第23話 ガールズトークを邪魔するな
「おぬしがフロナじゃな?」
ゼフィ様は階段の上からそう言った。
「えっ、私ですか?」
「そうじゃ、おぬしじゃ。それ以外に誰がおる?」
「二人ほどいるんだけどね」
あっけらかんとした物言いに、モルガンが胡乱げな目で彼女を見る。
「誰が好き好んで男など目に入れるものか。腐るじゃろう」
「何がだよ」
ゼフィ様のおめめに決まってんでしょーがッッッ
舐めてると潰すぞ。
「わらわの鼻がじゃ」
「何でだよ」
そうだゼフィ様のおはなに決まってんでしょーがッッッ
舐めてると潰すぞ。
「わらわはそこの娘に話がある。他の二人は疾くこの場から立ち去るがよい」
「はぁ?そんなの納得できるわけ……って、おい、ケイ!?腕引っ張んな!?」
「ここは出直そう」
「なんでだよ!?」
「ほう……。小僧にしては話が早いのぉ」
当然だ。
二人の乙女の語らいの場に野郎の存在なんてノイズでしかない。女子会に彼氏連れてくる地雷女子じゃあるまいし。
「こういう場では大人しく引くのが正解だよ、モルガン」
「納得できねぇ……」
私は不満げな顔をするモルガンをずるずると引きずってその場を後にした。
◆
「さて、人払いも済んだか」
ルゼフィールはそう言って、懐から小さな棒のようなものを取り出した。
「なんですか、それ」
「あぁ、これか?わらわの故郷に伝わる芸能の道具じゃ。“扇”と言ってな。中々便利じゃぞ?」
「……そうですか」
楽しげに語るゼフィに対して、フロナはどこか不満げだ。
そんな彼女の様子がおかしいのか、ゼフィはくつくつと笑う。
「……何がおかしいんです」
「いやなに。“ここ”も外界と同じよ。生徒間に身分の差を設け、差別と競争を学ばせる……さしずめ世界の縮図と言ったところか。それを若い内から学ばせるというのは、実に合理的じゃとは思わんか?」
ゼフィは静かに階段を降り、フロナに近づいてくる。
「……私は嫌いです。生徒同士で差別が起きるなんて……」
「くふふっ、それは僥倖。わらわも同じ考えじゃ」
頬を固くするフロナの周囲を、くるくるとゼフィが回る。
「身分。格差。優劣。実に下らぬ。そんなものは無くしてしまえばいいと、わらわはそう思うのじゃ」
「……あなたは、騎士クラスなのにですか?」
「だからこそじゃ」
ゼフィは立ち止まると、ゆったりとした手つきでフロナの前髪をはらった。
青く澄んだ瞳が顕になる。
「わざわざ学園にお墨付きを貰わずとも、わらわ以外の凡百が取るに足らぬ存在なのは言うまでもない。故に気に入らん」
フロナが直接見たゼフィの目は黄金色に輝き、そこに隠し切れない好奇の色を滲ませていた。
「不要な制度を敷いている学園の上役共は、な」
そう言って彼女は笑い、フロナから一歩距離を取った。
「どうしてその話を、私にするんです?」
「そち、わらわに臆せず自分の意見をハッキリと口にしたじゃろう?下手すれば処罰になりかねない考えを、包み隠さず伝えた」
「……だから気に入った、と?」
「その通り」
したり、とばかりにゼフィは扇を手で打った。
「わらわは強い意志を持つ者……特に女子が好きじゃ。最近の若い者は年寄りに飼い慣らされてか、敷かれたルールに盲目に従っている者で溢れておる。そう、丁度“見習い”という身分に甘んじている者達のようにな」
「……だとしたら、私もその一人にすぎませんよ」
フロナは自虐的に笑った。
「こんな私を認めてくれる人がいたから、少し自信がついただけで」
フロナは白く細い自分の手を見た。
かつては嫌で嫌で仕方なかったその手に、わずかに豆ができていることが少し誇らしい。
「ふむ。察するに……恋情じゃな。それもまだ新芽か」
「……えっ」
「なんじゃ、自分で気づいておらんかったのか?」
ゼフィが口元を扇で隠してくつくつと笑い、その仕草にフロナの顔が熱くなる。
他人に言われて、初めて気づいた自分の感情に。
「良い良い。女とは愛を捧げる生き物のことじゃ。初物をわらわに捧げろとは言わん。男という生き物の醜さに絶望したのち、わらわの所に戻ってくるといい」
「……しません、そんなこと」
「愛いのぉ〜。愛い愛い」
「うぅ……」
ほほほ、と優雅に笑いながらゼフィに向けられる生暖かい視線にフロナは顔を伏せて唸った。
「当ててやろう。さっきいた二人の男のどちらかじゃな?」
「……えっ!?な、なんで……!」
「あの黒髪の男か?」
「全然違います」
「ではあの白髪の方か?」
「そ、それは……っ!?」
「わかりやすいのぅ」
これ以上ないほど明確に反応したフロナの態度によって、彼女の初恋の秘密は初対面の少女に暴かれることとなった。
「ほれ、どこが気に入ったんじゃ?言うてみせよ」
ゼフィは口元をにんまりと緩めると、フロナに肩を組んで耳元に囁いてきた。
「い、言うわけないじゃないですか……」
「ふむ。では顔じゃな。確かにあれは男としては最低限見物に耐えるものを……」
「違います!いや、確かにケイさんはかっこいいですけど、1番はすっごく優しい所で……!!……あっ」
そこまで喋った所でハッとしたフロナが、目を泳がせながら「ちが、えっと」と弁明しようとする。
「ほう?それで?」
「……言いません」
「なんじゃここまで来て!おぬしさては気娘じゃな!?」
「ち、ちが……!く、ないですけど……」
「かーっ!あの白髪も罪な男よのぉ!」
「ちょ、こ、声が大きいですから!?」
あたふたと狼狽するフロナに、ゼフィはぐいっと顔を近づけた。
「で、あればじゃ。わらわの計画に乗る気はないか?」
「け、計画?」
「そうじゃ。先ほど言ったようにわらわはこの学園の仕組みが気に入らん。可能であれば撤廃させたいと考えておる。おぬし、わらわと手を組まんか?」
藪から棒にそう切り出したゼフィからの提案に、フロナは怪訝な表情をした。
ゼフィの言う計画は、クロネが語っていたものとまるきり同じ考えだった。
しかも彼女自身は学園の制度によって恩恵を受ける立場。何故そこまでして変革を目指しているのかがわからない。
それこそ、先ほど語ったように“気に入らないから”と言うのが理由の全てなのかもしれないが。
「私を味方に引き入れても、良いことなんて何もないと思いますけど」
「わらわにとってはそうでも、おぬしにとってはどうじゃ?」
「……どういう意味ですか」
ゼフィは目を細めてそれこそが本題とばかりに言った。
「わらわに協力すれば……その男とおぬし、両方とも“騎士”クラスに入れるように口聞きしてやろう」
「……え?」
……
…………。
「……で、なんでお前まで付いてくるんだよ」
「君が僕の後ろについて来てるだけでしょ?」
ゼフィとフロナちゃんを見送った後、私とモルガンは密かに二人の跡を着けていた。
いやそれは正しい表現ではない。私が行く道の先にたまたま2人がいたというだけの話で、私自身は全然尾行とかする気がないわけだからね。その辺を勘違いしてもらっては困る。
「俺が行こうとしてる道がたまたまお前と一緒なだけだ」
「言い訳が苦しいね」
たまたま道が同じだった。なんてストーカーの常套句だ。
そんなもので誤魔化せると思っているのだろうか。
「……なぁ、ケイ。ちょっとお前に聞きたいんだけど」
角から顔だけを出して二人を着けていると、モルガンが唐突に切り出した。
「お前さ、フロナのこと好きなん?」
「……んー」
好きか、好きじゃないか。で聞かれたら、そりゃ……。
「好きだね」
「……そうか」
私が答えると、モルガンは少し間を置いて、声の調子を落としてそう溢した。
そんな当たり前のことを聞いてどうするんだろうか。
「じゃあお前は俺の敵だ」
「……?」
と、そう言ってモルガンは突如その場から立ち去ってしまった。
……いや、マジでなんなんだあいつは。
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