第14話 お祭り

竜騎士と竜との戦いは、多くの場合長期戦となる。


まず、空中戦となる都合上戦闘は三次元的なものになり、回避や移動が頻繁に行われる。逆に両者が接触する交戦はすれ違いざまに行われ、常にヒットアンドアウェイの戦法が強制されることとなる。


「くっ、外したか!」


そして、竜は心核である“竜玉”を破壊されない限りは無尽蔵に肉体の再生を続け、復活する。

竜玉内に残存しているエネルギーを空にすることでも再生は止まるが、これは時間がかかりすぎるために現実的ではない。


つまり竜騎士の戦いとは、一瞬の交戦で的確に竜の体内のどこかにある竜玉を粉砕するという、針の穴を通すような達人業が要求されることになるのだ。


「退け!退路を絶たれるぞ!」

「ちぃっ!」


加えてこの戦場は、四方を竜に囲まれ常に竜騎士達の動きを阻害する。


竜騎士達は本来の機動力を十全に発揮できないために、通常時以上に慎重かつ消極的な戦いを強いられることとなる。こちら側の戦力が心許ないとなれば尚更。


唯一、嬉しい誤算があるとすれば……。


「よし!やはりこいつら、近くの敵に一番に反応するぞ!」

「学園から遠ざけろ!俺たちが囮になるんだ!」


竜は集団行動を取っているようで、やはり“獣”であったことだ。


「統率が取れてようが、所詮は本能の生き物だ。動きがわかれば対処もできる」


竜の群れは現在、学園への進行を停止していた。

群れの内部に飛び込み暴れる竜騎士達へと狙いが移ったことで、群れ全体が散り散りになりつあったからだ。


「ですが、時間を稼いだだけです……やはり総力が違いすぎます」

「それでいいんだよ。俺たちがやるべきは奴らを全滅させることじゃねぇ。時間を稼ぐことだ」


元より絶望的な戦力差。今はまだ犠牲者数も0で済んでいるが、確実にこちらの体力は削られてきている。動きが精細さを欠けば、どこかで脱落者も出るだろう。


故に、カルヴァンの取った選択肢は“時間稼ぎ”だった。


「──!!」

「よし!2匹やったぞ!!」

「まだだ!竜玉が落ちていった!地上に降りてあれを壊さない限りは復活するぞ!」

「私が降下します!すぐ戻るので耐えてください!」


現状はまだ、最善手を取れていると言える。

しかしどこかで綻びが出れば容易く崩壊する均衡だ。


「──!!」

「……まだか」


カルヴァンは3匹の竜の首を同時に落としながら、戦場の最中にあって遥か東の空に意識を向けずにはいられなかった。


戦闘開始からすでに1時間が経過。


戦場は危うい拮抗状態にあった。



「……うん?」


アレクロッドは、ふと違和感を感じて後ろを振り返った。


「ごがー」

「……」


しかし、そこにいたのは涎を垂らして熟睡している親友の姿だけだった。


時間が時間とはいえ、この状況下で眠れるなんて豪胆な精神だ……と関心半分呆れ半分で周りを見回して気づいた。


「……思ったよりも」


周囲の人たちはその多くが、支給された毛布や衣服に包まって眠りこけていた。室内は雨風こそ通さないが、吹き抜けの構造もあり冷えている。生徒達は身を寄せ合って寒夜を乗り切っていた。


「なんでだろう。全然眠くない」


ロッドは今晩、ジルクスに叩き起こされるまで眠りこけていた。当然眠気も疲労も残っておるはずなのに、不思議と全く眠くならなかった。


自分で自覚している以上に、この状況に緊張しているということだろうか。


「……少し、風に当たろうかな」


ロッドは立ち上がり、出口に向かって歩いて行った。


避難場所から外に出ることは出来ないが、夜風が当たりやすい場所に移動するくらいなら咎められることはない。床に寝転がる人たちを乗り越え、起きている人々を掻き分けて、ロッドは出口へと進む。


「……え?」


だが、人混みを掻き分けた先にロッドは思いもよらぬものを見た。


「エレオノーア?」


それは、出入り口から外に出る皇女、エレオノーアの姿だった。



「ふんふふ〜ん」


人気が消え、静かになった学園内の通路を、一人の男が歩いていた。

男に名前はない。ただ、彼は周囲から“祭り師”と呼ばれていた。


生まれた時から、とある教団によって引き取られた男は善悪という価値観を教わらずに大人となった。人を殺すということも、虫を殺すということも、彼にとっては同じだ。何故なら同じ命なのだから。


そんな彼の脳裏に最も鮮明に焼き付く記憶は、実験と監禁の日々からある時抜け出した先で見た“祭り”だった。灯りで彩られる鮮やかな町。いくつもの出店。通りを行き交う人々は活気付き、至福の時を謳歌する。


彼は“祭り”に強く憧れ、そして自分自身が祭りを体現する者となることを強く願った。


良い祭りの条件とは何か?


まず第一に、賑やかであることだ。


「さぁ、生まれておいで。小さな竜達よ」


祭り師は自身の着る“浴衣”の袖から、数十個の小さな“玉”を取り出した。


「こんな狭い路地、祭りには相応しくない。派手で活気ある、賑やかな通りでなくちゃね」


“玉”は地面に転がると、ぶるぶるとひとりでに震え出した。


「ほら、餌をあげるよ」


祭り師は続いて、胸元から何らかの“煮凝り”のような物体を取り出し、それを玉に振りかけた。


瞬間……。


「──!!」

「──!」

「よしよし。良い子だねぇ」


“餌”を吸収した玉が、“竜”に変化した。

竜玉を壊さぬ限り、竜はその肉体を何度でも再生させるのだ。


そして、良い祭りの条件二つ目。


“火花”と“閃光”である。


「──!!」


竜が火を吹き、学園内は突如として業火に包まれた。


「いい閃光だぁ。これぞ祭りって感じ……あっ、もうちょい上の方もライトアップできる?」

「──!!!」

「そうそう。そんな感じ〜」


祭り師は実に満足げにうんうんと頷いて、炎に包まれる校舎を見て得心した。


「よしよし、この調子でどんどん行こう」


祭り師は竜を引き連れ、誰もいない学園を練り歩いていく。


避難誘導により生徒も教員も一箇所に集められたこの状況下では事態の把握は遅れる。気づいた時には学園はすでに火の海だ。

誰もが炎に包まれ、何も為せないままに死んでいく。苦しみもがき、怨嗟の声を上げて誰もが沈んでいく。


素晴らしい。これこそが究極の祭りだ。


「おや?」


だが、祭り師の仕掛けた盛大な祭りに水を差す存在がいた。


「──なるほどね。これが本当の貴方達の狙い?“聖竜教”の祭り師」


炎の中を切り裂いて、騎竜が現れた。


その背に跨っているのは、鉄の鎧に身を包んだ竜騎士……ではなく。


制服に身を包み、月明かりを受けて煌めく銀髪をなびかせ、深い青に染まった瞳を鋭く細めて“敵”を捉える少女。


「邪悪な気配を感じて来てみれば、随分派手に暴れているのね?もっとこそこそと動いていた方がお似合いだわ」

「これはお祭りなんだよ?派手じゃなきゃダメじゃないか」

「へぇ?お祭り?良いわね。私も一度行ってみたかったの。一緒に行きたかった人が居なくなってしまって……諦めてしまったけれど」


少女の名はエレオノーア。その目は氷のように冷め切っており、周囲に竜を侍らせる男を冷たく射抜いている。


「それは残念。僕でよければ代わりにお供しますよ?皇女様」

「あら、そう?お心遣い感謝するわ。そうね……じゃあお言葉に甘えて」


エレオノーアはその手に持った“槍”をぐるりと回転させて、祭り師へと飛びかかった。


「あの炎の中に案内してあげるわ。もちろん、行くのはあなただけよ」

「あっはぁ!可愛いなぁ!そんなに恥ずかしがっちゃってさぁ!!」


炎を反射する鋼の槍の穂先が、炎が燻る竜の咥内を貫いた。


竜に囲まれた学園内で、もう一つの戦いが始まった。

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