第31話 前立戦腺
「副団長、どこに行ってたんですか?」
「あはは。そんな怖い顔しないでよ、ジカっち」
「その呼び方やめてください」
“対抗戦”が行われている演習場の外周に設置された観客席。
戦いの様子は“東軍”が開始早々に展開した煙幕により見通すことが難しくなったが、竜騎士ロジカは自身が保有している“竜器”によって戦いの趨勢を掴んでいた。
そこに現れた副団長レイヴリーの呑気な様子に彼女は眼を鋭く光らせた
「ノアちゃんも大胆なことするよねぇ。戦場全体を煙幕で包んじゃうなんて。自分は見えてるのかな?」
「見えてはいないでしょう。しかし彼女はどうやら、気配や殺気を感じ取る能力が格段に高いようです。目は必要ないのかもしれませんね」
「第六感ってやつか」
「それでも大きなデメリットを背負うことには代わりありませんが……現状、敵軍の混乱の方が戦況に与える影響は多いでしょうか」
ロジカがそう評した通り、現状は東軍の優勢が続いている状況と言えそうだ。“南軍”のルゼフィールは怯まず東軍の陣地に突っ込んでいたようだが、伏兵の脅威に晒されている。
「……で、どこに行ってたんですか?」
「誤魔化せなかったか」
「当たり前です。試合開始直前に居なくなるなんて不自然すぎますからね。また何か企んでいるのではと」
「も〜、信用ないなぁ、僕」
「信用されるような行動を取ってから言ってほしいですね」
レイヴリーが手を挙げて“降参”とでも言いたげにひらひらと振る。
「偵察だよ、偵察。またこの前みたいにテロ組織に介入なんてされたらたまったもんじゃないでしょ?不審者がいないか見回ってたの」
「……まぁ、確かにそれは重要ですが……」
それだけだろうか、とロジカはレイヴリーの思考の読めない目を見つめた。
「それにしたって、今でなくともいいでしょう?今日は騎士団も厳戒態勢です。そう簡単に侵入を許すとは思えませんが」
「甘いよジカっち。その慢心が敵につけ入る隙を与えるんだ」
「その呼び方やめてください」
人差し指をピンと立てて言うレイヴリーにロジカは嫌な顔をした。
「例えば……すでに竜騎士団の内部に敵が入り込んでいる可能性とかも考えなきゃいけないでしょ?」
「内通者ということですか?」
「そそ。あらゆる危険を想定して、生徒を守ることが僕たちの命題だよ」
彼の言っていることは一見……というか反論の隙もなく立派なことではあるのだが。
「一番内通者みたいな雰囲気があるあなたに言われても説得力がありませんね」
「あはは!泣きたくなってきた」
「勝手に泣いていてください」
これ以上この適当男に構っていても無意味だと悟ったロジカは再び戦場に耳を傾ける。
「……うん?」
「ん、どしたの?」
「いえ、何か今……戦場から変な音が」
ロジカはもう一度耳を傾け、音を拾う。
「……ダメですね。聞こえなくなりました」
「どんな音だったの?」
「風切り音、のような……。誰もいない場所から」
「……へぇ」
「ただの気のせいかもしれません」
ロジカはそう結論づけて、別の場所の音を拾う。
……ちょうど西軍のモモカが東軍のルミジェントを倒した所だった。
「いやいや、もっと自分に自信を持たなきゃ。君の能力は僕が一番信頼してるんだから」
「だったら、少しは勝手な行動を控えてください……で、どこへ行くんです?」
おもむろに立ち上がったレイヴリーの服の裾をロジカが掴むと、彼は露骨に嫌そうな顔をした。
「……トイレだよ」
「ここですればいいじゃないですか」
「マジで?」
「あなたの権威が失墜する分には私は全然気にしませんが」
「僕はめっちゃ気にするんだけど」
ロジカのあんまりと言えばあんまりな暴論にレイヴリーは唇をもにょもにょと動かして微妙な表情をした。
「……いえ、流石に臭いは気になりますね。前言を撤回します」
「良かったよ、正気に戻ってくれて。んじゃ失礼して……」
「ちゃんと戻ってきてくださいね」
ひょこひょことその場を後にしたレイヴリーの背中にロジカはそう声をかけた。
「待っていますので」
「……はいは〜い」
どこか寂しげな色を滲ませたその声に、レイヴリーはひらひらと手を振って立ち去った。
……
…………。
「悪いね、ジカっち。もう会うことはないかも」
◆
「当たった」
森の中。
“東軍”の陣地を守る弓兵。ナカランは上下逆さまの視界でふらつく“南軍”の指令塔ルゼフィールを捉えていた。
「エレオノーア。予想通り、陣地に直接ルゼフィールが攻撃を仕掛けてきた。迎撃する」
『了解。流石ね、防衛はあなたに全面的に任せるわ。ナカラン』
「期待はしないで」
ブツッ、と耳元で“竜器”同士の通信が切れる。
「……ん」
改めて空に視界を戻すと、宙に浮かんでいた騎竜の姿も、その騎乗者の姿も見えなくなっていた。
「堕ちたか」
騎竜の翼は負傷させたが、それほどの深手ではなかった。しかし、いくら竜がまだ動けると言ってもその繰り手が背から落ちれば竜は飛べなくなる。
このまま大人しくしているとは思えないが、東軍の陣地に落ちたのならゼフィはまさに袋の鼠。指令塔を抑えれば南軍は統率力を失うだろう。
「このまま仕留める」
ナカランは再び弓に矢を番え、首元にかけた“望遠鏡”を覗き込んだ。
視界と手元の距離感の不和。いかなる弓の名手であろうとも飛距離が掴めず、正確に弓を射ることは不可能であろうそれをナカランはいとも容易く行う。
「……いた」
そうして収めた視界の中に、地面に横向きに倒れた竜と、その側で倒れる人影があった。
「亀甲縛り」
ヒュッ、と放たれた矢が竜の翼を掻い潜って人影の中に吸い込まれていく。
急所は外した。死ぬことはない。
「……?」
だが不思議なことに、矢が当たっても人影は身じろぎすらすることがなかった。
「なん……」
「ハァッ!!」
「!」
反射的に足で枝を蹴り上げ、その場から離れる。
バキバキバキッ、と音を立ててさっきまでナカランが立っていた場所に突き立っていたのは、“手槍”だ。
「……あなたは知らない」
「はぁっ、はぁっ……!」
攻撃が放たれた方向に視線を向けると、そこには膝をついて背を上下させる一人の女子生徒がいた。
東軍だけに留まらず、南軍と西軍両陣営の戦力の“顔と名前”が全て一致するナカランが知らない生徒だ。
「誰?」
「……教えません!」
その女子生徒……フロナは背中に背負った槍を持ち、投擲した。
「松葉崩し」
「えっ!? 嘘……!」
放たれた槍が、寸分違わず穂先に沿うように放たれた“矢”が軌道を逸らす。
敵が見えていないならともかく、目の前に、これだけ体を晒してわかりやすくこちらに向かっているならこれほどわかりやすい攻撃の軌跡もない。
この条件ならナカランでなくとも同じ芸当が出来るだろう。無論、食事や睡眠といった人間的な営みの多くを捨てて鍛錬に励めば、だが。
「前立……」
手槍を投げ、前傾姿勢で回避も取れない謎の女子生徒に対し、ナカランはすでに弓に矢を番えて狙いをつけている。
「腺」
放たれた矢は寸分違わず女子生徒の額へと吸い込まれる。
「妾の目に狂いはなかったな」
ことはなかった。
突如として女子生徒の姿がその場からかき消える。否、消えたのではなく急速に移動したのだ。
“空”へと。
「まだ動けたんだ」
「当然じゃ。妾を誰と思うておる」
「ル、ルゼフィールさん……」
「上出来であったぞ、フロナ。弓兵に対しここまで近づけたのは貴様の功よ」
竜に跨り、突如としてその場に現れたルゼフィールがその手に持っていたのは……“杖”だ。
「さて……おかしな掛け声を発する弓兵よ」
その杖の先端がナカランへと向けられる。
「妾の“魔女”たる所以、貴様に見せてやろうぞ」
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