第33話 遷移

「チッ」


確かに首を掻き切ったはずの、弟の姿をした何者かがズルリと腕から抜けたのを見てカルヴァンは舌打ちした。


「全身に皮を纏って、他人に化けるわけか。チンコみてぇな奴だな」

「下品な言い方はやめてくれる?あんたには到底真似できない自慢の仮装技術なんだよ!!」

「知らねぇよ。ズル剥けインポ野郎」


剥がれた皮から出てきたのは、カルヴァンが“ズル剥け”と評したように一切の“皮”が剥げ落ちた異形だった。頭髪は一切なく、皮膚は焼け爛れ、ギョロリとした目がカルヴァンを睨んでいる。


悲惨なことに、体格から“ソレ”が女性であることに気づいたカルヴァンは深くため息を吐いた。


「……こんなに抱く気の失せる女にゃ初めて会った」

「あぁ!?」


瞬間。


「!!」

「てめぇ、調子乗ってんじゃねぇぞ猿風情が!!」


カルヴァンに一瞬で肉薄した彼女の“腕”が、カルヴァンの手甲を捉えていた。


「おらぁ!!」

「ちっ……!」


──!!


間髪入れず放たれた“蹴り”によってカルヴァンは大きく吹き飛び、木の幹に激突した。


「……いてぇな」


カルヴァンは衝撃に顔を歪めながらも、立ち上がって目の前に立つ異形を睨んだ。


「なんだ、死ななかったのかよ。つまらないわね」

「てめぇみたいな雑魚にやられるほど落ちぶれちゃいねぇよ」


カルヴァンは蹴りが届く瞬間、自ら地面を蹴って大きく後ろに飛ぶことで威力は逃した。


だというのに……。


「……」


掠っただけで、あばらが一本イッた。


普通じゃない。体術の達人だとか、あるいは靴に凶器を仕込んでいたとか……そういう類の小細工では説明できない圧倒的なフィジカルの強さ。


「……これが“竜人”ってやつか?」

「はっ、だったら何?」


竜人。


竜玉を直接その身に埋め込むことで、竜と同等の身体能力を手に入れられるという眉唾物の存在。


「さぞいい気持ちなんだろうよ。トカゲの心臓移植で上辺だけ強くなれるってのは」

「は?」

「タマの移植。まぁ、度胸もねぇ奴が縋り付く外法ってとこか。汗水垂らして体鍛えるより、博打で生きるか死ぬか。潔ぎ良くはあるな」

「……何言ってんだてめぇ、さっきから」

「ははっ、口調が崩れてきたな。そっちが素か?まぁ口悪いのは俺もだ。お互い育ちが出るな?」

「だから!何が言いてぇんだよテメェッ!!」


ダン、と地面を踏みしめた彼女の目は血走り、カルヴァンを射殺さんばかりに鋭い。対してカルヴァンの目には、嘲るような余裕が感じられた。


「昔な、この学園でこういう事件があった」


空を見上げる。


「成績優秀、品行方正、由緒正しいお家。そんな絵に描いたようなお嬢様が……ある日、全身に大火傷を負って学園から消えたってな」

「……」

「だが悲劇はまだ終わらねぇ。退学した女子生徒はさらに、実家に戻った後で親に絶縁を言い渡されたそうだ。“お前は家の恥だ”ってな。何故か?」

「おい」


カルヴァンが話すごとに、彼女の……“女子生徒”の足がふらつき、目が見開かれる。


「大火傷の原因は……当時成績ぶっちぎりのトップで、神童と言われた“平民”の出の女子生徒の顔に、一生消えない焼き印を入れようと暗躍した結果の自業自得だったからだ」

「黙れ!!」

「その愚かな女子生徒の名は教訓と共に学園に語り継がれてる……お前が一番よく知ってるだろ?」


ニヤリ、とカルヴァンの口の端が弧を描いた。


「“ソフィア”ちゃんよぉ」

「あああああああぁぁぁぁッッッ!!!」


寄声と共に走り出した怪物が、再びカルヴァンへと迫る。


「おらっ、よっ!」

「ぼぇっ!?」


だが、半ば奇襲だった先ほどと違い、まっすぐ突っ込んできた愚直な攻撃はカルヴァンに通用しない。容易く身を引かれ、足を払われ地に転がる。


「ははっ。もしやと思ったが、まさか本人だったとはな。伝説の存在に会えて嬉しいぜ。ま、伝説は伝説でも“醜聞”だがな」

「黙れ!!!」

「仮にも良いとこのお嬢様が、今やカルト教団の実験動物か。天国から地獄ってのはまさにこのことか?」

「キエエエエエェェェ!!!」


半狂乱になりながら立ち上がった彼女……ソフィアの腕が、ボコボコと肥大化していく。


「マジでバケモンだな」

「死ねえええええ!!」


ごう、と風を切って振り抜かれた剛腕。しかしその軌跡上にすでにカルヴァンはいない。


「ま、お前みたいな女に同情する気持ちがないわけでもねぇが……おい」

「イミッ!?」


そして気づけば、ソフィアの頭部がガッチリと抑えられていた。頭上に跳んでいた、カルヴァンの隻腕によって。


「俺の弟に手ぇ出した時点で……」

「ブッ、グッ、ブゥゥゥゥ!!」

「死刑だ。てめぇ」


ボキリ、と決定的な何か折れる音がして。


ソフィアの意識は闇に閉ざされた。



「さて、おぬし名はなんと言ったか?」

「……」

「答えぬか。それも良し。だが……」


ギシッ、ギシリ……と枝の軋む音が鳴る。


「どうやら勝負はついたようじゃがのう」


南軍総司令、ルゼフィールは手に持つ”杖“を軋む枝の先。そこに吊るされ……縄で縛られた弓兵、ナカランに向けた。


(す、すごい。一瞬だった……)


その様を後ろから見ていたフロナは、ルゼフィールの実力を間近で見て驚愕していた。


というより、一瞬の攻防すぎてフロナには全く理解の範疇を超えていたのだ。ゼフィの持つ杖が一瞬光り、反応するようにナカランが動いたと思った次の瞬間にはこの状態だ。いったい何が起きればそうなるのか。


「さて、お主が東軍の防衛の要であることはわかっておる。もう勝負はついた。これから尋問を行うから、”旗“がどこに隠されているか疾く喋ることじゃな」

「……」

「なんじゃなんじゃ?さっきまで気持ちよく喋っていたのに、不利な状況になればダンマリか?寂しいのぉ。ま、あのおっかない皇女の部下ともなれば口が堅いのは当然……仕方ない。フロナ、拷問器具の準備を」

「”旗“はこの先、印をつけた木の根元に箱の中の入れて隠すように置いてある。地面を少し掘れば見つかるはず。ただ、安易に触ろうとするとトラップが発動するから気をつけて。箱の裏面にある窪みを3秒以上長押しすればトラップは作動しない」

「……」

「全部喋ったから命だけは助けて欲しい」


“拷問”という単語を口に出した瞬間口から滝のように情報を吐き出し始めたナカランを、ゼフィとフロナは揃って微妙な表情で見つめた。


「痛いのはイヤ」

「……今のはブラフじゃ。拷問器具など持って来ておらん」

「さっき喋ったことは全て嘘。忘れて」

「あっ、この木ですね。炭で印がつけてあります」

「あ、待って。だめ。怒られちゃう。私エレオノーアに怒られちゃう。許して」

「遅いわ。何もかも」


何もかも遅かったナカランが蓑虫状態でびよんびよんと暴れ回る。


だが、ゼフィとしては情報が手に入れば何でもいい。


「……仕方ない。尽力空しく極秘情報を知られちゃったけど、このことはエレオノーアに秘密にすればいいだけ。私は怒られない。完璧」

「……ん?」


フロナが木の根から取り出した箱をゼフィが開けようと近づき、そしてすぐに異変を察知した。


「……なんじゃ?この“風”は」


風。風だ。突風とも、そよ風とも言えない微妙な風。


だがその風は、まるで“意思”を持っているかのようにゼフィの体にまとわりつく。その風がまるで、一つの生き物であるかのように。


「……え?む、向こうから誰か……」

「あれは……」

「え」


そしてその風が吹き抜けてきた方向……乱立した木の隙間に“人影”が見えた。


「……エレオノーア」


それは、木々の隙間を”騎竜“に跨り高速で飛び抜けていく神童。


天才児。東軍の“氷帝”エレオノーアだった。


「なるほどのう。防備が突破されたのを嗅ぎつけて来たか……?それにしても動きが早すぎるが……」

「ど、どうします?迎え撃ちますか?」

「当然じゃ。すでにして敵の急所は抑えた。妾たちの勝利は揺るがぬ」

「ねぇ、お願いだから私が喋ったことは言わないで。一生のお願い」


高速で近づいてくるエレオノーアに、二人(と捕虜一人)は身構え、緊張が高まっていく。


……だが。


「ルゼフィール!対抗戦は中止よ!!」

「……なに?」


その緊張は、予想外の一言で切れることになった。


エレオノーアは地面に騎竜を降ろすと、ルゼフィールに敵対心を表すこともなく、僅かに冷や汗を垂らしていた。

その顔には珍しく、鬼気迫るような色が……何か、取り返しのつかない過ちを犯したような、そんな色が浮かんでいた。


「……死んだわ」

「え……?」


放たれた予想外の一言に、フロナの目が見開かれる。


「生徒が一人、殺された。……透明な男に」


……この瞬間を持って。


本来、学園生徒たちが切磋琢磨しその腕を競い合うための場だった“学術対抗戦”は。


血と混乱に塗れた“生存競争”に姿を変えた。

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