第16話 皇女と王子と推しとお祭り
「もっと近づけて!限界まで!」
「そんなこと言われても……!」
「ほらほら、頑張んな〜?」
ロッドはその手に手綱を握り、必死の形相で竜が吐く炎から逃れていた。
「大袈裟に避けすぎ。動き続けていればそうそう当たらないから、もっと接近して戦いなさい!」
「そうは言っても、もしそれで当たっちゃったら……!」
「だとしても竜が一匹丸焦げになるだけ。何も問題ないわ」
「問題だらけだよ!?」
ナチュラルに竜の命を軽視し切った発言を飛ばすエレオノーアにロッドは驚愕する。
彼女のこの竜に対する異常な憎悪はどこから来ているのだろうか……。
「良い?竜は繰り手の感情の機微に敏感よ。あなたが臆病だと竜も臆病になってしまうの。恐れることをやめなさい」
「恐れることを……?」
「やらなければこちらがやられてしまうだけ。そうして後になって気づくのよ?守るべきものがこの世から永遠に失われてしまったことに」
「……」
「そんな思いをしたくなければ、もっと憎悪を抱くことよ」
憎悪。
ロッドの中にある憎悪は……あの日。城を襲い、家族を襲った黒竜に対するものだ。
だが、奴は黒竜じゃない。ただの人間だ。
(どうすれば……)
……ロッドが答えを得られずに迷っていると。
「ロッド!!」
「……え?」
聞き慣れた声が、上空から聞こえた。
「なに初夜の童貞みてぇな動きしてんだ!もっと攻めやがれ!!」
「兄さん……」
「相手は股を開いた女だ!その気でやれ!!」
(こっちも意味がわからない……)
遥か上空から、意味不明のアドバイスを送ってきている兄に心底呆れつつ、それでも確かにロッドは答えを得た。
(兄さんが見ている)
いかなる理由かはわからないが、兄カルヴァンは持ち場を離れ、ここまで援護にやって来てくれたらしい。
兄の前で無様は晒せない。
「股を開いた女の人、か……」
「最悪の例えね」
後ろでカルヴァンとの会話を聞いていたエレオノーアが心底軽蔑したような口調で言うが、ロッドはある日の兄との会話を思い出していた。
『いいか。不安なのは向こうも同じだ。こっちが堂々としてる方が安心できるもんなんだよ』
『なんの話?兄さん』
『こっちの腹が見えねぇから怖がる。なら見せつけてやって、その気にさせてやればあとはぶち込むだけだ』
『兄さん?』
『あぁ、あと避妊具は付けなくていい。没入感が薄れる』
『兄さん!?』
……今思い返しても最悪の会話だったが、そこに現状打破のヒントが隠れていた。
「向こうもこちらを怖がっているんだ」
敵はこっちの戦力を図りかねている。だから遠距離攻撃だけで積極的に攻めの姿勢に転じてこない。カルヴァンという予想外の戦力の参戦もある。
ハッタリだ。それが一番有効なんだ。
「ふっ!!」
「!?」
ロッドは、それまで祭り師の周りを周回するように動かしていた騎竜の軌道を突如曲げて、抉り込むような角度で急接近した。
アクロバティックな飛行を見せたロッドに、祭り師は目を剥いている。
こんなのは見せかけだが、今まで見せなかった動きを見せたことが重要だ。
「うっ、くっ……!」
鼻先を炎が掠め、ロッドは頬を引き攣る。
「っ!?まずい!」
“これは当たる”
そう確信した一撃を回避するため、ロッドは大きく竜の軌道を変えた。
当然、それに伴い一度は射程範囲に収めるほどまで接近した距離から離れていく。
「ご、ごめん……!」
「いいえ。充分よ」
ロッドが自身の失敗を認めたと同時に背中の“氷帝”に謝罪する。どんな罵詈雑言が飛んでくるかと思えば、帰って来たのは自身に満ちた賞賛だった。
「……ぁえ?」
「磔にしたわ。“再生”も形無しね」
槍が体を貫いても、祭り師は最も容易く再生してみせた。
それがどのようなメカニズムによるものかは不明だが……“再生”だけなら、他にもやりようがある。
祭り師の体は、エレオノーアが投擲した槍によって背にした建物ごと貫かれていた。
「やるじゃねぇかお前ら。ガキにしちゃ上出来だ。俺は来る必要なかったか?」
決着が付いた頃になって、ようやくカルヴァンが二人の元へ辿り着いた。
「なかったわね」
「……なかったねぇ」
「悪いな。遅れた」
軽口を叩きながら二人の元に遥々やって来たカルヴァンに相変わらずの“氷帝”とフォローしようとして失敗した弟の指摘が刺さる。しかし当人は気にした様子もなく祭り師に厳しい視線を向けた。
「まずはやるべきことを終わらせるぞ」
「……殺すの?」
「当然だ」
隻腕に担いだ“槍”を構えて祭り師に近づく兄を、ロッドは不安げな表情で見つめた。
祭り師は犯罪者だ。罰せられて当然……だが、彼には不明な点が多すぎる。竜を操ってみせた手口や、どこから現れたのかなど。
「……あの、兄さん。殺す前に情報を引き出した方が」
そう言いかけて。
「──危ねぇ!!」
ロッドの目前に、爆炎が迫った。
同時に、カルヴァンによって地面に押し倒される。
「うっ、ぐっ……!」
肌を焦がすほどの熱量を持った炎が通り過ぎて、ロッドは何が起きたのかとちかちかと明滅する視界を精一杯に開いた。
「……まさかこの目で見ることになるとはな」
「兄さん、あれは……?」
兄の肩越しに見えたのは、噴き上がる炎とその向こうに見える“巨体”。
竜だ。だがそれは普通の竜より遥かに大型で、その額に付いたいくつもの眼がギョロギョロと辺りを見回している。巨体ゆえか翼は小さく見え、飛行は不可能と思わせる姿だった。
「伝説上の存在。五体の“天災”と呼ばれる竜の一匹」
そして、その体を常に炎が包んでいる。
「“紅玉の竜”だ」
「──!!」
伝説の竜が咆哮を上げた。
ビリビリと空気が震える。
「“五天災”……」
「……終わりだよ、君たち」
全身が焼きただれながら解放された祭り師が、避けた口をニヤリと歪ませる。
「酷い顔だわ」
「本当はこいつを解放する気なんてなかったんだけどねぇ……まぁ、せっかくの祭りだ。賑やかに行こう」
「来るぞ!!」
「──!!」
“紅玉の竜”の顎門に閃光が光る。
「ロッド!乗りなさい!」
「うん……!」
エレオノーアに腕を引かれ、空に飛び立つ。
だが、カルヴァンは微かな違和感を感じていた。
かつて同じく“五天災”に数えられる竜の一匹と対峙した経験のあるカルヴァンだから感じた違和感。
あれは人の手に余る存在だ。まさしく“天災”である。
(何故、人間に従っている……)
人間に従う竜は存在する。騎竜がその筆頭だ。だが、騎竜に選ばれる竜はおとなしい気性で、強力ではない個体が選ばれる傾向にある。
人間が伝説の竜を従えるなどほぼ不可能だ。もしそんなことが実現されていたのだとしたら……。
従っているのではなく、無理に使役させられている。
紅玉の竜の目は、まるで轟々と燃える自身の体をそのまま映したかのように赤く煮えたぎっていた。
……伝承では、強大な竜を怒らせた末路を書いた逸話には事欠かない。竜騎士のみならず、この世界で生きる者はだれもがこう言われて育つ。
“竜を怒らせてはならない”。
「……ロッドォ!!」
「……え?」
カルヴァンは、危険信号を発した自信の生存本能のままに飛んだ。
自身が操る騎竜を、ロッドが乗る騎竜に覆い被せる。
「──!!」
次の瞬間。
カルヴァンの乗っていた騎竜が、熱により焼死した。
「うおおおおおお!!!」
カルヴァンは無我夢中で、エレオノーアとアレクロッドの二人をかき抱いて空へと飛んだ。
二体の騎竜が炎に焼かれて炭と化す。
だが、それが逆に全てを焼き尽くす炎が三人に到達するまでの一瞬の時間稼ぎの役目を果たした。
(……駄目だ)
だがそれでも、炎が広がり続ける。その勢いが止まらない。
二体の竜の犠牲は、死の瞬間をほんの一瞬だけ未来に先延ばしたという結果にしかならなかった。
……そう、たった一瞬。
「……馬鹿な」
結論から言えば、その一瞬が生死を分けた。
「……これは」
気づけば三人は、目に見えない風の膜のようなものに包まれていた。それは炎から内側と外側を遮断し、熱が侵入することを拒んでいる。
伝説の竜の攻撃を防ぐほどの防護。
それを為せるのは同等の力を持つ存在だけだった。
「……“翡翠の竜”」
もう一匹の“天災”が、その場に現れた。
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