第15話 皇女とお祭り

「……今、何匹堕とした?」

「さぁ……500は倒したと思いますがね……はは……」

「減らねぇな」


学園上空。カルヴァン率いる竜騎士隊は、肩で息をしながら周囲を飛び交う竜の数に辟易としていた。


「これ、むしろ最初より数が増えてませんか……?」

「1匹ずつ数えればそういうこともあるんじゃねぇか?やってみりゃいい」

「いやぁ……自分、細かい作業は苦手なので……」


戦闘開始から、すでに3時間が経過していた。


いまだに竜騎士側に犠牲者が0で済んでいるのはもはや奇跡と言うほかない。5割の確率で外れを引くクジを10回連続で成功させるかのような、偶然の上にさらに偶然を重ねなければここまで持ち堪えることは不可能だった。


だが……。


「はぁ……はぁ……!」

「おえっ、ぜぇ……!!」


こちら側の余力はとうに無くなっていた。


当初は小隊ごとに分かれ、それぞれで竜を撹乱していたが、各騎の動きが精細を欠くにつれて竜騎士達は固まって防御に徹するようになった。


竜の数を減らすことではなく、翼部分を狙い一時的に飛行能力を落とす。竜玉の破壊に執着せず足止めに注力するなど、戦法はより時間稼ぎを意識したものへとシフトしていく。


それでも抑えられない消耗。積み重ねられる疲労が徐々に竜騎士達から冷静さを奪っていく。


「くっ……!」


竜騎士の一人が不意にバランスを崩し、目前に迫った竜の爪に引き裂かれそうになる。


「──」

「……え」


だが、その時突如として竜の腕が半ばから断ち切られ、九死に一生を得る。同じように“奇跡”のような隊同士の援護によって戦況は辛くも守られていた。


そんな時──。


「なっ……カ、カルヴァン様!」

「あぁ?なんだよ」

「学園内より……火の手が!」

「なに?」


前方に注意を張り巡らしていたカルヴァンが、視線だけを後方に向ける。


そこには確かに、噴き上がる黒煙と僅かに見える炎のゆらめきが学園の敷地内に見えた。


「……これが本当の狙いか」


本防衛戦の開始当初より危惧されていた“敵”の次の手。


恐らくそれが実行された結果があの火事だと、カルヴァンは直感的に理解した。


“敵”はまず大量の竜に学園を襲撃させることによって、学園内の戦力を竜への対処に当たらせた。最低限の戦力すら無くなった敷地内で今度は火の手を上げ、統率を失った非戦闘員をパニックに陥らせる。


「……狙いは、俺たちの“全滅”か」


ここまで来ればもはや確定的だ。“敵”は学園内の人間を全員皆殺しにしようと動いている確率が非常に高い。

カルヴァンはこれから起こり得る全ての可能性を模索し、取るべき次の一手を模索した。思考を張り巡らせる時間すら今は惜しい。最善手を考える暇はない。


何かを切り捨てる覚悟をしなければ……。


「殿下」


思考の海に落ちたカルヴァンを引き上げたのは、長年連れ添った部下の声だった。


「行ってください」


その男は、ただそれだけを言った。


そこに何か、他の言葉を足す必要はなかったのだ。カルヴァンという男が今何を必要としているか、何をしなければいけないのか……彼にはその答えが本人以上にわかっていた。


その結果、自分達が辿る末路でさえも。


「安心してくださいよ、殿下」

「……」

「弟君を嫁にもらうまでは、死ぬわけにはまいりません」


その男は、頬を吊り上げて笑った。


カルヴァンはその目を見て、はっと鼻を鳴らした。


「俺が戻るまでに、全滅させとけ」

「了解いたしました」


答えた瞬間、カルヴァンは騎竜を思い切り降下させた。


向かうべきは、炎に包まれた学園内のどこか。


「……どこだ」


その中のどこかに、“黒幕”がいる。



「はぁっ!」

「──!!」


槍の穂先が竜玉を捉え、1匹の竜が溶けるように消えていく。


「やるじゃない?皇女様。本物の竜騎士みたいだ」

「ここがどこだか忘れたみたいね。ただの子供と侮った時点であなたの失策だわ」

「うーん、そうみたいだ。これは予想外」


エレオノーアは額に流れる汗を振り払って、眼下の竜を鋭い眼差しを見つめた。


エレオノーアは“天才”と称される騎士生徒である。その技量はすでに、一般的な竜騎士の実力を凌駕していた。

騎竜を操る練度も、槍を振るう技術も抜きん出て高く、必修課程さえ履修すれば今すぐにでも正式に竜騎士として活動できるほどの実力者だ。


しかし……エレオノーアの眼前に立つ“祭り師”と呼ばれる男もまた別の意味で怪物だった。


彼自身が周囲の建物にところ構わず炎を放ったことで、祭り師自身が炎の中に包まれている状況だというのに、汗一つかかず涼しい表情でエレオノーアを相手取っていることもそう。

その足捌きは素人そのものだと言うのに、急接近したエレオノーアの槍を寸前で躱すまるで野生児のような身のこなしもそう。


エレオノーア自身は表情を一切変えることなく祭り師を相手取っていたが、時間が経つほどに延焼により建物の被害は増していく。竜に囲まれ、想像以上に守りが固い祭り師に対してエレオノーアは攻めあぐねていた。


(……このままじゃ埒があかないわ)


状況を見たエレオノーアは、戦場の流れを変えるために攻勢に出た。


「おっ?」


周囲を固める竜は無視して、その中央の祭り師だけを狙う強行突破。

エレオノーアは竜を垂直降下させて、真っ直ぐに祭り師へと突っ込んだ。


「年貢の納め時ね」


瞬間的に距離を詰めたエレオノーアに対し、祭り師は反応することすらできなかったらしい。


あんぐりと開けた大口から真っ直ぐに槍を差し込まれ、文字通り“串刺し”となって生き絶えた。


……かに思われた。


「ぼがーゔぇ」

「……なっ!?」


串刺しとなった祭り師の目がギョロリと動き、エレオノーアの目を捉えた。


「あぐっ!?」


横からの強い衝撃。

エレオノーアは騎竜から落竜し、地面へとその身体を強かに打ち付ける。


「おっ、ぼぇ……まったく、せっかくの祭りの日に不味いもん食わせないでよ」

「くっ……なぜ、生きて……!」

「ん〜ん。なんでだろうねぇ?あの世で串刺しになっても生きてる人がいたら聞いてみれば?」


倒れ伏すエレオノーアを見下ろす、空っぽな瞳。


その額に、竜の顎が向けられ咥内に閃光の輝きが溜まっていく──。


爆炎。衝撃。


「……え?」

「あ、危なかった……!」


エレオノーアは生きていた。

彼女を抱えて地面を転がったのは……フロイア王国第二王子。


アレクロッドだった。


「……な、何をやっているの!?なんでこんな場所に来たの!?」

「なんでって、エレオノーアさんを追いかけてきたら……!」

「っ!伏せなさい!」


数瞬の動揺の後、エレオノーアは自分を抱きすくめて転がったアレクロッドを今度は思い切り地面に引き倒した。


頭の上を、圧倒的質量を持った竜の尾が通りすぎる。


「うわぁ!?」

「走って!」


エレオノーアが立ち上がり、全速力で駆け出す。アレクロッドも持ち前の俊敏性を総動員してなんとか彼女に追いつき、二人は崩落した建物の瓦礫の影に身を潜めた。


「いい!?ここはあなたみたいな子供が来て良い場所じゃないの!今すぐ避難場所へ戻りなさい!」

「子供って、君も同じくらいの年齢だろ!?」

「馬鹿なの!?そんな話をしてるんじゃないのよ!」


エレオノーアがアレクロッドと痴話喧嘩のような言い合いをしていると、背にしていた瓦礫が突如として粉砕される。


「うわあぁ!?」

「きゃあああぁーっ!?」


その衝撃で、二人はもつれ合いながら地面に転がった。


「……なんか、参加者がもう一人増えた感じ?」


けほけほと咽せるエレオノーアと、目を回しているアレクロッドを、祭り師はうんざりとした様子で一瞥した。


「祭りが賑わうのは良いことだけど、こっちとしては運営が大変になって困っちゃうんだよね〜」

「な、何言ってるの!?あの人!?」

「猿の言葉が人間に理解できるわけないでしょう」

「君も酷いね!?」


エレオノーアが“氷帝”と呼ばれる所以である毒舌を身をもって体験している間に、彼女は素早く周囲を見渡して1匹の“騎竜”が高速を抜けて野放しになっているのを発見した。


「……あなた、確か試験の成績は良かったわよね?」

「え?う、うん」


唐突にそう聞かれたロッドは、かくかくと頭を上下に動かした。


「なら、騎乗試験の成績も良かったのよね?」

「う、うーん……正直、そこまで得意ではないというか。あれは正直まぐれだった所も多いというか……」

「ごちゃごちゃうるさい!良い!?今からあの騎竜をあなたが操りなさい!私はあなたの後ろに乗る!」

「えっ!?な、なんで……!?いだだだ!」


狼狽するロッドの片耳を掴んで、エレオノーアは強引に立ち上がらせた。


「当然、私があの男を直接仕留めるからよ。あなたが操縦役。私は攻撃役」

「ふ、二人乗りはやったことないんですけど……」

「なら初めてで成功させればいいの。当たり前のこと言わせないで」

「……はい」


ヒリヒリと痛む右耳をさすっていると、早速竜に跨ったエレオノーアに手を差し伸べられる。


「アレクロッド。不本意だけど、私の命をあなたに預けてあげる」

「……ロッドでいいよ。みんなにはそう呼ばれてる」

「そ。なら特別にノアと呼んでもいいわ。長い名前は戦闘中に呼びにくいでしょうから」

「お二人さーん?そろそろイチャつきは終わったー?」


エレオノーア……ノアの手を取り、竜に跨ったロッドは、緊張した面持ちでしっかりと手綱を握った。


「……いくよ!」


二人を乗せた竜が、夜空に飛び上がった。

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