第13話 ホーンブレイブ竜空戦
「───以上が作戦だ。何か不明な点はあるか?」
ホーンブレイブ士官学校。
中央広場。
そこには、全身に鎧を着込んだ数十名の竜騎士達がずらりと並んでいた。そして彼らの前には壇上に立ち、“防衛戦”の指揮をとるカルヴァンの姿。
平時であれば心強いことこの上ないその光景も、この異常事態では敵として想定される戦力に対してあまりにも貧弱だ。
敵は少なくとも百体以上の竜。こちらのまともな戦力は55名の竜騎士。
この“防衛戦”は、学園側の甚大な戦力不足という事実を最初に突きつけられた。
必然、取れる戦略も限られる。この場における最高指導権を持つカルヴァンの作戦は抜け目ないものだったが、同時に無難な策とも言えるものだった。
竜騎士達の顔色は優れない。
「……そもそも、何故あれほどの数の竜が……?」
口火を切ったのは最前列に並ぶ若い竜騎士だった。
本人も発言する気はなく、思わず口から出た言葉のようでカルヴァンの鋭い視線を受けて思わずたじろいだ。
「なにビビってんだ。今のは良い質問だ。いいか、この場の全員に伝えておくが、今回の襲撃、常に心の中に疑念を抱き続けることをやめるな」
「……それは、どういう」
「今回の襲撃は、人為的に引き起こされたものである可能性が高い」
「なっ……!?」
突如としてカルヴァンの口から飛び出た爆弾発言に、その場の竜騎士達がどよめく。しかしカルヴァンは眉一つも動かさずに淡々と語った。
「そもそも、竜ってのは勝手に群れを築いたり徒党を組んでひと所を襲うような集団意識を持った存在じゃねぇ。二匹だろうが百匹だろうが、竜が足並み揃えてここに集結してるって時点で異常だ。本隊が遠征してる今ってタイミングも偶然にしちゃ出来すぎだ。まず間違いなく何者かが誘導している」
「い、一体誰が……」
「それがわかれば苦労しねぇな。黒幕をひっ捕らえれば幾分か状況もマシになるだろうが、実際見当もついてねぇってのが現状だ」
カルヴァンの語ったその話は理に適っていて納得できるものだ。しかしそれでも、信じがたいと思う者は多かった。絶対的な正義に象徴である竜騎士に対し、弓引く存在がいようとは想像だにしなかったことだ。
「そして、だとすればこれで終わりじゃねぇ。向こうの狙いすら見えない現状じゃ、戦場でどんな異常事態が引き起こされても不思議じゃない」
この襲撃が仕組まれたものだとしたら、敵は二の手、三の手を用意している。
この場に集った竜騎士達はいわば、自ら罠にかかりに行くようなものだった。だがそれすらも承知の上でカルヴァンはその場の全員の顔を見渡した。
「俺たちにできるのは考え続けることだけだ。兵法の基本に則った上で、臨機応変に対応せ……そして、全隊に告ぐ」
「……!」
「言うまでもなく、ここに集った全員それぞれに家族、友人、恋人がいる。帰りを待つ何者かがいる。その上で全員、これを肝に銘じろ」
一呼吸置いて、カルヴァンは宣言した。
「この学園に在籍する生徒達の命は──お前達全員の命より重い」
「──!」
「死んでも守り切れ。以上だ」
「「「はっ!!」」」
……。
戦力不足。逆転の策もなし。想定される敵の規模も狙いも不明。
あまりにも絶望的な戦場に──しかし爛々と輝く目で竜に跨る鋼の騎士達。
空に飛び立つ竜の翼が、夜風を切って音に発つ。
僅か五十五の竜騎士達は、幾百に重なる竜の影へと勇み挑んだ。
◆
「ふんふふ〜ん。いやぁ、楽しみだなぁ」
「竜に囲まれ、逃げ場のない校内。僅かな希望を背負った竜騎士達。そして空しくも崩れ去る希望と、新たな絶望……久しぶりにいい仕事だぁ」
「まずは誰から狙おうか……?やっぱ皇女様かなぁ。いや、例の黒い娘か……まぁ、どっちみち全員始末することには変わりないんだけどね」
「──」
「そうでしょ? フロナちゃん──だったっけ?」
「君のおかげで、今日は楽しい夜になりそうだ」
◆
「……見えたな」
真夜中の上空。そこには騎竜に乗った竜騎士達が陣を組み、空の彼方からやって来る無数の竜を迎え撃つ形を取っていた。
月明かりが差し込み、視界が開けていることは不幸中の幸い。雲もない快晴で、視覚的な不利を背負うことは避けられた。竜は夜目が利く。
「……圧巻ですね」
しかし視界が開けているだけに、対峙する竜の規模もまた鮮明に映し出された。
夜空に巨大な蠢く影が現れたかと錯覚するほどの影の塊。それが何百……あるいは何千体もの竜によって構成されていると気がついた時、その場の全員が戦慄する。
「百体どころじゃない……一体どれだけいるんだ……!?」
「はっ。元々こっちは不利を承知で来てんだ。百が千になった所で何か変わるか?」
しかしこの状況下で、カルヴァンただ一人だけはその口を不機嫌そうに歪めて迫り来る竜の大群を眺めるだけだった。
「カルヴァン様!しかしこれは流石に……!」
「簡単な話だ。戦でこちらの軍勢が10。相手が100とする。不利はどっちだ?」
「……それは、勿論こちらの軍勢でしょう」
「じゃあ相手が1000の場合は?」
「こちらの軍勢です……」
「ほらな?同じじゃねぇか。行くぞ」
「はっ……!?ちょ、カルヴァン様!?」
意味不明な持論を展開したカルヴァンが単身、竜の群れへと攻め込みそれを追う形でカルヴァンが率いる舞台が後を追う。
「あっ……!」
しかし、カルヴァンの駆る騎竜は加速し続け、そのまま闇のように蠢く竜の群れへと呑み込まれた。
数人の部下はその光景を見て絶望したかのように顔を青ざめ……そして大多数の部下達は、呆れた顔で見ていた。
「まったく、いつも無茶を……」
カルヴァンという男は常にそうだった。部下のことなど一切構わず、単騎で乗り込み、集団行動などほとんど取らない。それでいて……。
「──ほら見ろ。何も変わらねぇ」
誰よりも多くの敵を討つ。
「今までは一人十匹殺せば勝てる戦いだった。それが百匹に変わっただけだ。そんでもって俺は五百は殺すから、お前らは五十殺せばそれでいい」
竜の群れから飛び出してきたカルヴァンがその手に握っているのは、まだ竜の血と臓物とがへばりついた5つにもなる“竜玉”。それを素手で砕き割った。
同時に、竜の群れから5匹の竜が墜落していく。
「まだ“できない”と弱音を吐く奴はいるか?」
「とんでもございません。殿下」
パラパラと砕けた竜玉の欠片を振り払ったカルヴァンに、幼い頃より部下として仕えてきた兵士が首を振って答える。
「私は七十は殺しますので、他の者の負担はもっと軽いですよ」
「ならこっちは八十だ!任せろ!!」
「わしは九十が限界じゃのぉ」
「馬鹿どもが。そこはキリよく百って言えや」
緊張が走っていた顔が、好戦的な戦士の顔へと置き換わっていく。
「ではこうしませんか?殿下より多く竜を討ち取った勇士に、何か褒美を取らせるというのは?」
「おっ、良いなぁそれ!」
「ほー。じゃあ勝ったら俺の弟を嫁にやるよ」
「乗ったぁ!!」
竜騎士達は意気揚々と竜の群れへと突っ込んでいく。
そこには、圧倒的な戦力差など露ほども感じさせないほど、高揚した戦意に満ちた歴戦の猛者達がいた。
「──!!」
これを嬉々として迎え撃つ竜もまた、かつてない戦意の高揚に身を任せ、獣の如く竜を駆る騎士達へと襲いかかる。
竜騎士、竜、どちらもが勇猛果敢なその振る舞いに、この戦が初陣となる一人の新米竜騎士は愕然とした表情で言った。
「……いや、弟は嫁にならないだろ」
この日、歴史上にも長くその名を残すこととなる絶望的な防衛戦──。
“ホーンブレイブ竜空戦”の火蓋が切って落とされることとなった。
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