第22話 のじゃロリ最高!のじゃロリ最高!

「うわ、何これ酷い……」


ある日。


“清掃”を命じられた私たちが向かうと、そこには汚れ切った渡り廊下があった。


いや、これはもう汚れたというより汚されたというか……窓枠に置かれた花瓶や壺といった調度品が明らかに故意に落とされている。


「さ、さっきまで綺麗でしたよね?どうしてこんな……」


フロナちゃんがその光景に眉を顰めて言う。


実際その通りで、ここの廊下は私が朝イチに埃の一つも残さずに綺麗にしたはずだ。その証拠に、散らばってるガラスや陶器の破片以外は汚れもない。


「決まってるでしょ。オレらへの当てつけだよ」


うん、まぁ、そうなるわな。


綺麗だったものをわざわざ汚して掃除させるとか、忙しいはずの学生諸君の中にも暇な人がいるらしい。


「……あの、ケイさん。お友達ですか?」

「おぉい!?流石に酷ぇでしょ!」

「モルガンさんですよね。同じクラスの」


私の横で相槌を打った黒髪の男子生徒、モルガンはこれまた原作未登場キャラ……というか、クロネ嬢以外に見習い生徒のネームドキャラって皆無なんよね。この視点から見る竜角散の世界もまた新鮮味があって素晴らしい。


今回、私とフロネちゃんと、このモルガン君の三人が清掃係として指名された……というより多分誰かが掃除するかはどうでも良いのだと思う、それが見習いクラスの生徒であれば。


「おぉ……逆に覚えててくれてたのも感動だ。ケイ、お前良い奴だな」

「あっ、ご、ごめんなさい……あんまり記憶に残ってなくて……」

「フォローに見せかけて死体蹴りされたね?」

「とにかく、早く終わらせてしまいましょう。三人でやればすぐ終わりますよ」

「そ、そうですね!頑張りましょうっ」

「……なんかハブられてる気がするんだよな」


すまんな。私はルッキズムでレイシストで原作至上主義者の強火オタクなんだ。


余程のことがない限り原作にいないオリキャラに尻尾は振らん。いやまぁオリキャラかどうかは知らんが。


そんなこんなで、三人で手分けして廊下を掃除していく。


と言っても真面目にやってたら日が暮れてしまう。二人の目を盗んで、私は高速で割れた陶器類の補充や引き裂かれたカーテンの張り替え、ほつれた絨毯の敷き直しなどを進めていく。


バレるだろって?それがバレへんのだな。何故なら風の結界を応用して私と二人の間に幻覚のカーテンをかけることで私が真っ当に掃除してる映像を二人に見せているのだから。


……自分で思うけど、私結構なんでもアリになってきたな。今更か。


──ガシャン!!


「おっとっとぉ……」


私が新しい小瓶に花を生けると、廊下の向こうで破砕音と鼻につくような含み笑いをする男の声が耳に入った。


「君たちぃ、何やってんのぉ?ぜーんぜん掃除できてないじゃない」

「……」

「あーあ。濡れちゃったよ。こりゃ弁償モンだな」


そこに現れたのは、私たちに廊下の清掃を命じた騎士クラスの生徒本人だ。


名前は知らん。興味もないし例え名乗られても覚える気がない。


「なぁ?俺言ったよな?教養のないバカが校舎を歩いたせいで廊下が汚れたって。その尻拭いを自分でしろとも言ったよな?なんで何も出来てないの?」

「……最悪だぁ」

「あー!ごめんごめん!思えば動物が自分の糞始末できるわけなかったわ。ごめんな?無理言って。俺が悪かったわ」


その男は自分の服についた染みをこれ見よがしに見せびらかしながらこちらに近づいてきた。


その男に食ってかかったのは眉間に皺を寄せたフロナちゃんだ。


「ちょっと……さっきから聞いていれば……っ!!」

「フロナちゃん」


私はそんなフロナちゃんを手で制した。


そして代わりに一歩進み出て、私は名も知らないその生徒と対峙した。


「ケイさん……?」


いやー、気持ちはわかる。ってかフロナちゃんが今にもその手に持ったモップで暴虐の限りを尽くしそうな雰囲気じゃなかったら私がやってたと思うけどね。


ここでアイツに突っかかったところで、私達に良いことは何一つないのだ。


「……な、なんだよ。お前俺に手出したらどうなるか分かってんだろうな……!?」


こう見えて私の身長は180程ある。私を見上げる形になった男が、頬を引き攣らせてたじろいでいる。


どうなるか分かってるのかって?よーく分かっているとも。


「……申し訳ありませんでした。直ちに掃除し直しますので、ここはどうかお見逃しください」


私は男に向かって、頭を下げた。


「ケ、ケイさん!?」

「……は、ははっ……!おい、謝ればそれで済むと思ってんのか?」


フロナちゃんが息を呑み、男が下げた私の頭を安堵したように見下す。


「生意気な態度取りやがって……二度と逆らうんじゃねぇぞ」


男はそう吐き捨てると、地面に唾を吐いて足早にその場を立ち去っていった。


「ケイさん……どうして……」

「君が彼に殴りかかって行きそうだったもんだからね」

「たしかに殴り飛ばす気でしたけど……」


うおっ、マジで止めてよかった。


「彼に今すぐ復讐しても、かえって僕達の立場が悪くなってしまうだけだ。だから止めたよ」

「……それは、そうですけど」


フロナちゃんは理解を示しつつも、やはりどこか飲み込めないものがあるらしい。


「ケイさんは、悔しくないんですか……?」

「悔しいよ」

「だったら……」

「でも、フロナちゃんの方が大事だからね」

「へっ」


そう、私だって嫌なもんは嫌だ。許されるなら今からあいつの髪全部むしって盆栽にして展示したいぐらいだ。


だけど感情任せに行動すれば、それは私だけじゃなくてフロナちゃんにまで危害が及ぶことになる。だったらここは大人の対応力を見せて、夜になってからあいつの部屋に忍び込んで髪の毛むしるだけで済ませてやろうじゃないか。


それが広い心を持つ寛容なオタクというものでござるよ……。


「……僕は?」


お前は知らん。


「あ、ありがとうございます……」

「どういたしまして」


フロナちゃんが若干頬を赤らめ、髪を弄りながら俯く。


……男になって初めてわかったけど、マジで美少女って人生において得しかないね。恥ずかしがってるだけでこんなに絵になるもんか。


若干後味悪い結末にはなったが、まぁ何事もなく終わってよかったよかったということで……。


「ぶえええぇぇぇーーっ!!」

「……え?」


……と思ってたら。


消えたはずの男子生徒が、地面をサッカーボールのようにバウンドしながらこちらに転がってきた。


「えっ、何が起きた!?」


男子生徒の顔は原型を留めないほどに腫れ上がっており、地面に落ちた衝撃で気絶しているらしい。


ついさっきまであんなに元気だったというのに、一体何が起きたのか。


「“角蹴り”。わらわの故郷では厄除けとして、竜の木彫りを焚き火に蹴り入れる風習がある」


驚く私たちに近づいてくるのは、コツコツというこの世界ではあまり聞きなれないハイヒールの靴音。


その靴音に被せられるように、気だるげな間延びした女性の声が響いてくる。


「そちの顔があまりにも不細工だったもので、木彫りと早合点した。驚かせてすまぬな」

「あ、あなたは……?」


気づけば廊下の向こう側……2階へと続く登り階段の上に、仁王立ちする小さな人影。


「名乗りが必要か?いいとも。特別に教えてしんぜよう──」

「トトロイゼ共和国中央議長。ゼハード様の嫡子、ルゼフィール様ですよね」

「えっ……ルゼフィール様って、たしか」


本人の言葉を(恐れ多くも)遮った私が出した名前にモルガンが反応した。


「入学試験の成績で、“氷帝”とアレクロッド様に続く3位の成績だったっていう……」

「……その名前は長くて好かん。ゼフィと呼ぶのじゃ。皆わらわをそう呼ぶ」


そう、この方こそがノアたそとロッド様に並ぶ三人目のメインキャラ。


“のじゃロリ”のゼフィ様だッッッッ


……踏んでください。この卑しい木彫りの竜めを、さ……。

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