第29話 裏の裏の裏
“副団長”レイヴリー。
ホーンブレイブ竜騎士団の副団長であり、“泥”の能力を持った竜器を使う竜騎士だ。
だけど、原作の彼の扱いはお世辞にも良いとは言えない……というか、物語序盤で彼は死ぬ。それも賊の頭領にムービーもイベントもなく画面外で殺され、テキストだけで死んだことが伝えられるというあまりにもあんまりなアレだ。
なんならキャラCGだって私みたいな脳狂いオタク誤用達の設定資料集を見ないと知ることができないというマイナーもいいとこな人物。
の、割には見た目が優男風でビジュがよく、顔がいい。そのため私みたいな“竜角散”に脳を焼かれたオタクの中でもさらに一部のマイオナ厨にカルト的な人気があって、非公式ファンクラブが存在しているとか、いないとか。多分レイヴリーのあまりの扱いの悪さからネット上でおもちゃにされてるだけだけど。
ちなみに私は優しげなイケメンより強面なクールキャラに人生狂わされたクチなので彼に対する印象も正直薄い。
全てのキャラに対して一目見ただけで発狂して限界オタムーブすると思ったら大間違いだ。
そんななので、彼がロッド様を拐ったというのは正直に言って意味がわからない。
いや、レイヴリーのことをよく知っていたとしても意味不明だ。だってそんなことをするメリットがないからね。
言うまでもなくロッド様はれっきとした大国の王子だ。その周辺警備も当然生半可なものではない。
それは学園内においても例外じゃない。むしろ王国にいるより安全だと言える。なにせ、竜騎士の総本山であるこの学園では兵士の練度も非常に高い。ここで兵士をやれているという時点で“竜騎士”の資格を持っていることと同義なのだから。
高い教養と厳しい訓練に耐える胆力、有権者へのコネを持ってようやく手が届く可能性が出てくるという狭き門である竜騎士たちの警備を掻い潜って王子を誘拐するなんて、正直に言って不可能だ。
しかも今の時期は学園への襲撃直後というのもあって兵士はピリピリしてるからね。警備の目はいつも以上に厳しいはずだ。学園内にいるだけで、危害を加えられる可能性はほとんどない。
……その警備のトップが黒幕という場合を除けば。
騎士団長が不在の今、現場の最高指揮権は副団長のレイヴリーにある。自分自身が警備を担当するのなら、誘拐なんてワケない。
ロッド様誘拐の手口はそれで納得できるけど、わからないのは動機だ。
彼は一体なんのためにロッド様を誘拐した?しかも今そのロッド様の代わりに対抗戦に出ているのは……。
“聖竜教”の“隠匿師”だ。
……まったくもー。
次から次へと面倒ばっか舞い込んでくるんだから。
◆
遥か空の上から、エレオノーアは眼下に広がる“戦場”を俯瞰していた。
「……そう。そういう風に展開するのね」
上空1000m。
通常の“空中戦”で展開される高度を遥かに上回った異様な立ち位置にエレオノーアは陣取った。
竜騎士が行う“空中戦”には、凡そのセオリーというものがある。
数名からなる“小隊”を編成した少数精鋭の部隊を、地上の司令部からの遠隔通信によって運用するのだ。
逆に言えばそれは一般的と言うだけであって、この基本的な戦術に則らない奇抜な戦術も竜騎士には多用されている。
それは、そもそも竜騎士の安定した運用というものが現代にあってなお確立されていないことが原因の一つ。
竜騎士が想定する仮想敵とは“竜”だ。しかし竜には「“竜玉”が体の中心に存在する」という一点を除いてその姿形はあまりにも無秩序だ。
鳥のような者もいれば、豚、鹿、牛。それが生き物の形をとっているならまだ幸運。過去には“六面体の物体”としか言えなような奇抜な姿を取った竜が目撃されたことさえある。
こうしたバリエーション豊かな竜に対して通用する万能戦術は存在しない。
そのため竜騎士に求められる一番重要な素質が“柔軟性”なのだ。
理論で体系化されたただ一つの“正解”を選び取るのではなく、無限の選択肢と可能性を繋ぎ合わせ、自分だけの“解法”を瞬時に導き出せる即興性。
そして、エレオノーアにとっての“解法”がこの1000mという高さにあった。
高い高度を確保することにはいくつかのデメリットが存在する。
まずは、単純に戦場から離れることで戦況を把握しづらくなる。通信は各チームに配られた“竜器”によって滞りなく行われるが、戦況の把握は自前でしなければならない。
対抗戦には開始前に審査を受け、問題なしと判断された場合のみ“持ち込み”が許されている。エレオノーアのように“指揮権”を与えられた生徒の持ち込み物として例年で多いのは“望遠鏡”などの視界補助道具だ。
しかしエレオノーアが持ち込んだのは望遠鏡などではない。
ましてや上空の寒さに耐えるための防寒着でもない。
「……」
エレオノーアが懐から取り出したのは、小さな布袋だ。
持ち込み物として審査を通し、ルール上問題なしと認められたこの袋の中身にあるのは“酒龍草”。
先の学園襲撃事件でも用いられた、竜を誘き寄せる魔の香草だ。
当然、対抗戦に竜を呼び寄せるなんてことが許されるはずもない。実際これを提出した時担当の審査官は表情を驚愕に染め、眉間に皺を寄せた。
『よく見なさい。用途が違うわ』
だが、眉間に酔った皺は次の瞬間緩められることになった。
酒龍草の有害とされる煙は、葉の部分を燻した時のみ発せられるものだ。茎、そして花に誘引性は含まれていない。
茎と花だけになったそれは別の効果を発揮する。
エレオノーアは、上空から酒龍草をばら撒いた。
そして……。
戦場に“煙”が充満した。
◆
「……酒龍草か!」
対抗戦開始早々、戦場に充満した白い煙を見たルゼフィールは敵軍の策を瞬時に理解した。
酒龍草の花に含まれる油分と、茎部分の特殊な構造はそれ自体が天然の“目隠し”として機能することは植物学者の間では知られていることだ。
最も、酒龍草自体が希少な植物であることと、栽培が禁止されているために実際にその効果を試した者は少ないだろう。
ルゼフィールも知識としては知っていたが、そのカードをここで切ってくることは予想できなかった。
「これは、ちとまずいのう……」
「まずい!?なにか、お口に合いませんでしたか!?」
横からのアウンの茶々にもいつもの様に答えている時間はない。
これがエレオノーアの策だとすれば、恐らく彼女は一瞬で勝負を──。
「……ッ!アウン、避けよ!」
「へ?」
突如。
視界が塞がれた森の中から、“槍”が飛び出した。
「がはぁーっ!?」
アウンは槍に側頭部を打ち付けられ、地面に倒れ込む。
「……まったく、忌々しいものだねっ!」
そうして煙の中から姿を現したのは、顔に“マスク”を取り付けた長髪の男。
「こうも彼女の言う通りに事が運ぶのは……さッ!!」
“東軍”の切り込み隊長。
ペンスはいつの間にか、ゼフィの背後をすでに捉えていた。
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