第12話 襲撃
「……!」
静まり返った真夜中の夜の中。
カルヴァンは寝台から飛び起きた。
そのまま素早く衣服を着替え、装備を整え、そして扉から部屋の外に出る。
「カルヴァンさ……!お、お目覚めでしたか!!学園の敷地外に、竜の影が……!!」
「把握してる。数は?」
「わかりません。ですが、確認できるだけでも百は超えています……!!」
「戦える者から全員叩き起こせ。生徒達は訓練場に避難させろ。教員は生徒の安全を確保しつつ避難誘導。竜騎士は中央広場に招集だ。急げ」
「かしこまりました!!」
ものの数秒でカルヴァンの意識は警戒態勢に引き上げられた。
だが、曇りのない頭脳で導き出される現状の趨勢は芳しくない。
「チッ。よりにもよって、今か……」
カルヴァンは舌打ち一つを路傍に吐き捨て、駆け足で広場へと向かった。
◆
「ロッド!ロッド!!」
「んむ……ジルクス?どうしたの?」
深夜の自室で、アレクロッドは親友であるジルクスによって叩き起こされた。
ロッドの隣室で暮らすジルクスとは、入学初日で初めて知り合い、ジルクスの快活で裏表のない性格が幸いしてすぐに仲良くなった。
ロッドにとっては記念すべき初めての学内の友達だ。
「寝惚けてる場合じゃねぇぞ!竜が学園に攻めてきやがった!!」
「え、えぇ!?」
だが、その親友が運び込んできたのは凶報だった。
「生徒達は全員、訓練場に避難だ!お前も来い!」
「あ、待って!?着替えないと……!」
「んなことしてる暇ねぇぞ!早く来い!」
「あぁ!?ちょ、ちょっと!」
ジルクスに腕を掴まれ、ロッドは寝巻きのまま半ば強引に自室を連れ出された。
そのまま何度ももつれそうになりながら、ジルクスと教師の引率により訓練場へと辿り着いた。
「うわ。すげぇ数だ。あの広い訓練場が人でギチギチだぞ……」
「本当だ……ここって、こんなに人が入れたんだ」
訓練場内は、人でごった返していた。
普段利用する時は広すぎるくらいに感じていた建物内が、こうして足の踏み場もなくなるほどの盛況を見せるとは。きっとこの場の誰も予想していなかったに違いない。
「それにしても、本当なの?竜が攻めてきたって……」
「俺もそう聞いただけだけどな……。まぁ、そういう想定のただの避難訓練だって線もあるかもな?」
「だとしたらもう種明かしはされてると思うよ……」
明らかな異常事態。不安に襲われる内心が、ジルクスとのいつも通りの冗談のやり取りでほぐれていく。
だがこの場に集った生徒たちは皆が不安の表情に苛まれていた。それも無理はない。竜騎士の総本山たるホーンブレイブ士官学校が竜の襲撃を受けるなどというのは聞いたこともない事態だ。
竜騎士になるという志を持っていても、殆どは戦いを経験したことがない子供だ。誰かがその不安を解さない限りは……。
『皆さん、どうか落ちついて聞いてください』
「!」
そんな時、訓練場内に突如として凛とした女性の声が響いた。
「あれ……皇女様じゃないか……?」
「おぉ、すげぇ。氷帝だ……!」
「エレオノーア様……!」
「……エレオノーア」
やがて訓練場内の生徒たちの視線が一点に集められる。
建物の奥に設置された演説台に立っていた、一人の女子生徒の姿に。
『ホーンブレイブ士官学校は、現在複数体の竜による襲撃を受けています。皆さんもご存知の通り、先週から主力竜騎士隊による“竜の巣”への大規模な遠征が行われており、ここホーンブレイブ士官学校では戦力が不足している状況です』
エレオノーアはその手に“竜玉”がはめ込まれた拡声器を持ち、毅然とした態度で演説している。その姿は堂々としていて、とても彼女が16歳の少女だとは思えない気迫に満ちていた。
『ですが、有事のために学内に残っている精鋭の竜騎士部隊が、現在懸命に対処に当たっています。私たちが彼らのために出来ることは、決して焦らず、この学園の生徒として相応しい行動を取ることです』
エレオノーアは訓練場内に集った生徒達一人一人の顔を見渡し、語りかけるように言葉を発していく。示し合わせたかのように、誰もがその声に聞き入っていた。
『真の竜騎士とは、何事にも動じない超然とした兵士のこと。皆さんであればこの窮地すら糧とし、自らの成長へと繋げてくれると信じています。どうか、ここは皆で力を合わせて、困難へと立ち向かいましょう』
エレオノーアはそう締めくくると演説台から降り、多くの生徒達がひしめく中に姿を消していった。
「すげぇ……めっちゃ皇女様だったわ……」
「声が、すごく、よかった」
「“氷帝”なんて言われてるけど、俺には女神に見えたね」
「いや、むしろあの声で氷帝だからこそそこに落差が生まれてエレオノーア様の魅力が何段階も引き上げられる手助けをしているわけで──」
エレオノーアの姿が見えなくなると、生徒達は口々にその感想を友人間で共有し始めた。
そこにはさっきまであった緊急事態に対する悲壮感は無く、学生らしい好奇心と和気藹々とした雰囲気とで満たされていた。
「すごかったなぁ、皇女様……ロッド。お前があの人と入学試験で一点差だったなんてとてもじゃないが信じられん」
「あはは……よ、よく言われる」
試験の結果はエレオノーアが主席。ロッドが次席。
だがロッドは自分があの傑物のような女性にあと一歩のところまで近づけているとは微塵も思わないし、きっと彼女の方も自分なんて眼中にないはずだ。
氷帝と呼ばれる稀代の天才、皇女エレオノーア。話したこともない彼女は、一体何を思ってこのホーンブレイブ士官学校にやって来たのだろうか。
……精鋭の竜騎士が、懸命に対処に当たっている。エレオノーアはそう言っていた。
「……兄さん、大丈夫かな」
◆
「素晴らしい演説でした。エレオノーア様」
演説台から退いたエレオノーアに、皺が走った顔に柔和な笑顔を浮かべた妙齢の女性が出迎えた。
「ありがとう。貴女も素晴らしい働きだったわ。マレット」
「とんでもございません。全て、エレオノーア様の卓越した手腕によるものでございます」
マレットは幼い頃からエレオノーアの教育係を努めてきた女性だ。学園の教師でもあり、歴史学を専攻している。
マレットにとってはエレオノーアは子供の頃から面倒を見て来た娘も同然であり、そんな彼女が今こうして未来の皇帝として相応しい立ち振る舞いを見せていることに、彼女は例えようのない感動を覚えていた。
「あの日の悲劇からよくぞ、こうまで立ち直ってくれました。ご立派です。エレオノーア様」
「……えぇ。あの時は不甲斐ない姿を見せたわね。心配してくれてありがとう」
「いいんですよ。もう過去のことなんですから。あのような悪夢はもう起きません。陛下もエレオノーア様が過去を振り切って前を向いて生きていることを、何よりも喜ばれています」
「……そうね」
「気の休まらない場所ではありますが、きっと大丈夫です。今日はゆっくりお休みになられてください」
マレットはそう言って、エレオノーアの前から姿を消した。
「……くだらない」
周囲に誰もいなくなった後で、エレオノーアはそう小さく毒付いた。
そして、立ち上がって訓練場の窓から外を眺める。
マレットも、父も……皆が勘違いをしている。
エレオノーアが過去を振り切った?前を向いて生きている?悪夢はもう起きない?
逆だ。エレオノーアにとっては、未だ悪夢は続いているのだ。
「竜は全て、私が殺す」
夜空の向こうに向けられたその瞳には、昏い執念が渦巻いていた。
その手には、擦り切れた衣服の裾が強く握り締められていた。
「……見てて」
血が滲むほどに握り締めた手を、エレオノーアは胸に当てる。
自らに呪いを刻み込むように。
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