第19話 予想外も予想済み

「はぁ……」


私はすっかり暗くなってしまった空を眺めて、長い長い1日が終わったのだとうんと伸びをして実感した。


本当に、本当に大変だった……まさか1日の間にテロリストに学園が襲撃されてその一味に攫われた上で助け出されて、冤罪を被せることになるなんて……。


「……うん、我ながら意味不明……」


たはは……と、私ことフロナは力無く笑った。


……あの日。私の部屋に謎の男の人がやって来た時。


『……しゅ、宗教は入りませんよ……』

『ただの同級生です』


そんな会話から始まって、彼の素性がだんだんとわかってくる。


彼はクロネと同じクラスの男子生徒であり、名前はケイ。


『実はフロナさんに折りいって頼みたいことがありまして』


時間帯はもうそろそろ消灯時間になろうという頃。こんな時間に非常識にも女子の部屋まで来て頼み事なんてちょっと正気じゃない。


私は小さな怒りと共にドアを開け、一体どんな人が来たのかとしかめ面でドアを開けると……。


『いいですか?』

『行きます!』


そこには、白髪の赤目の超美形イケメンが立っていた。


……


…………。


彼に言われるがままに着いて行くと、そこは何の変哲もない学内の物置だった。


『実はさっき、ここで物をなくしてしまって。少し高価なものなので人手が欲しかったんです。明日になってからだと盗まれてしまうかもしれませんから』


そう言うケイさんに倣って、私は物置で一緒に探し物をし始めた。


彼が無くしてしまったのは金で出来たロケットらしい。確かに高そうだ。


だけど私に頼んだ理由がわからない。そう聞くと……。


『フロナさんなら、見つけたとしても……黙ってもって行ったりしなさそうだな。と』


(……それは褒められてるの?)


わからないけど、実際人のものをネコババする勇気はない。良心の呵責とかではなく、そうすることで起こる色んな人間関係のトラブルが面倒なだけだ。


だけど問題が起きたのはその後。


『……?』


急に“ガタン”っていう扉が開いた音がしたと思って振り向いた瞬間。私は意識を手放した。

そして気づくと、長身の男に私は拘束されてしまったのだ。


(なんで、こんなっ……!)


このまま殺されるのか、と思っていたら男はどういうわけかその場から消えてしまった。


でも一人では拘束を抜け出すことも出来ずにいると……。


『フロナさん!無事ですか!?』


ケイさんが現れて、私を助け出してくれたのだ。


なんでも私が気絶した直後に学園に竜が襲撃して来て、ケイさんは私も避難しているものと思ってその場から離れたら私の姿がなくて、わざわざ探しに来てくれたのだった。


「本当に、ありがとうございます。助けていただいて……」

「いや、気にしないで。元々僕が呼び出したせいでこんなことになっちゃったんだし」

「い、いえ!そんなことは全然……!」


……正直、ケイさんのことを少し疑ってしまった自分が恥ずかしい。わざわざ危険な状況下で助けてくれたケイさんには感謝しかない。


その後、私は教師や兵士といった学園内の大人たちから事情聴取を受けることになったのだが……どうやら彼らは今回の襲撃の主犯が“聖竜教”という犯罪者組織だと決めつけてかかっているようで、私が何かを言うこともなく簡単な質問だけで解放された。


……色々と疑問に思うことはあるけど、あんな怖い思いをした以上はもうこの件には関わりたくないと思った。クロネもあの事件以降何か考え込んでいる様子で私に関わってこないから、私は大人しくしてようと思う。


……あ、でも……。


「お、おはようっ」

「うん、おはよう。フロナさん」


あの日から、ケイさんと仲良くなれたのは……嬉しかった。


すごく。



原作における序盤のイベントである“ホーンブレイブ竜空戦”が幕を閉じた。


全体的な感想としては「くぅ〜疲れました!w」って感じ。最終的には私が直接出ていく羽目になったくらいのガバガバ作戦だ。


この襲撃の裏で起きていたことを説明しておくと、まず私は“酒龍草”を購入したフロナちゃんを誑かして、士官学校の地下施設に繋がる扉の辺りまで案内してそこで彼女を待機させた。


んでもって、スタンバってた祭り氏がフロナちゃんをホールド。これは元教祖のおっさんを通じて事前に彼に通達しておいた形だ。本部への隠し通路付近に一般生徒が不審な動きしてるから拘束しろってね。


今回の襲撃、明るみに出れば絶対酒龍草の出処を洗われる。フロナちゃんを聖竜教の一味である祭り氏に襲わせることで、彼女を組織に脅されていた被害者として仕立て上げたわけだ。


勿論“傷付けるな”とは厳命したけど、フロナちゃんを解放する時に軽く見た感じ痣やかすり傷がちょっとついてて、何事もうまくいかんもんだなと思ったものだ。


やるなって言ったことすら出来ないんなら、もはや駒としての価値すらない。彼には然るべき処遇を受けてもらうとしよう。


今回のことで痛感したけど、いくら私が強くて若干チート気味の能力を持ってたって全てのことを完璧にコントロールできるわけじゃない。ヒューマンエラーやアクシデントは当たり前のように起こって、頭の中で思い描いた理想型とは全く違う形に現実は進んでいく。


かと言って妥協を許した結果戦争ルートに突入したら元も子もない。私の最大目標は原作にあったような鬱展開を、最小限の原作干渉で打破すること……って、もうすでに修復不可能なレベルで原作ブレイカーになっちゃってる気もするけど、竜としての私が暴れる分にはまだ良い。


そん時は“翡翠の竜”は人知れず死んだってことにすればいいし。


「……さて」


私は自室で、今後の行動計画を書面に纏めていく。


何をやるべきで、何をやるべきじゃないかを明確にしていく仕分けのような作業だ。


今回、“聖竜教”を動かして襲撃計画を半ば主導するような形になったのは、私が組織をどれだけコントロール出来るのかという実験のようなものだった


それだけじゃなく、本来の襲撃作戦を計画したクロネ嬢への牽制の意味もある。


自分たちが計画していたはずの襲撃作戦がいつの間にか“聖竜教”に乗っ取られて、さらに聖竜教が黒幕扱いされてたら本当の黒幕であるクロネ嬢はどう思うかな?


賢い彼女のことだ。「あなたの動向は把握している」っていうこちらからの言外のメッセージを察してくれるんじゃないかな?それがわかれば彼女もそう大きく動くことはできないはずだ。外に漏れてないことが大前提の作戦が私たちに筒抜けだと知ればね。


……一応言っておくけど、私はクロネ嬢の思想というか、襲撃の意図に関しては全面肯定の立場だ。っていうかもし彼女が必要なら私が手を貸すのもやぶさかではないし、それは全ての原作キャラに於いて言えること。

私は今回クロネ嬢の作戦を阻止した上で乗っ取ったかもしれないけど、それはこうすることがクロネ嬢やこの学園、ひいては世界のために一番いい選択だと思ったからだ。

クロネ嬢の選んだ道を否定はしない。だけど、その奥に隠れた野望や真意のためにもっと良い道を提示しただけのことだ。


そう、今はまだその時じゃない。


下剋上。学園の襲撃。野望の成就。それは大変素晴らしいことだ。彼らの取った全ての行動を私は尊重する。「なんとなく人類大量虐殺する」とかいうよっぽど意味のわからないものじゃない限りは。


だけど、今この状況で盤面をひっくり返すのは早すぎる。まだ新学期も始まったばかりで、これから面白くなってくるって時期なんだから。


どうせ下剋上するなら、もっと役者が出揃ってからの方が面白いでしょ?


「あー、寒い……」


部屋の窓を開けると、まだ冬が抜け切らない冷たい風が入り込んで肌を撫でた。竜の体のせいか、実際はろくに温度も感じないけどね。


「皆、ちゃんと暖かくして寝てるかなぁ」


……なんなら今から全部屋回って、ファンブックにも載ってなかった寝相事情でもチェックでもするか。


なにせ私は“見習い”で、みんなのお世話係なもんで。

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