第27話 学術対抗戦
──だけど、“翡翠の竜”の居所については今のところ手がかりが掴めていない。僕たちに今できることはそれ以外の戦力の補強だ。
──それ以外、というと?
──近く開催される学術対抗戦。ここで優秀な成績を収めた生徒を、特例的に正式な竜騎士として団に迎えたいと考えているんだ。
「……正式な竜騎士として」
アレクロッドはレイヴリーの言葉を思い浮かべて、暗い顔をしていた。
「エレオノーアは、やっぱりやる気だよね」
それを聞いたエレオノーアは顔を引き締め、真剣な面持ちとなっていた。
──ラッキーじゃねぇか、ロッド。軽く全員蹴散らして早々に竜騎士になっちまえよ。
兄さんはそんな風に言っていたが、自分としては素直に喜べない。
学園に入ったのは強くなるため。兄さんや家族を守れるようになるためだ。正直に言って、竜騎士になれなくても自分自身はそこまで気にしにない。
……だけどエレオノーアは、竜騎士になることに。というより竜を殺すことに強い執着を持っているらしかった。それが何故かはわからないが、自分に同じような竜騎士への強い想いは無い。
こんな自分が竜騎士を目指していていいのだろうか。
「……あれ」
取り止めもなくそんなことを考えていると、不意に目に留まったのは白髪赤目の青年だった。
「あっ、ケイ」
「!」
名前を呼ぶと、彼は一瞬ビクッと震えて、こちらを見た。
「……?どうしたの?」
「いえ……」
だけどその目がこちらを見ようとしなかったので、自分は僅かに首を捻った。
「今日はしてないんだね。ツノ」
「はい、まぁ。そういう日もあります」
……ケイ。
彼は不思議な人だ。
初めて会ったのは森の中。そこでお腹を空かせた僕にご飯を振る舞ってくれて。
あの時食べたご飯は美味しかった。山の中で取れるような山菜やキノコをたくさん使っていて……。
……それにしても。
どうしてあんな森の中で、あれほどの調理器具を揃えられていたんだろう。
「……」
あれらは何だか、動物の骨を素材としていたように見えた。猪や鹿、じゃない。もっと大きい動物。でもそんなに大きい動物はあの付近に生息していなかったはずだ。
あの大きさの器具、持ち歩くにしては嵩張るし、そもそも何故森の中であんな野宿を?
……今思えば。
ケイにしてみれば、あれは“見られてはいけない”姿だったんじゃ?
「ねぇ、ケイ」
「……なんですか」
首筋を、一筋の汗が流れる。
「“翡翠の竜”って、知ってる?」
あのツノは、とても鮮やかな“翡翠色”だったのだから。
◆
『……あー、あー。あれ?あ、声入ってるじゃん』
数日後。
ホーンブレイブ士官学校“演習広場”。
『えーっと、開会の挨拶は……いや長っ、無理無理。全部カットね』
『──っ!?──!!』
『いいでしょ?どうせ誰も聞いてないって!時短時短』
ここに集まるのは、生徒、教員、そして招待客含めた数百名の“観客“と。
『というわけで──第499回“ホーンブレイブ学術対抗戦”開会式を始めます』
『──!──っ!!』
『慣例に則ればこの席に立つのは僕ではありませんが、現在は騎士団長不在につき、司会進行を務めさせていただくのはこのホーンブレイブ竜騎士団“副団長”のレイヴリーとなります。どうぞよろしく』
約30名からなる今年度の新入“騎士クラス”生徒。
『毎年の恒例行事となっている学術対抗戦ですが、本年に於いては諸事情により時期が遅れてしまいました。一時期は開催が危ぶまれる事態にまでなりましたが、皆様のご協力もあり今ここでこうして開式の挨拶ができることを、心から喜ばしく思います』
天気は晴天。気温は暖かく、小鳥の囀りと竜の鼻息が混じって聞こえる良い朝だ。
『我が騎士団としては未来ある若者の可能性に期待を。教員の方々についてはこれからの生徒達の成長の道標に。学園にお招きしたご来賓の方々におかれましては、この祭典を純粋に、心ゆくまでお楽しみいただければと思います』
会場は、異様なまでの高揚と緊迫感に包まれている。
『そして……生徒諸君』
しかしその張り詰めた空気は、簡素な一声で容易く決壊した。
『存分に腕を振るうといい。今日の主役は君たちだ』
───!!
集った学徒達が腕を振り上げ、雄叫びを上げる。
『これより、“ホーンブレイブ学術対抗戦”を開始する!』
「……」
熱気に包まれた人々の中で一人、エレオノーアは壇上で声を張り上げるレイヴリーを胡乱げに見つめていた。
「大した演技力ね」
◆
「……アレクロッドが行方不明?」
「そうなんだよ〜。ノアちゃん」
“対抗戦”の開始から2日前。エレオノーアはレイヴリーに呼び出され竜騎士団の執務室へと赴いた。
不埒な行為に出ようものなら即座にその手首を切り落とす覚悟で向かった部屋でエレオノーアが受けたのは予想外の報告だ。
「数日前から姿がないんだ。寮に戻っている気配もなし。警備を総動員してるけど手がかりもないね」
「……最近カルヴァンさんの姿がなかったのはそういうこと?」
「うん。あいつも不眠不休で捜索してるよ。混乱を避けるためにこのことは口止めしてるんだけど、そのせいでめちゃくちゃ殺気立っててさ〜。“大人数で探したほうがいいに決まってる”って、怖いのなんの」
「……あなたの方はそこまで焦っていないみたいだけど?」
「うん。犯人の狙いも正体も、大体わかってるからね。王子は多分生きてるよ」
「そう」
エレオノーアは僅かに思考し、レイヴリーを細目で睨んだ。
「それで、私に何をさせるつもり?」
「話が早いね。けど、別に何もしなくていいよ。明後日の対抗戦に集中してて。何も異常が起きてないと思わせることが大事なんだ」
「……対抗戦で勝て。と言いたいんでしょう?そのために、あんな訓練を私に施した」
「あは」
レイヴリーはニヤリと嗤って言った。
「本当に話が早いなぁ、君は。会話しててストレスがないってのは素晴らしいね。今度一緒に飲みにいかない?」
「お断りするわ。話がこれで終わりなら帰るけど」
「あー待って待って。最後に一つだけ」
踵を返し、部屋を去ろうとしたエレオノーアをレイヴリーは引き留め、人差し指を立てた。
「“透明な男”には気をつけて」
「……透明な男?」
首を捻るエレオノーアに、レイヴリーはくつくつと笑って立ち上がった。
「それだけ。んじゃね〜」
「……」
そうして部屋から出ていくレイヴリーを、エレオノーアはただ眺めていた。
◆
「……」
あの男が何を企んでいるのかは知らない。
だがそれでもエレオノーアのやるべき事は変わらない……。
「なにか考え事かい?皇女エレオノーアッ」
「……」
唐突に、エレオノーアのすぐ左横に騒がしい男が立っていた。
「はっ!“誰だお前は”とでも言いたそうな冷たい目だね!“氷帝”との前評判に偽りナシ、か……。まっ、このボクを知らないなんてあり得ないから、ただの気のせいってことになるか……なッ!」
「誰かしら」
「人に名前を聞くときは自分から名乗りたまえよッ!!」
その男は紫色の長髪を肩から流し、身振り手振りが風を切るほどの鋭さを持っている。
謂わば”全身がうるさい男“だった。
「もうっ、ペンス!?恥ずかしいから皇女様に絡むのやめて!あっ、ご、ごめんなさいエレオノーア様!こいつ見ての通りの奴なので、お気になさらず……」
「くっ、何をする平民ッ!このボクの高貴なる袖下を掴むなんて……無礼だぞッ!!」
そんな男を、さらに横から出てきた茶髪の少女が地面を引きずって連れ去っていく。ペンスと呼ばれた男はずりずると足を引き摺りながら、人混みの中に消えていく。
(……どうしてこう、この学園は騒がしいのかしら)
エレオノーアは小さく嘆息し、物憂げに空を眺めた。
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