第36話 本物の化け物になれたなら

「……死人が出たじゃと?」


ルゼフィールは、エレオノーアからもたらされた凶報に眉を吊り上げた。


「では対抗戦などしてる場合ではなかろう。騎士団はなぜ動かん」

「事態を把握していないのでしょう。恐らく、内部の様子を監視してる竜器に細工をされたわね」

「……チッ」


腕を組み、つま先で苛立たしげに地面を叩くルゼフィールは何かを考えているかのように額に手を当てていた。


「お、おい。姫さん!マジでアレはヤベェんだって!嘘じゃねぇよ!!」

「みなまで言うでないわ。そんなくだらん冗談を言う女なら最初から相手にしておらん。そんなだからおぬしはいつまで経っても皮被りの童貞小僧なんじゃ」

「えぇ」


善意の忠告のつもりが過剰なカウンターパンチを食らったグロッダが微妙な表情で項垂れる。


「……やむを得んか」


ハァ、と溜息を吐いてルゼフィールが顔を上げた。


「一時休戦じゃ、エレオノーア。今は残った生徒の安全確保と、その透明な男とやらの撃破を最優先に動くぞ」

「えぇ。そのためにここに来たわ」

「ハッ、食えん奴よ」


エレオノーアが事態を把握して、真っ先に東軍に攻勢を仕掛けているルゼフィールの元にやってきた。それが意味するところは、エレオノーアはルゼフィールの行動パターンや、事態を知れば必ず協力するだろうということを全て読んだ上で行動したということだ。


(このままやり合っておれば、負けていたのは妾の方かもしれんのう)


エレオノーアという、真意の見えない鉄の女に対する警戒度を一段階引き上げつつ、ルゼフィールは動き出した。


「あなたも来なさい、ナカラン。遊んでいる暇はないわよ」

「別に遊んでるわけじゃないけど」


木の枝にぶら下げられていたナカランが地面に降り立つと、エレオノーアに気づかれない程度に安堵の息を吐いた。


(有耶無耶になりそうでよかった)


緊急事態だが、彼女にとっては自分の失態をどう始末付ければいいのかが一番の心配事だった。事件が起きたことはナカランにとって寧ろ救済だった。ナカランはこの日、初めて神に感謝した。


「急ぐわよ。あなたが情報をペラペラ喋った件についての話し合いは後にしましょう」


神は死んだ。


しっかりと情報を得ていたエレオノーアに、ナカランはいっそ仏のような表情になって彼女に着いて行った。



……。


(……すごいなぁ、やっぱり)


突如としてエレオノーアが現れ、すぐさま事態を飲み込んで対抗戦の中止を決断したルゼフィール。自分より常に一段階、二段階上の次元で話し合っている二人を、フロナは遠く見つめていた。


自分と同じ年代、同じだけの時間を過ごしてきたはずの同年代の少女との距離がとてつもなく遠い。その距離は多分、今まで生きてきた人生の濃度の差だ。

フロナが故郷で部屋に閉じ籠って同じ本を読んでいた時間、二人は政治という厳しい競争世界に身を置いて生きてきた。生きてきた人生のレベルが違うから、私は蚊帳の外で二人は中心にいる。


突然現れたという敵にも冷静に対処できる。私には今、何をすればいいのか全くわからないのに。


(……あれ?私、なんでここにいるんだっけ)


そのことを自覚した瞬間、フロナの脳裏によぎるそんな考え。


そう、私は誘われてここに来た。誘われて来て、やれと言われたことをやって、命令されるままに動いて。


……あ、私って。


何も変わってない。


「……」


足元が崩れ、無限の暗闇に落ちていくような感覚がする。


何か致命的な失敗をしたわけじゃない。人に迷惑をかけるようなことをしたわけでもない。そのことが、フロナをこれ以上なく絶望させた。


だって、私は何もしていない。


変われたと思ってた。何かが出来る、特別な人間になれたと思ってた。今までの私とは違う、って。だけど本当は何も変わってない。私は相変わらず落ちこぼれで、自分の意思なんて何も持っていない……どこにでもいる人間。


私は何者にもなれていなかった。


「……何か、何か、しないと」


気づけば、エレオノーアもルゼフィールもいなくなっていた。いや、誰もいない。さっきまでいた人たちは皆、自分にできることをするために動いた。それができる人だからだ。


こんな重要な場面で、何もない場所で立って終わってるだけ??


何かしないと、私はいつまで経っても変われない。何か……何でもいい。どんな形でも。


爪痕を残さないと。


「やぁ」


……気づくと、隣に男が立っていた。


「!?」


私は瞬時に飛び退いて、戦闘態勢を取る。


「……誰、ですか?」


その男はニコニコと、人の好かれそうな笑みで笑っていた。

だけどその笑みはまるで張り付いているみたいに無機質で、何の感情も乗っていないように感じる、底知れないものだった。


自然と握る槍に力が籠る。


「そう警戒しないでよ。僕は竜騎士、助けに来たんだ」

「……竜、騎士?」


……おかしい。竜騎士の助けは来ないって、さっき二人が……。


あっ、でもこの人、知ってる。思い出した。確か騎士団の……。


「君の力を貸してほしい」


……。


「私の、力?」



あの土塊野郎マジどこ行きやがった。


そこかしこでそれっぽい風の流れを一瞬感じ取ることが出来るけど、すぐに消えてしまう。地面から出て、潜ってってのを繰り返してるんだろう。

今更だがあいつが持ってる竜器の能力は厄介だ。土塊を操るだけと言ったら弱そうだが、実際石や泥を操れるのはあらゆることに応用が効く。


地下の移動速度に関しても、あらかじめ演習場の下に空洞を掘っていたんじゃないかな。だからあのスピードで移動できる。どこからでもアクセスできる高速地下鉄道だ。しかも一人乗り専用につき、満員電車の苦痛もない。日々すし詰めになりながら会社に行って、一日中働いてるどっかの社畜国家の皆さんに土下座してほしい。


とかなんとか言って、ふざけてる場合じゃない。騒ぎに気づいたのか、あちこちで悲鳴やら怒号が聞こえてくる。


……こんだけの騒ぎになってるのに、竜騎士団が介入してこない。外の人たちは中で何が起きてるか把握してないのかな?だとすれば、それをやったのもレイヴリーだろう。あいつは計算してこの状況を作った。


“ここから逃げればまた生徒を殺すぞ”……そんな心の声が聞こえてくるよ。


学園が襲撃された時、私は生徒たち、正確に言えば殿下たち3人を守る動きを見せた。生徒を人質に取るのは有効だとでも考えたのかな?あぁ、そのためにロッド様も誘拐したのか。つまり……


全部私のせいでこんなことになったってわけね。


くだらんこと考えるよなー、本当に。


頭割って脳みそ覗けばなんでそんなこと思い付くのかわかるかな??


……。


ダメだな、自分に言い聞かせてるのに冷静になり切れない。今は犠牲者を出来るだけ減らすことが第一ってわかってるのに、どうしても感情が前に出て来てしまう。


もっと、感情とか悩みとか……そういうものを一切感じないような。


本物の化け物になれれば、楽なんだけどな。


「“流星”」


中々、そうはいかないらしい。


空から降り注いだ石礫の雨。それを“紅の刃”を振り払って退ける。


「ふむ。それが例の炎の剣か。未登録の竜器……危険極まりないな」


どこからか声が聞こえ、その位置を把握する前に。


──!!!


足元が陥没した。


「おぉ、派手じゃな。いつの間にそんなものを仕込んだ?」

「地下に空洞が掘ってあったわ。それを利用しただけ。騎士団は地盤調査を怠っていたみたいね」

「許してやれ。彼奴等も人員不足なのじゃ」


声二つ。どちらも若く、美しく、気品があって、素晴らしく透明感のある声だ。一人カラオケを録音した後、あまりのダミ声に絶望した私の剛田ボイスとは比較にならないな。


そのCV、“正解”です。


「さ、少々遊んでやろう。面白人間」

「遊ぶ……?殺してしまえば、それで終わりでしょう」


エレオノーア、ルゼフィール。二人の“女王”が私を上から見下していた。


ありがとうございます。

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