第30話 騙し討ち
「空へ展開せよ!!」
ルゼフィールは、視界に敵チームの姿を認めた瞬間に口元の竜器に向けて叫んだ。
「初手で抑え切るつもりか、エレオノーア……」
騎竜が強く地面を蹴り、空へと浮かび上がる。
「だがそれは握手であろう?」
上空に飛び立ち煙幕を抜けると、そこには青空が澄み渡っている。
遅れて周囲から数体の騎竜が煙幕を抜け出して来た。
「7か」
その数、7人。他は上昇に手間取っているか、あるいは既に戦闘不能に追いやられたか。
「充分じゃな」
……戦闘開始直後の奇襲策。
その狙いは当然、こちらの立ち上がりを妨害し、初手で勝負を決め切ることにある。
戦術対抗戦。その勝利条件は他チームの陣営中心に存在する“フラッグ”の奪取。
つまりエレオノーアは戦闘を発生させるまでもなく、犠牲“0”で勝利を手にしようとしたわけだ。策士であれば誰もがまず考える無血開城。完全勝利。
しかしその蜜に吸い寄せられた哀れな愚者の辿る末路は決まっている。
「“東軍”陣営に攻め込むのじゃ!今は防御が手薄となっておろう。一気に獲るぞ!」
「「はっ!」」
ゼフィの叫びに呼応し、南軍が陣形を整えて東の空へと飛び立つ。
「すでに奇襲は失敗した。おぬしの負けじゃ。“氷帝”」
この視界不良下で、呼吸を補佐する“竜器”を使って行動自体には支障がなくとも敵の本命であろうフラッグに辿り着くことは容易ではない。それでもこちらの戦力の大半を無力化すればあとは悠々と陣地を探し回れる。だがこちらの戦力は多少削られても未だ健在。
そもそも戦場は空だ。にも関わらず飛び立つ鷹を落とそうと地上で勝負を仕掛けたのが全ての間違い。
そしてこの奇襲、当然”南軍“だけでなく”西軍“にも同時に攻勢を仕掛けていると考えるべきだ。東と南の激突をよそに西に漁夫の利を取られかねない。
今、間違いなく”本陣“は手薄。
「突撃!!」
ゼフィは騎竜を駆り、相手陣地へいの一番に飛び込んで行った。
「思った通り、空からであれば視界も通る」
煙幕による視界を塞いでの奇襲。
一見合理的に見えるこの作戦だが、その穴はいくつもある。
まず、戦場の広さゆえに全体を煙で覆うことができない。煙幕が集中しているのは南軍と西軍、双方の陣営だ。
東軍陣営は清々しいほどに視界が通っている。そして……。
「見つけたぞ。“竜の喉笛”」
陣形の中心。地面に突き立てられた赤のフラッグと、それを守る一人の生徒。
読み通り、防御は手薄だった。
「貰いじゃ」
ゼフィは手に持った“弓”で、その生徒を狙い……。
直後。
「鮑。本番行為。雁字搦め。急所責め」
ゼフィの“竜”を、“空”から放たれた矢が穿った。
「強制絶頂」
◆
おーおー、やってるやってる。
ドッカンドッカン、ガッシャンガッシャン。
あちこちから怒号やら叫ぶ声やらが飛び交うここは既に戦場の真っ只中だ。あくまで学内行事という話なのに、熱気が段違い。隅でラノベ読んでた前世の体育祭なんかとはえらい違いだ。
とは言っても勿論、殺害は禁止されている。対抗戦で使われる槍や剣は刃が潰してあるし、持ち込みが許されてるのは非殺傷性のものだけだ。その割にはなんか爆発してるだろって?
……なんでだろうね。こわっ。
でも大丈夫。即死とかじゃなければこの対抗戦にはどんな傷も一瞬で完治させるってチートキャラが呼ばれてるはずだ。大事だと判断すれば戦場を俯瞰的に見回してる竜騎士達が試合中断の判断をするはずだ。
まだ対抗戦が続行しているなら、差し迫った危険はないと考えていい。
「いや、それは嘘か」
危険がない。なんてことは万に一つもあり得ない。なんたって生徒たちの中に“聖竜教”が化けて潜んでるんだから。
私は今、姿を消して“西軍”の陣地に潜り込んでいる。
目的は当然、ロッド様に化けている“敵”に接触するためだ。
どうやらノアたその作戦で今戦場には煙が充満しているらしく、あちこちから西軍が混乱している様子が伝わってくる。
流石ノアたそだね。策士だね。かしこかわいいね。結婚するね。その出来のいい脳みそを取り出して労わってあげたいね。そのあと博物館に展示したりしていい?いいよ。
……む!?
「ちょっとー!なんなのこれー!?」
このcuteなvoiceは……!?
「せっかく制服新調したのにー!!」
OMG!!!!!!!Are you kidding me!!!!?!?!??WTF!!!!!!!!
興奮のあまりリアクション外国人になっちゃった。
「王子様ー!!どこー!?」
あの媚び媚び萌えボイスは、“サークルクラッシャーしてオタクの人間関係ぶっ壊してそうな女”ランキング第1位のモモカChangではありますぞ〜!?
クンクン!!ムムッ、このPeachの匂いは……!?アッ!モモカチャンの頭皮から匂ってきているね!オヂサンのモモカチャンへのLOVE♡♡もたくさん収穫されちゃうのカナ!?ナンチテ(^_-)-☆
「ひっ!?な、なにっ!?」
あっ、すいません、こっち見ないで。いやほんと、ごめんなさい。
「なんだ、女かよ。つまんねぇな」
「だ、誰……!?」
あ……私じゃなかった。
っていうか!!
「おい、怪我したくなかったらさっさと降伏しな」
ででで、出た〜〜!!!
なんかクールキャラっぽく出てきたのにすぐ化けの皮が剥がれてただの性格いいだけの兄ちゃんだったことが早々に露呈するタイプのこの男〜!!
「俺はルミジェント。オイスタン家の“猟犬”、聞いたことがあるだろ?」
ルミジェジェント・オイスタン君じゃないですか!!
原作キャラ大漁祭りじゃあ!!ワッショイワッショイ!!!
異名を自分で名乗っちゃう所も完全に原作再現で涙が止まりません。
「し、知らないけど……」
「……」
可哀想。
「……とにかく、必要以上に争う必要はねぇだろ。武器を置け。死にたくなければな」
「う、うぅ……」
ルミジェ君はモモカちゃんに降伏を促している。
これ、女は斬りたくない。とかのよくあるキャラ付けじゃなく本当に親切心で言ってますからね。本人はなんか悪ぶってますが。
くそっ、ロッド様の偽物を早く見つけないといけないのに私の足が動いてくれない……!!
「わ、わかりましたから……これでいいですかぁ?」
「……ああ、そうだ。それでいい」
モモカちゃんが言われた通りに手に持った“手斧”を地面に置く。
「丸腰の状態だったら狙われることもないだろう。そのまま外の兵士に保護してもらいな」
「は、はいぃ……」
「じゃあ俺はもう行くぞ。気をつけて帰り……」
「ほっ」
「ぽぎぇっ」
……と、後ろを向いたルミジェの後頭部にモモカちゃんの投げた手斧が直撃。
頭から斧を生やしたルミジェが地面に倒れた。
「よいしょ、っと……一応装備全部剥がしておこ」
白目を剥いて気絶するルミジェから諸々の装備を奪い、素っ裸同然になった彼が地面に打ち捨てられた。
「装備ありがとね〜!ルミジェント君♡」
そうしてモモカちゃんはルミジェから奪った“マスク”を被って霧の中に消えていった。
……うんまぁ、なんていうか。
怖いよね、女って。
「……」
……一応、ルミジェの裸体は木陰に隠しておこう。
彼の名誉のためにも。
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