第26話 竜の巣
『アクセサリーです』
『え?いや……でもあんな大きいもの』
『趣味なんです。ああいうのが』
『……そうなんだ』
脳裏に浮かんだのは、先日のそんな一幕。
「おい、ロッド」
「え?あ……ごめん。なんだっけ兄さん」
「ボケっとしてんじゃねぇ。副団長様がお見えだ」
アレクロッドは兄、カルヴァンの声によって現実に引き戻された。
「呑気なものね。すっかりこの間の死地を忘れてしまったみたい」
「あはは!まぁそう言わずにさ。ノアちゃん」
自分と兄以外にこの場にいるのは二人。エレオノーアとホーンブレイブ騎士団副団長のレイヴリーだった。
「す、すいません……」
辛辣なエレオノーアと、対照的に楽観的なレイヴリーの二人に頭を下げる。
「どしたの?なんか考え事?」
「ああ、いえ。大したことでは。ただ昔会った恩人に、最近になって再会できたので、そのことでちょっと……」
「へぇ?ロマンチックだねぇ?僕も子供の頃助けた女の子と、今になって再会とかしてみたいもんだよ」
「……そいつはてめーが殺したんだろうが」
「あれ?そうだったっけ」
カルヴァンとレイヴリーは元々面識があるらしく、ロッドには理解できない話をしていた。その一方で脳内に浮かぶのは、再会を果たした恩人との邂逅の一幕だ。
白髪の少年……ケイ。まさか彼と学園で再会するなんて思いもしなかったが、いつの間にか消えてしまっていた彼に改めてお礼を言えたことはロッドにとって胸の突っかかりが取れたような晴れやかな気分だった。
……頭部に生えていた巨大な角が、彼自身の趣味によるものだったのはそこそこな衝撃ではあったが、なんにせよ、かつて自分を救ってくれたケイとの再会は喜ばしいものだ。
「それで?レイヴリーさん。今日はなんの用かしら」
「ん?あぁ、そうだった!君たち3人に、僕から大事な話があるんだよね」
「……遠征のことか」
「そっ」
カルヴァンが腕を組みながら指摘すると、レイヴリーは指を鳴らして肯定した。
「知っての通り、僕たちホーンブレイブ騎士団は主力級の戦力を揃えて“竜の巣”への遠征を行っていた。そこからの帰還のタイミングで、学園への襲撃に間に合ったのはラッキーだったと言っていいね」
「……そう言えば、遠征の成果ってまだ公に発表されていないですよね?何かあったんですか?」
ロッドが聞くと、レイヴリーは僅かに間を置いて言った。
「全滅だよ」
「……え?」
「僕たち遠征部隊は、竜の巣にて戦力の大部分を失った。成果も……数千匹の竜をこの世から屠ったということ以外は、ゼロと言っていいかな」
「……」
「なるほどな。それで結果を公表していないわけか」
「当たり前でしょ。こんなこと言えるわけない。バレたら僕、殺されちゃうよ」
想像を絶するその事実に、ロッドは絶句するしかなかった。
「竜の巣への遠征、及びその真相究明は騎士団にとって悲願だった。その生態もほとんど謎に包まれている“竜”という存在は、みな竜の巣からやって来る。竜の巣の真相解明は、竜の秘密の解明と同義。ひいては……竜を根絶することができる可能性へと繋がっている」
「だけど騎士団はそれに失敗した。たしかに世間に知れれば、失望はさぞ大きいでしょうね」
「ちょ、ちょっと。ノア……」
「いいんですよ、アレクロッド様。ただの事実だ」
レイヴリーは落ち着き払って、いっそ微笑みすら浮かべて話をしている。だが彼がどれほど切羽詰まっているのかはロッドにもわかる。
「実際、今の僕ってかなり崖っぷちの状況でさ。学園のお偉方にも“次が最後のチャンスだ”って言われたよ。それすら上手くいかないようなら竜の巣への遠征計画は永久凍結。人類は一生、竜の脅威に怯えながら生活し続ける未来が確定する」
「はっ。老い先短いジジイどもは未来のことなんか考えなくていいからお気楽だろうさ」
「まぁね。今回の遠征で団長ですら生死不明の状態に陥った。正直言って、あの人ですら敵わない魔境を人間がどうにかできるとも思えないんだよね」
「……あのイカレ女ですらか」
「うん。もしかしたら生きてるかもしれないけど……それでも孤立無縁の状態だ。救出の目処もなし。とにかく僕たちには、戦力が不足しすぎている」
……室内を重い空気が包み込んだ。
「だけどね、一つだけ可能性がある」
「え?」
しかし、続けてレイヴリーは言った。
「今回の遠征、成果がほぼゼロだと言ったけど……唯一成果と言えるものが、これだ」
「……これは、竜の鱗?」
「うん」
レイヴリーが取り出したのは、翡翠色に輝く“竜鱗”だった。
「……“落物”か」
「そっ」
竜の肉体は竜玉の破壊後消失する。だが、竜の体の一部から欠けた場合、さらにその本体がまだ存命で、かつ非常に強力な個体の場合。
それは消えることなく、この世に残り続けることがある。それが“竜の落物”だ。
「僕たちが今回失敗した最大の要因は、奥に潜り込みすぎたことだと思っている」
「……潜りすぎた」
「うん。竜の巣は奥へ行けば行くほど強力な個体が出現するんだけど、僕たちは引き際を見誤って、限りなく最奥まで近づいてしまった。その結果部隊は一瞬で壊滅したよ」
「……えっ、最奥まで!?そんなの、歴史上どの部隊でも到達したことがないんじゃ……!」
「うん?あぁ、まぁそうだね。その記録更新も一応成果と言えるかな?」
レイヴリーはあっけらかんと言ったが、それは実際途轍もないことだった。
なにせ、竜の巣の最高到達記録は500年前……それこそ竜騎士学園の創立以前に行われた、当時世界中の竜騎士部隊を集結して行われた“大遠征”以来塗り替えられていない。しかもその当時ですら、竜の巣の中間ほどまでしか進めなかったという話だ。
それをホーンブレイブ竜騎士団の主力部隊だけで最奥付近まで行ったとなると……もはや歴史的な事件だ。
「こ、公表してもいいんじゃ……?」
「でも踏破は出来なかったからなー。やっぱリスクとリターンが見合ってないよ」
「う、うーん……」
……もしかしたら自分は今、とんでもない話を聞いているのでは。
今更ながらにロッドはそんなことを思った。
「だけど、僕たちがそこまで行けたのは単純に遠征部隊の実力が高かったから、というのもあると思うけど……それ以上に竜の巣に突入した序盤、ほとんど竜に遭遇しなかったことも一つの要因だと思ってるんだ」
「……竜に遭遇しなかった?そんなことがあり得るの?」
「うん。その原因こそが……この竜鱗にあると思ってる」
「……どういう意味ですか?」
「この竜燐はね、竜が出てこなかった領域の所々に落ちていたんだ。落物がこうして残っているということは、持ち主がいまだ生きている証だ。竜の巣に侵入して……恐らくはその付近にいた全ての竜を殲滅した上で、生き残っている竜がいる」
「そ、そんなの……!」
ロッドは立ち上がり、翡翠色に輝く竜鱗を見ながら“いるわけがない”と言おうとして……。
……翡翠色?
「……翡翠の、竜?」
「っ!?」
「正解。よくわかったね」
その名前を言った瞬間ノアが立ち上がり、カルヴァンが顔を険しく歪めた。
「……翡翠の竜が竜の巣に侵入して、竜を皆殺しにした。そう言いてぇのか」
「僕はそう考えてるよ」
「あり得ない!」
バン!とエレオノーアが机を強く叩き、レイヴリーが口にした推測を否定した。
「なんで?翡翠の竜は君たちを助けてくれたって話じゃないの?」
「冗談じゃない!獣の気まぐれに、人類の命運を託すつもり!?」
エレオノーアがそう言って、ロッドはハッとした。
そうだ。レイヴリーは竜の巣の攻略に可能性が存在すると言った。その話の流れで突如浮上した“翡翠の竜”の存在。
つまり彼が言いたいのは……。
「気まぐれでもなんでも……奴が僕たちの味方になったとしたら、激アツだと思わない?」
……竜を、それも“五天災”の一角である規格外の存在を味方につけるという、あり得ない可能性だった。
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