第20話 オタクの吐息

学園に平和な日々が戻って来た。これは素晴らしいことだ。


私的には平和が戻ったのだから、ここらでいっちょ学園モノらしく水着イベでも挟んで欲しいところだ。原作の竜角散は発売時期もあって硬派な作風だったからなぁ……近年のすぐ脱ぐソシャゲを引き合いに出して“あの頃は良かった”なんてスレで擦り続ける懐古厨おじさんもワラワラだったが、私的にはノアたその水着姿見れるってだけで余裕でGOサイン出せる。


あっ、殿下はやめてね。興奮のあまり血圧上がりすぎて私が死ぬんで。


「あ……ケイさん!ちょっといいですか?」


嬉しいことと言えばもう一つ。陰キャ万年ぼっちオタクだった私になんと友達ができた。


言わずもがなフロナちゃんだ。


「どしたの?フロナちゃん」

「えっと、この後って時間ある……?」

「うん。特に予定はないけど」


そう言うと、フロナちゃんの笑顔がパァッと輝いた。


おふっ……(オタクの吐息)。やっぱこの世界顔面偏差値高くね?フロナちゃんって別に原作キャラじゃないのにそうと言われてもおかしくないビジュしておるんですが……絵師さんいい仕事しとるわこれ……。


前髪が垂れ下がってるのと、隈がちょっと目立ってることで本来の美貌が陰ってる印象があるがそこも含めて愛せる。いやむしろ陰こそが本体。こういう陰っぽい雰囲気を纏った子が好感度高めに接してくれると、私みたいな単純なオタク君はすぐ好きになっちまうんだ……。


「じゃ、じゃあ、今日の訓練、一緒にやりませんか?ケイさん、確か槍術の成績良かったですよね……?」

「うん、いいよ。僕でよければ」

「やたっ」


フロナちゃんの話というのは、どうやらこの後の訓練を一緒にやりたいという旨のものだったらしい。そして私が快諾すると小さくガッツポーズ。あまり可愛い仕草をするなよ……(半ギレ)。


ちなみに私の成績自体は普通なはずだ。そういう風に調整してるからね。つまり私を誘った理由に成績は建前で、本音は私と一緒にやりたかっただけってことなんですねェェェ〜〜〜……。


ふんっ、私を舐めるなよ?フロナちゃん。


ポっと出のクソカワ陰系ヒロインになんて、絶対負けないんだから!!


次回「私 死す」デュエルスタンバイ!!



「それにしても、不思議ですよね……」


訓練場でフロナちゃんと訓練用の槍を打ちつけ合っていると、彼女は神妙な様子で言い出した。


「私、もっと“見習い”クラスって激務に追われるものだと思ってたんです。それこそ、自由時間なんて寝る時以外無い。みたいな……」

「確かに、前年まではそういう感じだったみたいだね」

「はい。だけど私たちが入学してからは、そういう理不尽が減ったみたいです。先輩たちも“急に仕事が楽になった”と言っていました」

「いいことだね」

「えぇ……なんでも噂では“家事妖精”が、いつのまにか学内の雑務を全てこなすようになったのだとか。本当だとしたら会って、お礼を言いいたいです。えへへ」


家事妖精ねぇ……私は全然その正体には心当たりとかないけど、きっと碌でもない奴に違いない。どうせ推し生徒のパンツとか盗んで自室に飾ってやがるんだ。いや本当全然、心当たりはないんですけども。


「おかげで時間もできて、これなら私も竜騎士になれるかも……!なんて、思ったりして」

「なれるよ」

「え?」

「フロナちゃんならなれると思う」


照れ臭そうに笑うフロナちゃんに、私は本心を語った。色々と嘘だらけの私だが、この言葉に関しては本当のつもりだ。


「……どうしてそう思うんですか?」

「君は優しいからね。それに真面目だし、腕も良い」

「それ全部私には当てはまらないと思いますけど……」

「そうかな」

「そうですよ」


ふむ。まぁ確かに、私は言うほどフロナちゃんのことを知らない。勝手な印象で言っているところも無くはないかも。ただ、自分自身自覚しているくらい“原作キャラ”以外に入れ込むことが少ない私が素直に「良い人だな」と思えるくらいには、この子はいい子だと思う。


どうせ竜騎士やってもらうなら悪人より善人がいいよね。


「……本当に、そう思いますか?」

「うん?なにが?」

「私が竜騎士に、なれると思いますか?」

「……どうして竜騎士になりたいの?」


私はふと疑問に思ってフロなちゃんに質問をぶつけた。


「……笑わないで聞いてくれますか?」

「あんまり変な理由だったら笑うかも」

「もうっ、絶対笑わないでくださいね!?」


カコン、という軽い音が響いて私とフロなちゃんの槍が打ち合わさる。


「モ、モテるかなって、思って……」

「あはは」

「あーっ!?」


私は思わず笑うと、フロなちゃんは顔を真っ赤にして槍を振り上げた。


「もうっ、最悪です!最低!バカ!」

「ごめんごめん。馬鹿にしたつもりはないよ」

「嘘つき!!」


涙目で槍を打ち出してくるフロナちゃんの攻撃をいなしたり、かわしたりしながら私は後ずさる。


「そりゃ私だって、もっとまともな理由を考えることはできますよ!?でも実際それが一番大きいんだから仕方ないじゃないですかぁ!ケイさんみたいな人にはわからにでしょうけど!!」

「いや、わかるわかる。僕も友達いないからね。こっちも同じような理由だよ」

「嘘だ!」


まぁ、嘘だけど。


でも実際良いと思うんだよなー。ぶっちゃけ世界平和のためとか言われるよりはずっと納得できるし、共感できる。人間が変わろうと思う理由なんて、女の子にモテたいとか男どもにチヤホヤされたいとか、そういう単純なものが根元にあるに違いない。浅はかなり人類。


あー、私も彼氏欲しー。いや、今の場合だったら彼女なのか?彼女くれー。誰か私の彼女に志願してくれる超絶美少女はいないもんかね。いない?そっか……。


しばらく打ち合うとフロナちゃんも疲れて来たのか、肩で息を整えながら少しだけ沈んだ調子で話し出した。


「……私、ずっとある人に怯えて暮らしてたんです。っていうか、学園に来たのもその人の命令で。支配されてるのは今もなんですけど……」


その辺の事情は把握している。クロネ嬢のことだね。


「でも、ここに来たのは命令されたからだけじゃなくて……私自身、変われるんじゃないかって思って」


顔を上げたフロナちゃんの目は、まっすぐと私を捉えていた。


「そう思えたのは、ケイさんのおかげだと思います。私を助けに来てくれたケイさんを見て……そ、その。私もケイさんみたいになりたいなって……」


フロナちゃんは目を泳がせながら言った。


……私になりたいって、それ何の罰ゲームなんだか。私ですら自分自身になりたいなんて一回も思ったことないのに。


「フロナちゃんが僕みたいになる必要はないと思うよ。僕よりもっとお手本になるような人はこの学園にいっぱいいると思うし」

「い、いいんです。私が決めたことなので!私が……ケイさんが良いって決めたことなんです。本人に言うのもおかしいですけど」

「本当にね」

「……ちょっとは否定してくださいよ」


がっくしと肩を落としたフロナちゃんに、私は苦笑して「でも」と付け加える。


「嬉しいよ。ありがとね」

「……はい!」


そうしてフロナちゃんはとびきりの笑顔を見せてくれたのだった。落ち着け私。まだ笑うな……まだ“OTAKU SMILE”を浮かべるな……。


「あれ?」


と、私とフロナちゃんが話していると。


「……君、どこかで」

「え?」


その場に突如として第三者が現れた。


「ア、アレクロッド様!?」


その姿に、フロナちゃんが背筋をピシッと正す。相手は“騎士”クラス。それも成績最上位の天上人。


アレクロッド様こと、ロッド様だ。


優男警報発令!総員衝撃に備えろ!!プリンススマイルが来るぞ!!


「あ、そ、そっかそっか。いいよ、気にしないで。同じ生徒なんだし……むしろそんな畏まられると、僕が困っちゃうし」

「そ、そういうわけにも……」

「……うーん、困ったなぁ」


直立不動の石像と化してしまったフロナちゃんに、ロッド様は困り果てていた様子だった。

彼女の対応は正しい。これが騎士生徒と見習い生徒の関係というものだ。だけど私は知っている。彼はこういう堅苦しい関係を望まないことを。


「初めまして。アレクロッド様」

「ケ、ケイさん!?」


私はロッド様の手を取って、ぐっと握り締めた。


アーッ!!グリーティング!グリーティングやべー!!キエエエエエエエエ!!!


ありがとうございます!ありがとうございます!ありがとうございます!


「おぉ……こちらこそ。ケイ君、でいいのかな。よろしくね。嬉しいよ、こういうラフな関係の方が好きだからさ」

「存じています」

「……す、すごい……」


私の内心の発狂はひた隠しにし、ロッド様が一番望んでいるであろう交流の仕方を私は実践した。実践したのだが、やばい。手汗がやばい。今は軍手を嵌めてるから良かったがこれ素肌だったらビッショビショに濡れてたわ。どこがとは言わんが……いや、もちろん手が。


「ケイ君……つかぬことを聞きたいんだけど」

「はい。なんでしょう」

「前に……五年くらい前に、僕たち会わなかったかい?」

「え!?」


来たか。


「えぇ。そうでしたね」

「そ、そうだったんですか!?」

「あぁ、やっぱり!あの時はお礼も言えなかったから……」


あの時、というのは5年前。フロイア王城をゴキちゃんが襲ってロッド様が一時期ホームレス王子になっていた時の話だ。偶然逃げ延びたロッド様に鉢合わせた私は彼に手製の料理を振る舞うこととなった。


知らばっくれるべきか若干悩んだけど、別にあれ自体は知られて困るものでもない。否定したせいで逆に怪しまれるよりはマシな選択のはずだ。


「いえ、良いんですよ。ただの偶然ですから」

「いや、お陰で僕は助かったんだ。本当にありがとう」


律儀なロッド様、素敵でございます……いい子大賞オブザイヤー受賞。


「……そういえば」


ロッド様は私の頭の上に視線を合わせて首を捻った。


「あの時の頭の“飾り”はどうしたの?」

「……」


……おふ。


終わった……。

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