き勝手してくれやがって」
……いや、でも“この人”なら、そういうこともあるか。
「無事に帰れるとでも思ったのか?」
顔は見られたか。あぁ、最悪だ。
「首置いてけよ。黒幕さんよ」
……お戯れは程々にお願いしますよ。
カルヴァン殿下。
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