第35話 暴風竜

「答えないってことは、当たってるってことでいいのかな?」


思わぬ言葉に膠着してる私に、レイヴリーはけらけらと笑いながら言った。


……殺すつもりはなかったけど、手加減したつもりもなかった。そこそこダメージが入ってるはずだけど、思ったよりも余裕そうだ。


「がはっ!?」


もう一発入れとこう。


「ぐっ……。容赦、ないね。はは……」


そりゃそうでしょ。こちとら人生の希望を殺されそうになったんだから。ロッド様の誘拐も多分この男が主犯。ツーアウトだ。私は出来る限り人は殺したくないし、それが原作キャラとなると尚更だけど……その中でも優先順位がある。


ノアたそやロッド様といったメインキャラ、そして最推しの殿下がヒエラルキーの頂点だとしたら、今転がっているレイヴリーは中層の、下の方。

命をランク付けするなんて傲慢の極みだとは自分でもわかってる。だから、よっぽどの事態が起こらない限りはこんな優先順位に意味がない。


よっぽどの事態ってのは、原作キャラ同士で殺し合いになるようなことだ。そして私が何も干渉せずに原作通りに時系列を動かせば、確実に未来でそうなるってことがわかってて、それを阻止するためにやりたくもない悪の組織の乗っ取りなんてことをやってる。


最悪の事態を避けるために、私も出来ることをやっているつもりではいるけど、私は自覚できるくらいには馬鹿だからね。完璧じゃない。

もっと頭が良くて倫理観もしっかりしてて、あらゆることを完璧にこなす超人みたいな人間が私と同じ力を持っていれば話は早かっただろう。だけど、残念なことに選ばれたのはただの限界オタクである私なんだ。


全てを救うことが出来ないなら、助ける人間を選ぶ。それが私に出来る精一杯で……ましてや、私が助けたい人間を傷つける奴がいるなら、そいつは私にとって敵なんだ。何者であろうと。


この男、レイヴリーは危険だ。何を考えてるかわからない。しかも私の正体に半分勘付きつつある。


だから彼の態度によっては、私もやるべきことをやるだけだ。


「……だけど、あぁ、やっぱり思った通りだ」


そこまでしても、レイヴリーは口を抑えて笑うだけだった。


「君は甘いな」


ボコ、という何かが盛り上がるような音とともにレイヴリーが消えた。


……土に潜った。


地面を移動してるのかな?移動の軌跡が読めない。


地上に出たら位置は風が教えてくれるけど、地中ほど風通しの悪い場所はない。リフォームしたらどう??


こんな風にさ。


……名前どうしよ。


うーん、これでいいや。


手に“紅の刃”を出現させ、炎の刀身を地面に突き刺す。


『“炎獄”』


──ッ!!


地面を駆け巡る膨大な熱は、地表を裏返して跳ね返りながら、火山噴火のように炎を噴き上げた。


突き立つ炎の柱の連続は、まるで火で出来た檻だ。


バコォン──!!!


という派手な音がして。あちこちから土砂が降り注ぐが、その中に地中を潜航しているはずのレイヴリーの姿はない。

地面の中で焦げて死んでる、とは考えづらいな。そうだとしたら肉片がそこら中に散らばっているはずだ。


逃げ切られちゃったかな。


『……ん』


南方向から流れてくる風の温度が変わった。


僅かな舞い上がった土埃と、焦げたような匂い。


『そっちか』


レイヴリーは南に逃げた。


移動しよう。


地面を蹴って、突風と同じ速度で移動する。


瞬きする間に、レイヴリーがいたであろう場所に到着した。


さて、この辺りにいるはずだけど……。


……ん?


「……あなたは、誰?」


ほあ〜〜〜〜っっ!!?皇女!?皇女エンカウント何故!?ありえない話し!!!


なんでノアたそがここに……。


って、おい。


「──」


ノアたその後ろに、地面から姿を現したレイヴリーが見えた。


その手に持った槍は、確実にエレオノーアの心臓を狙っている。


させるかよボケ。


“紅の刃”を振り下ろす。


「!!」


(誠に申し訳ないことですが)ノアたその髪を僅かに掠った炎の剣筋が、レイヴリーを確実に捉える……。


寸前に、再びレイヴリーは姿を消した。


チッ、マジで逃げ足早すぎだろ。


「……!! 逃げるわよ!」

「え、あ、えぇっ!?」


……あ。待って、違……。


……。


攻撃を受けたと誤解したノアたそが、もう一人の男子生徒(顔は見えなかった)を抱えて逃げ出してしまった。


……泣いていいですか??



「お、おい!エレオノーア!?なんで騎竜に乗って逃げなかった!?」


森の中を走るエレオノーアは、後ろからかけられた声を鬱陶しく感じつつも答えた。


「あの炎の剣、刀身が伸びたわ。射程に限度がないとしたら、空に逃げるのは下策よ。良い的だわ。もう煙幕もすっかり晴れてしまったし」

「お、おぉ……すげぇな。あの一瞬でそこまで考えてたのかよ」

「当然でしょう。あなた……」

「……?」

「……」

「グロッダだよ!!」


突如発生した奇妙な沈黙が、名前がわからない故のものだったことに気づいたグロッダが叫ぶ。


「そう。あなたは木々の間を蛇行しなさい。捕捉されないように」

「名前で呼べよ!……え、“あなたは”って」

「私はここで、あの透明人間を迎え撃つ」

「はぁ!?」


何を言ってるんだこいつは、とばかりの驚愕顔をしてグロッダが立ち止まった。


「ば、バカ言え!あんな奴、どう考えたって俺らの手に追えねぇよ!!演習場の外にいる騎士に頼んで……」

「おかしいと思わないの?」

「……え?」


平民であるグロッダは恐れ多いと理解しつつも、エレオノーアの肩を掴んで説得しようとして、返ってきた言葉にきょとんとした顔をした。


「あなたの言うとおり、あんな明らかな異常事態が発生しているのに、対抗戦を管理している騎士団から何の声明も出ていないわ」

「お、おぉ……確かに」


学術対抗戦は、遠見の効果を持った竜器によって大画面に映されている。炎の剣を振るう透明な男。あれが想定されたものでないなら、当然騎士団は中止の判断をするはずだ。


それがない、ということは……。


「……まさか、誰も気づいてないのか?」

「そう考えるべきでしょうね」


グロッダはエレオノーアの答えに、顔面蒼白となった。


(演習場は、不正防止のため外界と仕切りで区切られている。安全のための防衛設備が裏目に出たわね。竜器さえ操作してしまえば、外部から中の様子はわからないわ)


直近で起きた事件のために、警備が強化されたことが、むしろ現在の状況を外に漏れ出させないための檻として機能させていた。


……だが、理屈としては理解できても実行に移すとなればアクシデントはいくらでも起こるはずだ。ただの外部のものがここまで計算して状況を動かしたとは考えにくい。


「……」


脳裏に浮かんだとある可能性。その正体を探ろうと思考を巡らし……。


「お、おい……」


横から投げかけられた言葉で中断される。


「なに?いった、い……」


……足を止めたエレオノーアの目に飛び込んできたのは。


「……」

「あ、これ、し、死……」


学園の制服を着た誰かの……“焦げた”遺体だった。


……


…………。



「……」


……。


火に焼かれた制服を着た死体が、そこかしこに転がっている。


……私はそれを無言で見つめていた。


いつだったか、SNSを脳死で眺めてる時に不意に流れてきた、戦争で死んだ子供の写真を直で見てしまった時。そのインパクトの強すぎる光景が一週間ぐらい頭を離れなかったりしたものだ。


ネットに慣れ、そうした不意のグロ爆弾を喰らったことは数知れず。おかげで特に高くもなかったグロへの耐性がしっかりとついてしまった。

私はかろうじて耐えれたからよかったけど、そういう衝撃画像に耐えれなかった人が過激な運動家になったりするのかなぁ、なんて考えたりして。


まぁ、何を言いたいかと言えば、だ。


今の私は、そういう世に蔓延る運動家が掲げるような過激な思想よりも、遥かに過激なことをしようと考えている。


殺そう。


殺して燃やして、死体を吊るして見せ物にしよう。


……お前がやったことと、同じようにな。


私は、体内にある普段は押さえつけていた竜のエネルギー、その全てを解放した。たった一人にぶつけるための過剰な力を。


────!!!!!!!


暴風が吹き荒れる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る