第40話 当ててみろよ

私の目の前には、ゆらゆらと揺らめく不確かな人影があった。


その手に持った炎の剣の陽炎が、向こうの景色を歪めている。


……違う。景色が歪んでるのはそのせいだけじゃない。私自身の視界が歪んでいるんだ。


頭が茹でるようにぼんやりとしていて、気を抜けば今にも倒れてしまいそうになる。武器の重さは普段の何倍にも感じられて、持っているだけで辛い。


それでもやらなきゃいけない。ここで何も残せなければ、私はきっと。一生変わることができない。


私は森に囲まれた、小さな村で育った。


一人娘だった私は、優しいお父さんとお母さんにも恵まれて、小さい頃は毎日幸せだった。

そんな幸せな日々が、段々辛く苦しいものになっていったのは……隣の家の子。クロネが“天才”だと村中で持て囃されるようになってからだ。


私とクロネはちょうど生まれた時期も近く、一緒に遊ぶことも多かった。だけど何をやるにしてもクロネの方が上。自分で街に働きに出て、稼いだお金で勉強道具を買う姿を見て、子供心に「すごいなぁ」なんて思った。

クロネの家はお金がなくて、時々私の家にクロネを預けることも多かった。優しいお父さんとお母さんはクロネを預かって、私以上に可愛がった。


拗ねた私がわざと食器を割って、お母さんに言われた言葉は今でも覚えてる。


“なんであなたがうちの子なの?”


私はそれから、クロネの影で生きるようになった。


どんどんと突き進むクロネの後ろをおどおどと着いていって、置いていかれないようにする毎日。クロネの言うことにはなんでも従っていたら、いつの間にかクロネも私のことを従者のように扱うようになった。

でも私はそれで良かった。クロネの友達でいれば、お父さんもお母さんも褒めてくれた。私が何もできなくても、何でもできるクロネの側にいれば認めてもらえた。


学園に入ってもそれは同じ。クロネの言われるがままになんでもやった。


それが間違ってたと気づけたのは、ある人に出会ったからだ。


「いい?フロナちゃん」


その人は、私が内心嫌で嫌で仕方なかった“雑用係”を進んで、いっそ笑顔でこなして。


「この洗剤が一番油汚れを落とせるんだ」


“すごいだろう”と言わんばかりに真っ黒になった雑巾を見せてきた。


……この人、何しにここに来たんだろう。


……


…………。


“見習いクラス”。


入学時の成績……あるいは身分によって割り振られるその肩書きを背負わされて、笑顔でいれる人はいない。

あのクロネでさえ、騎士クラスの生徒たちに命令された時には不快そうな表情を隠し切れていなかったほどだ。


進んで人に奉仕して、尽くすこと。そんなことをするのは生まれついての敗者で、誰かに勝ったことがない人ばかりだと思ってた。


……私みたいに。


だから、至福の喜びのように……まるでそれが勝者の特権であるかのように奉仕をする彼に、私は……。


「? どうしたの?」


まぁ、その。


……一目惚れ、というか。それに近い状態になってしまった。


いや、ケイさんは普通にかっこいいし……うん。


好きだ。


好き……だけど、彼に今の私が全然釣り合わないってことくらいはわかる。ケイさんにはクロネも目をつけてたみたいだし……まぁ、そりゃモテるよね。うん。


だけど、生まれて初めて……クロネにだってあげたくないものが出来た。


他のものは何だって奪われても、無くなってもいい。だけど……この初恋は絶対に譲れない。譲りたくない。

だから自分を変えるために、チャンスかもと思って対抗戦に出た。自分を変えれるかもしれないって思った。


それで、少しでも変われたら……この想いをぶつけたい。誰かに奪われるまえに奪う。そういう覚悟でいま、私はここに立ってるんだ。


なのに……。


「……」


なんだかよくわからない内に乱入者が出て、対抗戦はめちゃくちゃになって。


よくわからない男の人に変な鎧を着せられたせいで無理やり体を動かされて。


よくわからない透明人間と戦わされて。


よくわからない大きな竜が空に浮かんでいる。


何が起きてるのか、私には全っ然わからない。きっとクロネみたいに、ゼフィ様みたいに、皇女様みたいに……すごい人たちがすごいことをして、すごいことになってるってことなんだろう。


きっと私が何もせずとも、事態は解決していく。私が何をやろうとも結果は変わらない。だから、私は誰かのためとか、何かのためじゃなくて。


私は私のために戦う。


「はぁっ!!」


だから私はあいつを倒さないといけないんだ。



フロナちゃんが、鬼気迫る表情で私に迫る。


正直動くのも辛そうだからベッドで毛布かけて爆睡しててくれれば私も安心できるんだけど。無傷で意識だけ落とすって相当難しいんだよね。

漫画でよく見る首トンってやるやつ。あれとか下手したら意識だけじゃなくて勢いでお命頂戴しかねない危険な技らしいし。試す気にはなれないな。


まぁ、普通に無視しちゃうのが一番いいんだろうね。私は空飛べるし、速度も私の方が格段に上だ。

残酷なようだけど、事実として私はフロナちゃんから容易に逃げ切ることも倒すこともできる。


フロナちゃんがなんで私を倒そうと襲いかかってくるのかはわからないけど、力の差はフロナちゃん自身が一番よくわかってるはずだ。それでもやるという意思を感じる。


めっちゃアツいやんそれぇ。


そんな少年漫画みたいなことされたら、私の中に眠る武人キャラ人格が渋い声で「面白い。汝の覚悟を見せてみよ」って感じでアップ始めちゃうんよ。

それなのに無視して逃げる??美少女が泥まみれで格上(頭脳だけ格下)に挑むとかいうシチュを至近距離で見れるのにそのチャンスを棒に振れと??


それはナイナイ共和国なんだわな。


私がフロナちゃんを迎え撃つ態勢を取ると、フロナちゃんは一瞬目を見開いて、じり……と足を退く。


怖いのかな?それならそれでもいい。命より大事なものはないからね。


「……」


しかし、フロナちゃんは退いた足を止めて……。


私をキッと睨みつけた。


「……当ててみせます」


!!


な……なにを〜〜〜〜……!?


ふ……ふざけやがって……


後悔しやがれーーーーっ!!!!


びゅっ、とフロナちゃんが踏み込み、槍を突き出した。


私はその一手を完全に目で捉え、後ろに飛んで躱そうと……。


した瞬間。フロナちゃんが“加速”。


その勢いは私の虚を突くには充分で……。


「えっ」


武器が私に届く瞬間、フロナちゃんは大きくよろめいた。


態勢を崩したフロナちゃんが地面に倒れる……。


ぽすっ


前に、私がフロナちゃんを受け止めた。


「あっ……」


足元に泥。これはフロナちゃんがさっきまで纏っていた鎧が濡れて地面に垂れ落ちたものだ。

これで一歩踏み出すと共に、ぬかるんだ地面を滑るようにして間合いを詰めた。


だけど、踏ん張りが効かずに転んでしまったわけだ。


でも……。


とんっ


私の腕に、フロナちゃんの武器が触れた。


“当ててみせます”。


その宣言は嘘じゃなかったわけだ。


『流石だね』


声も顔もわからないだろうけど、確かに見届けた。


「……」


フロナちゃんはどこか上の空で……私の顔に触れようと手を伸ばす。


「あっ……」


その手が触れる前に、私はそこから立ち去った。


そして……。


さっきまで私を狙っていたナカランがいたはずの場所へすぐに移動する。


戦いの途中から、矢が飛んでこなくなっていた。


その上、遠くの方でかすかに争う音。


「……」


私が到着したそこで繰り広げられていた光景は。


「……あれ、来ちゃったか」


地面から伸びた剣が、ナカランの胴体を貫通している光景だった。


“紅の剣”を地面に突き立てる。


“炎獄”。


そこは一瞬にして、炎の柱が突き立つ闘技場へと姿を変えた。


「……ふぅん。これでもう逃げられない、ってわけね」


地中に隠れれば熱で焼かれる。空も地上も、私の方が速い。


「ま、そろそろ追いかけっこにも飽きて来たしね」


そいつは背中を震わせて笑った。


「終わりにしようか」


お前がな。


炎の剣が振り下ろされ、レイヴリーを飲み込んだ。

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