第34話 屋上行こうぜ

まずいことになりました。


迷っちった!(笑)


いやね、聞いて欲しいんですよ私の言い訳を。


モモカ嬢による犯行の瞬間をうめぇうめぇとばかりに摂取した私は、そのまま西方向に向けて歩き出したわけ。私が用があるのはは西軍本陣にいるであろうロッド様……の偽物だ。当然、ここから西方向に歩いていけば辿り着くだろうと踏んで鼻くそほじりながら歩いてたのよ。


んで迷ったのよ。


なんで?って思うじゃん。多分これは幾つかの“事故”が重なった結果だ。


まず、ノアたそが対抗戦開幕ぶっぱした煙幕による目眩し作戦。当然撹乱作戦として非常に有用に働いた超天才美皇女にか考えつかない神策であるわけだが、これには一つ穴があって、煙幕というのは長時間効果を発揮しないということだ。特にこんな広範囲の場合はね。


だからノアたそは“風”を操るなんらかの竜器をあらかじめ演習場に設置しておいて、その欠点を克服したと考えられる。


そう、風だ。風が乱された。


私は方角を知る上で風、いつも風を参照している。吹いてくる方角、温度、風速。全てが方角どころか、地形情報の全てが記された天然の地図のようなもので、これがあればまず迷わない。


ただし人為的に風が乱されていない場合に限る。


えぇ、見事に迷いましたとも。西に向かってるかと思えば何故か南に行ってたり東に行ってたり。一番酷かったのは森を抜けて北東に流れてる川に着いちゃった所かな。真逆やんけ。


というわけで、最初からそうしとけよって感じだが体を不可視の風で覆って空から直で現場に向かうことにしました。横着した結果貴重な時間を無駄にしてしまった。この間に生徒の誰かに危害を加えられてたとしたら天狗の面を被った人が腹を切って詫びるしかない。

まぁ大丈夫だけどね。迷ってたってもせいぜい数分。私はそもそも移動速度が速いのだ。周囲の被害を気にしないならソニックブームが出るような速度で移動できる。だけど本日は安全運転だ。


空から地上に降りる。流石に時間も経ってきたからか煙幕は薄れ、視界は徐々に開けていく。そうでなくても私の周囲に吹いている風が、自然と白い霧を晴らしていくのだ。


そうして周り道の末辿り着いた西軍本陣……そこにはすでに二人の人影が立っていた。


「〜〜」

「〜〜〜!!!」


なんと、麗しの殿下……と全身の皮膚が剥がれたバケモン。あれが“隠匿師”だ。美青年と野獣とはまさにこのこと。いや、でも殿下はあれで結構プレイボーイな所があるからむしろ美青年で野獣で美女。ついでに王子でもあるからもはや一人で全部の役こなしてるとも言える。


この一人貴族が……っ!!


会話の内容は聞こえないが、隠匿師の方が激昂していて、殿下を殺そうと暴れ回ってるみたいだ。だけど殿下は涼しい顔。ちょっと負傷しているみたいだが、涼しい顔で隠匿師を相手している。


なるほど、ロッド様に危険が及ぶとなったら殿下が動かないわけがない。素晴らしい原作理解度……この脚本を書いたライターに溢れんばかりの拍手を送ろう。


素晴らしいっ……!素晴らしいっ……!!


いやしかし、殿下が軽傷とはいえ傷を負ってしまったのは不覚の至りだ。ただでさえ満足に動かせない体のはずなのに。

自分の体のことなんてお構いなしで、家族に手を出すような奴には自ら鉄槌を下す……そう、今更だけど私はあの人と同じ世界に生きているし、同じ酸素を吸っている。


そのことが堪らなく幸福なことであり、ただそれだけで私は今すぐ死んでもいいというくらいに満たされている。


だからこれは私のわがまま。彼が生きる彼の人生を、陰ながらほんの少しだけ手助けして良い方向に持っていければ。という身の程知らずな介入だ。


殿下が隠匿師の首に手をかけ、とどめを刺そうとする……というところで小さな“風切り音”が聞こえた。

普通の人間じゃ気づかないような小さな音だ。それこそ私が周囲に風を巡らして、気を張っていた状態でもないと気づくことが出来ないような。


だから私は少しだけ“気流”を操作する。風を切って飛来したソレが、わずかに軌道を逸れるように。


「……あ?」


飛来していた“矢”が、殿下の頭を掠めて明後日の方向へと飛んでいく。

それは数百m飛んだところで木の幹に命中し、わずかに葉を舞わせただけの結果に終わった。


“隠匿師”に仲間がいたらしい。聖竜教の連中かどうかはわからんが、殿下に手を出した罪は重いよ〜??


ねぇ?“副団長”。


「!!」


グシャ。という音と共に“骨”が砕けた。


殿下に矢を放った下手人の後ろを瞬間移動的に位置取った私が、全身を泥と落ち葉で簡易なギリースーツを纏い、弓を構えていた人影の首を抑えた音だ。

一瞬“やべっ、殺しちゃったか?”と冷や汗をかいたがすぐにそれが偽物……“泥人形”であることに気づいた。


“竜角散”じゃ殆ど描写されなかったけど、レイヴリーは泥を操る竜器の使い手だった。なるほど、それでダミーを作ったわけか。遠隔で動かせるなんて随分便利な代物だ。


だけどこれで確定だ。やっぱり殿下を狙ったのはレイヴリーで間違いない。


なんで味方であるはずの殿下を狙ったのか、目的はなんなのか。それはもう全部どうでもいい。見つけて、多少ボコって、その後で聞けばいい。


レイヴリーは必ず近くにいるはずだ。そうでなきゃ、泥人形がいくら精巧でも狙撃なんて出来ない。少なくとも殿下が肉眼で確認できる場所にはいるはず。まだ遠くには行っていない。


どこだ?どこにいる。


私の“風”はすでに、周囲5kmほどに張り巡らせているが近くに人の気配はない。地下、あるいは空か?いや、空に行くなら騎竜が必要なはず。生徒の駆っている騎竜を奪うのは現実的じゃない。リスクが大きすぎる。


だとすれば地下か……。


と、私の意識が“下”に向いた瞬間。


“隠匿師”の気配が“二つ”に増えた。


「!? まずっ……!」


キンッ──!!


金属と金属がぶつかる。そんな音が聞こえた。


「レイヴリー……!?テメッ……!」

「悪いね、カルヴァン。しばらく死んでくれ」


見ると、“隠匿師”の足元……脱ぎ捨てられたように重なる“肉”の中からレイヴリーが顔を出していた。

背後から襲いかかったレイヴリーを、カルヴァンは神懸かり的な反応で迎え撃ち、槍と剣が衝突し火花を散らしている。


その瞬間、私は翔けた。


「!!」


レイヴリーの隣を通り抜けざま、勢いそのままに回し蹴りで彼を吹き飛ばす。


「なにっ……」


驚愕に目を見開くカルヴァンの目にも留まることなく、吹き飛んだレイヴリーに“追いつく”。


「ごぉ……ッ!!」


ダン、ダンッ、とボールのようにバウンドするレイヴリーに追いつき、蹴り上げる。その一撃は腹に入ったようで、彼は口から声にならない空気を吐き出して悶絶した。


「ごほっ、がほっ……!!」


地面に倒れ伏し、のたうち回るレイヴリーを私は自分でも自覚できるほど冷えた目で見つめていた。


仮にも原作キャラなのに、ここまで同情や憐憫の感情が湧かないものか。


このまま気絶するまで、少々痛めつけておこう。


「がほっ……く、くくっ……!!」

『……』

「ははは……!!はははは!!」


のたうち回ったまま笑い始めたレイヴリーを前に、私は足を止めた。


「ははは、痛ってぇ……!!ははっ、マジで痛ぇ……吐きそうだ」


よろよろと立ち上がったレイヴリーは、歯を食いしばって口から涎を垂らし、目には涙を浮かべ、足はがくがくと震えていた。


そして、心底おかしいかのように笑っていた。


「やっぱ、あんただよ。あんたしかいない……ようやく見つけた」

『……』

「俺の“希望”」


どうやら、彼は“泥”で腹部を瞬間的に守り、衝撃を和らげたようだ。思ったよりダメージは小さいらしい。


もう一発。と、私は一歩踏み出した。


「なぁ?……“翡翠の竜”さんよ」


……。


マジ??

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