第41話 ハイキャリア転職
「……随分馬鹿でかいのう」
騎竜に乗り、大蛇のようにうねる“瑠璃の竜”を間近から眺めてルゼフィールは嘆息した。
「しかして“竜”。核たる竜玉は体内のどこかにあるはずじゃが……」
頭部から尾の先まで、視線を這わせて一瞥する。
「さっぱりわからん」
単純に大きいということは竜にとって大きな強みだ。体積の分“竜玉”も巨大である可能性はあるが……なにせここまでのものはルゼフィールも初めて相対した。竜玉の位置は見当もつかない。
「であれば、その体積を削るのみだな」
ルゼフィールは右手に“杖”を展開した。
この竜器は名を『白夜』と言い、ルゼフィール本人しか扱えない竜器である。
土や石、水や炎といった周囲に存在する様々な“素材”を結集、分解、再構成して攻撃手段として用いる。
その様はまるで、御伽話に語られる“魔法”のようであると人は言う。
本人の計算高い資質、幼さが混じる魔性の美貌。そして行使される超常の魔法をしてルゼフィールはこう呼ばれる。
“魔女”と。
「“水遊美”」
ルゼフィールの周囲に、都合四つの“水球”が浮かび上がる。
「“水切”」
内一つが“刃”のように鋭い刃状となり、瑠璃の竜を襲った。
「……堅い」
刃は確かに瑠璃の竜に切り傷をつけた。
しかし浅い。鱗を引き裂き、わずかに身を切った程度である。
すぐに傷は修復され、元通りとなった。
「では少し工夫を凝らすか」
ルゼフィールが白夜を翳すと、残った二つの水球のうちの二つがぐるぐると回転し始めた。
やがてそれは一本の長い水流となり、瑠璃の竜に巻きつき始めた。水流はやがて、瑠璃の竜囲む一つの“輪”となり、回転の速度を上げていく。
「“雨斬輪”」
水流が勢いを増し、そしてその形が薄く、鋭く、刃の形に変わり瑠璃の竜の肉体食い込んだ。
ただ一本の刃をぶつけても大した傷にはならなかった。では、回転する水の刃を内側に展開した円環を、瑠璃の竜にはめ込んでみればどうか?
──リリリリリリリ!!!
高速で回転する刃と瑠璃の竜の鱗が、耳障りな高音を発して擦れ合う。
しかし確かに、刃は鱗の内側へと食い込んでいった。
「ふぅ……」
ルゼフィールは騎竜の上で、深く意識を集中させる。
これほど大掛かり、かつ時間のかかる白夜の操作は必然的に使用者の消耗を強いる。僅かにでも集中が途切れればすぐに水の円環は形を崩し、ただの流水となるだろう。
“瑠璃の竜”の特性故か、水という材料自体は豊富にある。幸いなことに瑠璃の竜も、体内に侵入している刃への反応が薄い。大きすぎる体格がゆえに痛みにも疎くなっているのだろうか。
「……そろそろじゃな」
都合四分。それが徐々に収縮する円環が瑠璃の竜の体を内側まで食い破るのにかかった時間だ。短い時間で済んだように思えて、この間ルゼフィールは失敗すれば最初からやり直しとなる白夜の精密操作を強いられていたために体感はもっと長く感じられた。
──キィン!
鋭い音と共に、瑠璃の竜の体積の3分の1。尾を含む下半身が切り落とされた。
───!!!!
流石に応えたのか瑠璃の竜は絶叫し、体をのたうち回らせた。
しかし、再生はしない。
「やはり、これほどの負傷となると治すのも時間がかかるようじゃな」
いける。
この深傷が言える前に、いや、癒えたとしてもそれは瑠璃の竜にとって相当な消耗となるはず。このままいけば……。
と、微かな希望が見えた瞬間。
「むっ!」
“滝”が降ってきた。
いや、そう錯覚するほどの量の水が突如空中に湧き出した。
「駆けよ!」
すぐさまルゼフィールが騎竜であるディアーナに合図を出し、その場を離脱する。
「く……!!」
しかし想定以上に水量が多い。
雨に打たれる程度なら何の問題もないが、滝に打たれれば当然騎竜からは弾き落とされる。そうなれば、余程の幸運がない限りルゼフィールの命はないだろう。
まずはこの場から一旦離れて……。
「……馬鹿な」
しかし、そんな思惑とは裏腹に。
ルゼフィールの目の前にあった滝が”曲がった“。まるで意思を持っているかのように。
それは当然だった。何故ならそこに流れ落ちているのは滝でなく、瑠璃の竜が意図的に生み出した水の奔流なのだから。
彼の者はまさに生きる”災害“。
それを僅かでも失念したルゼフィールが代償を払うことになっただけのこと。例えそれが、致命的な代償であったとしても。
視界いっぱいに広がる水の暴力に、ルゼフィールは手に持つ杖を握りしめた。
「……」
だがその洪水は、ルゼフィールの眼前で“曲がった”。ついさっきの光景の焼き直しのように。瑠璃の竜が外したのか。
違う。ルゼフィールには、水と共に周囲の光景も一緒に歪んだのが見えた。
空間が捻じ曲げられたのだ。
そしてルゼフィールの知る限りそんな所業が可能なのは……。
「一人で“天災”に挑むのは勇気ではなく、無謀というものよ。ルゼフィール」
「……はっ」
下方、ルゼフィールが足元を見下ろすと、アメジストに似た冷たい瞳をした少女が騎竜に乗って上昇して来ていた。その背後には桃色の髪をした女子生徒──確か、西軍の“モモカ”。も共に乗っている。
「それに助太刀しようと考えるのも、同様に愚かなのではないか?エレオノーアよ」
「私が愚かなのは、今に始まったことじゃないもの」
ルゼフィールの横に並んだエレオノーアが、瑠璃の竜を見据えて言った。
「ルゼフィール、気づいたかしら」
「? 何じゃ?」
エレオノーアは、切れ長の瞳を細めて言った。
「“彼”、人間よ」
◆
「……”瑠璃の竜“。実は騎士団が竜玉の状態で保管してたんだよ。驚いた?」
炎の向こうから、不愉快な声が発せられた。
大人しく黒焦げになってくれればこっちも楽なんだけど、中々そう簡単な話ではないらしい。早く死んでよ〜。
「“紅玉”にしても“瑠璃”にしても、人の手に余る災害そのもの……なんて評判なのに、実際は人間に管理されてる。面白いよね〜」
面白いことなんて一つもないが、確かに不可解ではある。
“五天災”……から私を抜いた原作の竜角散の“四天災”はストーリーに深く関わるボスエネミーだった。どれも竜の中でも別格の存在と描かれていて、主人公サイドは毎回必死な思いで戦っていた。
だがこの世界での五天災はすでに人の手に堕ちているらしい。残る二匹がどうなっているかはわからないが、この調子だと騎士団のポ○モンになっている可能性を否定し切れない。
「“君”もそうなるつもりはない?」
炎で溶けた土の壁の向こうに立っていたレイブリーがニヤリと笑った。
……それが狙いか??いちいち言動が不愉快な男だ。
私を捕らえて、騎士団……あるいは聖竜教で飼うのが目的だとすれば、まぁ理解できないことはない。
それに乗ってやるかは、また全然別の話だが。
”紅の刃“を再び振るった。
今度は薙ぎ払うのではなく”突き“だ。土塊なんかで防御しようもんならそのまま貫通してその向こうにいる女子生徒洗脳おじさんを串刺しにするだろう。
「あー、タンマタンマ。勘弁してよ」
だが、私は炎の刃がレイヴリーに届く前に、刀身を伸ばすのを中止せざるを得なかった。
「これ以上犠牲者を増やすのは良くないでしょ??」
脱力して、気を失っているらしいナカランが盾にされていた。
……私は”紅の刃“を引っ込めた。
「ははは、面白いね。“竜騎士”の僕より“竜”の君の方が人命を大切にしてるなんて。転職する気はない??」
もはや驚くこともない。
今の私はあいつをどうやってボロ雑巾にしてやるかしか頭にない。それ以外の感情は邪魔になるから排除してしまおう。
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