第42話 驕り

プス、プス……と音を立てて、引き抜いた“紅の刃”の刀身が消えた。


「あれ、故障した?ダメだよ、ちゃんと手入れしないと」


ケラケラと笑う耳障りな声はどうでもいいが、ただの故障……では片付けられないそこそこの異常事態だ。

“紅玉の竜”のエネルギーの源泉である竜玉を転用して作ったのが紅の刃だ。その火力は紅玉の竜相当。すなわちやろうと思えば火山噴火レベルの業火でも噴き出せるのだ。


ただの雨なんかじゃ少しも勢いは弱まらない。なのに、まるでタバコの日が水滴に打たれたかのように炎の勢いが消されてしまった。


原因は、今も空を悠々と飛んでいる“瑠璃の竜”だろう。


竜角散に属性による相性関係はないが、単純に考えて水は火に強い。洪水、大雨などを引き起こす瑠璃の竜に対して、火災の紅玉の竜は相性が悪いという単純な話なのかもしれない。


私は紅の刃を仕舞った。


……実の所、私は少し焦っている。


雨が地面に染み込んで、水分を吸った地中は今、“炎獄”の効果を弱め始めているからだ。紅の刃が機能停止した今は尚更だろう。

正直、今この状況で前みたいにレイヴリーに地中に潜って逃げられると追いかけるのは困難だ。大雨の影響か大気の流れを感じにくくなっているし、空の上にいる奴の対処もしなきゃいけない。全ての黒幕はレイヴリーなのだろうが、私がこいつに釘付けにされることで発生する被害が馬鹿にならない。


そして、過大評価でなければこのことにレイヴリーが気づいていないとも思えない。奴は逃げようと思えば逃げれる。なのにそれをしないのは……単に時間稼ぎをしているとも取れるし、何らかの秘策を用意しているとも考えられる。


時間を稼がれるのも、下手を打って逃すのも御免だ。ここは短期決戦。懐に入っての接近戦で事を終わらせるとしよう。

大丈夫。すでに一度レイヴリーに攻撃した時に、奴の目は私を捉えきれていないことはわかっている。


何もさせずに制圧する。それが可能な実力差が私とレイヴリーにはある。


「……」


なのに。


何故かレイヴリーは、余裕の笑みを浮かべて私の前に立っている。


“勝てない”ってことは一度示したはずだ。人質がいたって、それで私の動きを封じるには限界がある。


微かな違和感があった。


地面を蹴り、レイヴリーに迫る。


「──よっ」


!!


レイヴリーの足元が液状化し、その姿が地面の中へ消えていった。


……逃げたか。


「危ない危ない」


と思ったら、私の背後に現れた。


もう一度。


「うおっ、とぉ!?」


すぐに追撃が来るとは思ってなかったのか。地面に逃げるタイミングが遅れて頬にかすり傷が出来た。


「っつぅ……容赦ないなぁ、本当に」


再び背後……今度はより距離を取った場所に出てきたレイヴリーの頬には、思ったより深く抉れた傷が出来ていた。


「もっとこう、手心というか……慢心してくれていいのに」


慢心ね。


慢心してたせいでこんな事態になってるんだから、気を引き締めて真面目にもなろうもんだよ。だからまずは全力でお前を潰す。


「おー怖。こりゃ遊んでる暇なさそうだ」


どぷん、と地面にレイヴリーが沈んだ。


また逃げる気か……と思ったら。


ズズズズ……!!と音を立てて地面がせり上がった。


規模感としては、軽く50㎡くらい。かなり大規模だな。


私は上昇し続ける地面から降りた。何が起きるかわからないあの上で立ち止まってる意味はない。


──!!!


ほれ爆発した。


「はぁ、はぁ……ハハハ。これで流石に……」


地面から出てきたレイヴリーが肩で息をしながら私の姿を見た。


「……あのさぁ」


そして、酷く肩を落とした。


「結構凄い事したんだから、ちょっとくらい喰らってくれてもよくない……?」


地面を蹴って、駆ける。


「ッ!? やばっ……どっ、ごぼぉっ!!」


勢いのままに繰り出した膝蹴りがモロにレイヴリーの脇腹に入り、加えて風の防壁をレイヴリーの背中側に展開することで、勢いを逃がせないようにした。


「がっ、がばっ、がはっ、ごっ……」


レイヴリーがその場に倒れ、激しく咳き込む。そこには血の色が混じり、ガクガクと背中が震えていた。


内臓に相当なダメージが入ったようだ。これでしばらくは動けない。


「ぶっ!!」


後頭部に足裏を乗せ、強く踏みつける。


酷い事をしているように思うだろうか。いや、まだ甘いくらいだ。


この男は殺せない。


それは、この男が実質的に世界を守っている竜騎士団のトップであることや、目的が見えないこと。その他様々な事情を考慮した上での判断だ。レイヴリーを殺すのは、私の心情さえ無視すれば何も得がないことだ。


だけどその分、二度と同じような悪行を働かないように、死なない範囲で殺しておく必要がある。そのために必要なのは“痛み”だ。

痛めつけて、痛めつけて……死んだほうがマシだと思わせれば同じ過ちは二度繰り返さない。本能に刻みつける。私に勝てないということを。


「……み、も」


足を上げ、再び踏みつけようとすると、レイヴリーが僅かに身じろいだ。


「きみは、気づいている……んだろう……」


……何を言ってるのかサッパリだ。


「ぶっっ!!」


体はボロボロなんだ。さっさと黙らせよう


「ぶ、ふ……っ、気づかないように、してるのかな……?」


耳障りだ。いい加減……。


「僕は誰も、殺してない」


……。


「もっと言えば……誰も、直接的には、傷つけていないんだよ」


……。


そうだ。確かに。


この男は誰も殺していない。


最初、制服を着たいくつもの焼死体が見つかった時……。


あの死体は“泥人形”だった。


おかしいと思ったんだ。こいつが人間を丸ごと焼くような技を一度でも使ったか?レイヴリーの竜器はあくまで、土や泥の操作しか見せていないのに。


フロナちゃんの件にしても、彼女を操りこそしたが傷つけてはいなかった。無茶な動きで体に無理をさせただろうから、私的には同罪ではあるけど。


確かにレイヴリーは一貫して、死者を出してはいない。間違いなく“悪”であるこの人間は、ついに最後の一線だけは越えなかった。


だが……。


「がっ!?」


顔面を蹴り上げる。


“直接的には傷つけなかった”。これは嘘だ。


ついさっき、ナカランに対して暴行を加えていたのを私はバッチリ目撃している。その後私の攻撃に対する盾にも使った。


その一点のみでこの男は死に値する。やはり私のやることは変わらない。


自分の弁明をしたいなら浅はかだったな。結局、私の怒りを買うことになっただけだ。


「……ふ、ふ」


……まだ笑ってる。


いい加減不愉快だ。黙らせよう。


「きみ、は……自分があまりに強いから、誰も彼も、自分の手でなんとかできると、思い込んでる、みたいだけど……」


レイヴリーがボコボコになった顔で、何やらブツブツと喋っていた。


「“人間”は、そう単純じゃないよ」


……。


微かな違和感。


それは、レイヴリーの起こした諸々の出来事に、一貫性がなかったからだ。


焼死体事件。フロナの乗っ取り。ナカランへの狼藉。それらにどんな意味があって、何の目的でやってるのかがわからなかった。

だが、一つだけ共通している点があった。そして恐らく……それこそがこの男の目的だった。


私に対する挑発。


私が、レイヴリーという男ただ一人に注意を向けざるを得ないほど。この男に強い怒りを覚えざるを得ないほど。私の目を釘付けにする。


そうすることで始めて出来る“死角”。


最初の一撃は、私の“防壁”が破れるかの実験でしかなかった。


「松葉崩し」


──ガシャアアアン!!!


強烈な破砕音と共に、私の胸を“矢”が貫いた。


その矢は、私の胸にある“竜玉”を正確に射抜いた。


その矢は、私の“防壁”を突破する重さを兼ね備えていた。


「驕ったね。“竜”の力に」


その矢は……私が“人質”だと思い込んでいた人物によって放たれた。

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