第44話 竜脈

「う、うぶぅぶ……!?」

「ねぇ」


全身に“皮”を被った不細工な女が私に近づいてきた。だから殴った。


「“それ”で騙せると思ったの?」

「ひ、ひいいぃ……!?」


外見は、全く似ていないがアレクロッドの外見を模したものだ。


……いや。


一度は“騙された”。だからこそこんなにも腹立たしい。


「……モモカ?」


唐突に、横合いから声が聞こえてモモカは手の力を抜いた。


「あっ、なんだジルクス君。起きてたの〜?」

「おう……って、頭痛ぇ……」

「ダメだよ〜。無理しちゃあ」


声の主は、地面に倒れていたジルクスだった。怪我を負って気絶していた。


「なんでお前がここに……って、うおっ!?なんだあのバケモン!?」

「王子様に化けた偽物。似てないでしょ?」

「……そうか。やっぱ、あいつは偽物だったか……良かったよ」


ジルクスは安堵したように息を吐いた。


「なにも良くないよ」

「いっ……!?」


だが、直後に能面のようになったモモカの表情が目に入り、頬がひくついた。


「ねぇ」

「な、なんだよぉ……っ!」


全く温度を感じさせない極寒の瞳が、人皮でツギハギとなっている悪党……“隠匿師”を睨んでいる。


「王子様はどこにいるの?」


……


…………。


“瑠璃の竜”を右側面、左側面、そして頭部の三点から包囲する。


アレクロッドは瑠璃の竜の体内に取り込まれている。“隠匿師”はそう話した。だが具体的に瑠璃の竜の長大な体のどの部分かまではわからないという話だった。


だがヒントはある。


アレクロッドの身体は、“竜玉”と同じ場所に存在しているというのだ。


竜玉は竜の体の心核。再生する竜の体は、竜玉からもたらされるエネルギーによるもの。それ故に竜玉を摘出しさえすれば竜は実質死んだも同然となる。

竜玉こそが竜の本体であり、それ以外の身体は外付けされた肉塊にすぎない。これは竜の生態の基本だ。


そして、竜玉から生み出され……竜の糧となるエネルギー。


これを“竜脈”と呼ぶ。


竜脈は竜の体内を流れる血液のようなもので、肉体を損傷しても回復こそすれ、竜脈が消耗する。すなわち、現実的でないにせよ竜玉を壊さずともその中に貯蔵された竜脈を枯渇させることが出来れば、竜の肉体は作られない。


仮に、竜脈を人にとっての血液と仮定するなら……その流れの源泉は“竜玉”だ。ちょうど身体中の血管が心臓に繋がっているように。


そして“竜脈”は竜の中にだけでなく……竜玉を用いて作られる道具。


“竜器”のエネルギー源でもある。


「ゆくぞ」


ルゼフィールが右手に“白夜”を構えた。


“白夜”もまた竜器。その動力は竜脈だ。そして、大気中に存在する物質の操作という白夜の機能の対象には、竜脈も含まれている。

ただし、竜脈の操作はルゼフィールをして難題だ。何故なら竜脈を人の体に流せば、人はその負荷に耐えられず細胞を破壊され、体組織の崩壊を招く。


竜の血、という竜脈を元に作られた薬品を体内に流された人間が、たった一つの例外を除いて死に絶えたように、竜脈は人の体にとって猛毒なのだ。


しかし、この不可能を実現する手段はある。


ルゼフィールは、深く息を吐いて精神を統一した。


「……“超獣戯画”」


白夜の先から立ち上る束のような水色のオーラは、可視化された竜脈だ。体に流すのではなく、放出する形で。


現れたのは、竜脈で肩取られたもう一匹の“瑠璃の竜”。ただし体躯は3分の1程度。重さに至っては100分の1にも満たないだろう。それは正しく絵に書いた竜。

そして同時にそれは精巧だった。瑠璃の竜の体内構造を正確に把握。複製していた。


これはルゼフィールの“白夜”と、エレオノーアの持つ“唐紅”によって完成した、瑠璃の竜の“複製”。


「……喉の奥じゃ!!」


ルゼフィールは叫んだ。


そこに“竜脈”の大きな反応があるz


「了っ、解!!」


返答を受けたモモカが、瑠璃の竜の眼前へと回る。


「開けるよ!!」


一閃。


斧の横振りが瑠璃の竜の口部を捉える。


ガバッ、と大きく瑠璃の竜の口が開いた。


「良くやったわ」


同時に、竜の体を走り抜けたエレオノーアが大きく開いた口の中へと──その身を滑り込ませた。


「……」


幸い、目標はすぐに発見することができた。


エレオノーアの身長と同じだけの大きさの竜玉。そしてそこに取り込まれている……アレクロッド。


「起きる時間よ」


エレオノーアは大きく手に持った“斧”を構え。


───!!!


振り下ろした。



……目に見える範囲、全てのものが燃えている。


ぶっつけ本番でやったけど、思ったよりも出力の調整が難しいな。


まぁ、合計二匹分の竜のエネルギーだ。単純計算二倍で調整も倍難しい。


だけど、本能のようなものなのか弓を持った彼女……ナカランは、炎の中で無傷で呆然と立っていた。


胸に刺さりっぱで前衛芸術みたいになってた“紅の刃”は、私の体内に溶けるようにして消えた。いや、一体化したのかな。私の体内にそのまま収納されているような感覚。


右腕を掲げると、何もない場所から“紅の刃”が出現した。これは便利だ。一々持ち運ぶ必要もなくなった。

……私の竜玉を、“紅の刃”に組み込まれてる“紅玉の竜”の竜玉で補おうとしたんだけど、これはどういう原理で、どうなってるのか。


私と“紅玉”が一体化したのかな?


《ポジティブ。私と同志様は、現在共通の”器“を共有しております》


え。


誰……??


《アンサー。私は、思考体No.087。個体名“レッドドラゴン”に搭載された思考体です》


??????


なんか頭の中に事務的ロリボイスが住んでるんだけど。


《ネガティブ。私は思考体No.087。申し訳ありませんが、同志様の呼称は適切ではありません》


いや、でも事務的ロリボとしかこの声帯は表現できへんのやけど……。


《……ポジティブ。只今より思考体No.087を、個体名“事務的ロリボ”へと変更。同志様、ご訂正いただきありがとうございます》


え、あ……ども。


……コミュ障には心の声読まれるのキツいんですけど!!?


《ポジティブ。只今より、思考共有プロセスをシャットダウンします。同志様、今後“事務的ロリボ”に要請がある場合は、呼称を口頭で発話してください。それでは》


……止んだ。



いや今の何だったんだよ!!!!!!



──ヒュッ!!


風を切って“矢”が飛んできた。


と、同時から“炎”が吹き出す。


炎に包まれた矢は、鏃の金属部分を残して燃え尽きた。


……一瞬当てただけなのにすごい火力だ。これはぶーちゃんの炎すら上回ってるんじゃないかな。元々ぶーちゃんが持っていた力と私の力が合わさって、その分威力が底上げされたってとこだろう。


そして矢を放った本人は、信じられない目で私を見ていた。


「……何を、したの」


いやー、スライド資料付きでプレゼンしてあげたい気持ちは山々なんだけど……色々と切羽詰まっててね。


またの機会ということで。


私は空を見上げると、足に力を籠めた。


さっき聞こえた謎の“声”や、彼女のこと。どこぞで炭になってるだろうレイヴリーのことは一旦後回し。多分上空に飛んでるアイツが、これからマズイ被害を出しそうだから。


私は足裏に“風”の力と共に……“炎”の力を込めた。


風。そして炎。二つの力が合わさって生み出される推進力。風は便利で、速さという点においてはこれ以上ない能力だったけど、少しだけ、パワー不足でもあった。


そのパワー不足も……炎で補える。


──フィィィィン!!


独特な空気の音が聞こえる。これは爆発の前触れ。


両足に膨大なエネルギーが貯まっていき……。


──ボッ!!


地面に大穴を空ける。


そうして私は、ロケット噴射のような勢いで飛び上がった。

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