第38話 二の矢三の矢

いやもうホントにやらかしたわ。


レイヴリーの件でいろいろと沸騰してた頭、完全に冷えました。冷えっ冷えです。急速冷凍してますマジで。


ノアたそに正体バレた……。


いや、確信はしてないっぽかったか??でも、そもそも正体を隠すための透明化なのに、私の名前を言い当てられたこと自体が盛大なやらかしだ。あーもうマジで誰か私を殺してくれ。時間をやり直させてくれ。今からでもタイムリープ系のストーリーに変更できないかなー無理かなー無理かー……。


透明人間状態の私と翡翠の竜が結びつくのはいい。だがケイと透明人間が結びつくのはマズイのだ。だって、そこからは後で連想ゲームで翡翠の竜まで行きつかれる可能性が大いにあるんだから。現にレイヴリーという実例がある。


ってかマジでなんでバレた??一瞬攻撃を避けるために透明化が解けちゃったからか?つってもマジで一瞬だし、見えたとしても多分頭のほんの一部くらいだぞ?それで私の正体までわかるもんか??


……ノアたそなら行きつきかねん、か。


だって天才だからな、あの子は。


くっそー……ノアたそにとっては幼少期の、ほんの数年一緒に居ただけの子供ってだけの認識のはずなのにそれでも覚えてるとかマジで記憶力バケモンかよ……あの調子だと今までにすれ違っただけの人間の顔全員覚えてるとかやってても不思議じゃない。


っていうか、そのレベルじゃないと私が間抜けすぎる。まさかノアたそが私のことを特別強く覚えてたってわけでもないだろうし。

推しに認知してもらえてるだけで+100兆幸福ポイントなのに、それ以上を求めるなんてのは強欲の壺というもの。


ちなみに、私の方はもしノアたそが透明人間になっても“気”でわかるから。そこんとこよろしく。五感全てを奪われても魂で存在を感じ取ることが可能だ。限界竜角散民舐めないでもろて。


だが、これで余計レイヴリーの方を逃すわけにはいかなくなったな。


ノアたそに私の正体がバレかかってる以上、翡翠の竜とのラインは最低限切れないとまずい。いやまぁすでに大分アウト気味ではあるんだけど……最悪の中の最悪までは行きたくない。そのためにはやはりレイヴリーを捕まえないとダメだ。


あいつは今、どこかの地下に潜って私が他の生徒たちに襲われるのを高みの見物……もとい低みの見物をしている可能性が高い。焼死体を見れば、私が犯人だって誰でも思うだろうからね。


どうやって探せばいい?ずっと地下に潜られてたらこっちも手の出しようが……。


……む。


風を切る音。これは矢だな。


風の防壁を纏って防ぐ。


『!』


防壁を“突き破った”矢が私の顔に向けて飛んできた。


身を捩りながら背を逸らし、何とか躱す。


『……』


体制を崩した所に第二射。


ここで最初の一矢は当てる気のないただの陽動であったことに気づいた。放たれた矢は確実に、私の頭部を狙って飛んできている。どうやって避けるかまでわかってたわけね。


地面に向かって爆発的な“強風”を起こし、その勢いで空中に飛び上がった。


着地し、矢が飛んできた方向の周囲を探っても誰の気配も感じられない。すでに位置を変えたらしい。


……あの矢、どうして私の防壁を抜けた?竜器か?矢に貴重な竜器を取り付けて消耗品として使うのは考えづらいから、弓が竜器……。


いや、そうか。


多分、今のはとてつもなく“重い”矢なんだ。


軽い矢なら風に流されて逸らすこともできるが、重い矢は軌道を逸らしづらい。鏃にそういう類のものが使われていたのかも。


だけど、そんなもの飛ばそうと思ったらかなりの勢いが必要になる。普通の弓で射っても途中からどんどん高度が落ちて最終的には地面と感動のkissだ。その地面の中にどっかの副団長がいて刺さったりしたら最高の瞬間だけど。


常人には引けないくらい硬い弦を引く腕力と、それを少しのブレなく操る技術と、私の行動を先読みする判断力。とんでもない弓の名手だ。


言わずもがな、あのナカラン女史の手腕ですねェェェェェ〜〜〜(メガネクイッ)。。。。


炸裂するのか?あの一人で製品版の対象年齢を引き上げたとされる“語録”が。この耳で拝聴してもよろしいでしょうか。


いや、抑えろ私。“欲望”を……。今は時間が惜しいんだ。ここは逃げて、とにかく土塊男を探すのが優先。どっちみち手は出せないんだから、追うだけ無駄というものだ。


……でもちょっとくらい覗くくらいは良くない?うん、きっと平気なはずだよね。すぐ見てすぐ戻るだけ。5分で終わるから。大体、普段は欲を抑えて原作キャラとの接触控えめにしてるんだからちょっとくらい羽目を外す時があったってよくない??うん、きっと良い。あ、そうだ今度サイン色紙用意しとこう。原作キャラ全員分用意してそんで部屋に飾るんだ。誰かに見られると困るから隠し部屋でも作っとこうかな。あ、全員分っつってもレイヴリーはいらないかな。顔面インクまみれにして顔型取れればいいや。っていうかマジであいつ何処行ったんだよまさかまた他の生徒に手ぇ出してんじゃないだろうなあいつマジで顔面凹ませないと気が済まないんだが。


「……」


あれ。


振り向くと、そこに立っていたのは小柄な女子生徒だった。


フロナちゃんだ。


なんでこの子がここに……危ないからこんな場所に近寄らないで欲しいんだけども。


まぁ、例に倣って逃げ出すとします、か……。


「う、あ……」


……。


フロナちゃんの体を、泥で出来た鎧が覆っていた。


彼女は目を恐怖の色に染めながら、手に持った槍をこちらに向けてきた。


「嫌……」


そのぎこちない動きからは、明らかに彼女が自分の意思でない何者かによって操られているような状況にあることがわかった。


そんなことを一体誰がするのか。


ま、あの鎧が泥で出来てるって時点で完全にダウトなんだけどね。


ほんと、私のヘイトを稼ぐという点においては天才的だな。


この子を助けた後は、裏で操ってる奴の方を鎧に加工するとしよう。



「怒ってるね〜、“彼”」

「……」


ナカランは、遙か遠方で鎧を着た女子生徒と対峙する透明な男を見据えながら、背後で枝に寝そべりながら笑う男へも警戒を向けていた。


「そんなピリピリしないでよ。一応僕、君たちの先生なんだよ?」

「この状況で何もしない人のどこが先生かわからない」

「いやいや、必死なんだってこっちも。これ以上あれを野放しにして、生徒から犠牲を出すわけにはいかないからさ」


レイヴリーが悲しそうな顔でそう言っても、微塵も感情の揺らぎを感じられないのはいっそ人形と話してるようにすら感じられる。


“生徒を焼死させた犯人を倒すために手伝ってくれ”……ナカランは、突如としてその場に現れたホーンブレイブ竜騎士団副団長レイヴリーにそう呼びかけられた。


彼は偶然演習場の中にいて、この隔離された空間に巻き込まれてしまったのだと。そしてその犯人を演習場内を徘徊する透明な男に定め、これを討とうと手を尽くしているのだと。

レイヴリーは竜騎士。それも副団長だ。その言葉に嘘はないと信じていいはずの相手が、何故かナカランには全く信用ならなかった。そしてそういう場合の“嗅覚”は大抵当たる。


「……あの子、誰かに操られてるみたいだけど」

「君を動揺させるための自作自演さ。架空の敵を作り上げて本物の標的を油断させる。よくある手だよ」


透明な男……いや、男かどうかすらわからないその人物に、鎧の女子生徒が拙い動きで斬りかかる。それでも透明人間は一切反撃するような素振りを見せなかった。


「……」


私が狙うべき相手は、本当にあいつなのか。


ナカランの胸に浮かび上がる違和感。その正体を掴む前に。


───!!!


“咆哮”が響き渡った。


「……これって」


バサ、バサ……という風を叩く音が、そこかしこから聞こえる。


「わーお、こりゃ驚いた」


レイヴリーが、口をニヤリと弧の形に歪めた。


「まさかこんな閉鎖空間に竜が出るなんて、ねぇ?」


───。


浮かび上がった巨体が、地面を這う小さな命を見下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る